ブックファースト渋谷店にて。
久しぶり(週末を挟んだとはいえ、4日間行かないことは、まずないのです)に行くと、やっぱりいっぱい出てるねえ。
それと、HMVでやっと「茶の味」のDVDを引き取ったのだが、今まで溜め込んだポイントカードを一気に使ったら、結局今回のポイントが殆ど付かない(現金で払った分だけ)と気付き、しょぼーんとした。
失われた足跡 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫―ラテンアメリカの文学)(カルペンティエル/牛島 信明)』今まで温泉合宿読書部の対策で短編を集中的に読んだからか、ぐちゃっとしたものが読みたくなってラテン・アメリカ文学のこれを手に取った。おおたさんに借りていることもあり、返さなきゃなー、というのもあったのだけれど、よく考えたらこっちは譲ってもらったものだった。借りた方は、岩波文庫のコルタサル短編集、『悪魔の涎・追い求める男』だったですよ。
ええと、主人公の男の独白、というか、意識の変容で物語は(今のところ)できていて、何となく『ボヴァリー夫人』を思い出した。こちらの男も、夫婦生活に物足りなさを感じている。妻は悲劇女優で、毎日のように昼も夜も公演がある。しかも巡業もあり、今もそれで家を空けている。折角11ヶ月ぶりにまとまった休暇が取れて、ゆっくり過ごせると思っていたのに、と。
仕方ないので出かけるのだが、当初の目的から急に別のことを思いつき、そっちに行くとまた別のことをしようとこっちに向かう、と、優柔不断というか、鶏頭というか、こんなふやけた暑さの中、一体何やってるんだ、と思うわけですよ。
まだまだ序盤なので、これからどうなるのか見当もつかない。ところでこの男、どうもスタジオにこもる仕事をしているらしいけど、映画関係者、それとも音楽関係者、演じる側、プロデュースする側、どっちだろうか?
失われた足跡 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫―ラテンアメリカの文学)(カルペンティエル/牛島 信明)』あらすじなどの情報を殆ど入れずに読み始めたのだが、こういうのもたまにはいいよね。主人公の職業などを記述の中から辿っていくのが結構楽しいのだ。さっき、基本情報は読んだのだが、ここで言うアメリカって、アメリカ大陸のことかな、アメリカ合衆国のことかな? 南米では、自分たちがいるところを「アメリカ大陸」と言うのが結構普通のようで、これは「モーターサイクル・ダイアリーズ」を見た(もしくは読んだ)ときに「おや」と思った覚えがある。この気候の様子とか、歩いてすぐに森がある「大都会」とか、どう考えてもアメリカ合衆国ではありえないと思うのだが。
で、主人公の彼は、音楽研究家だったんだね。ただ、戦争(これが何を指すのかはこの時点では分からない)で通訳をやり研究から離れたこともあり、現在は職業的作曲家(演出家?)として食べているような感じだ。かと言って自分の仕事に満足を覚えている訳でもなく、妻が出かけた家でぼんやりしたり、外をぶらぶらするでも、目的も無く歩き、何かしようとしても前言撤回して他のことに気が移ってしまう。多分、何か核心があって、そこに近づきたいけどでも遠ざかっていたいような感じなのかなあ。ためらい傷? 何となく、そんな印象を持つ。
コンサートホールへ行った彼は半ば必然的にかつての恩師に(しかも二年以上ぶり)出会い、彼に導かれてとあるレコードを聴く。これは、彼が研究していた事柄が証明されるような画期的なものだということに気付かされるが、既に研究を離れて長い彼は、返答にもしどろもどろになってしまうあたりは笑いどころか。この、恩師に会った辺りからはかなり読みやすくなった。意識の変容のみの描写では無くなったからだろうが。これからは、彼の依頼で未開の土地に入り、そこ独特の楽器を持ち帰るという使命を与えられるらしいが、この時点では大学の学長のところに連れて行くというのに突然「酒場で酒を飲みたくなった」と飛び出してしまう、失礼千万な行動を起こしている。これも、ためらい傷の一種なのだろう。
何となく、その未開の土地に行ったっきり帰ってこないことから「失われた足跡」なのかなあ、と思っていたのだが、あらすじによると意に反して帰国している。そうではなく、再度その土地に向かったところ、どこにも記憶にある道が見つからなかった、というところから来ているようだ。ああ、こういう「確かに行った場所なのに(大抵は楽園のようなところ)、一旦現実世界に戻ってしまったら二度とそこには引き返せなくなった」話はあるよなあ、と感じた。まだまださわりなので、これからどういう展開になるのか楽しみ。
映画の見方がわかる本―『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで (映画秘宝COLLECTION)(町山 智浩)』以前にのむのむさんに「面白いよー」と教えてもらったのだが、よく考えてみたら私はこの手のハリウッド全盛期の映画は殆どスルーしてしまっていることに気がついた。いや、丁度こういうのが日本に来ていた頃は知ってるんだけど、親が特別、映画館に行くほどの映画好きではなかったし、私も興味はあったもののそこまででは無かったので、ポスターしか知らない状態だ。大体、映画を比較的ちゃんと見始めたのはたかだかこの三年程度なのだから、まだまだここまで来てないのだよ。
でも、予想以上に面白い。当時の雑誌記事や本やインタビュー、版の違った脚本など色々な文献を駆使して色々な作品の色々なものを暴いてくれている。それはイコール、我々には「案内」となるわけなのだが。アメリカで1960年代末頃から起きた「アメリカン・ニュー・シネマ」というムーヴメントはそのまま当時の世相や文化事情にもぴったり重なり、去年からちょぼちょぼ読んでいる近代アメリカ史の俯瞰の補強にもなるので、とても嬉しい。ここで紹介されてる作品も、改めて見てみようと思う。いや、「猿の惑星」のシリーズはちときつそうではあるが。でも、こんな無理矢理シリーズ化させられたような作品にまできっちり思想やテーマを潜り込ませてるなんて、すごいなあ、と思ったよ。
現在は、「時計仕掛けのオレンジ」のパートを終えて「地獄の黙示録」のところ。なんと、これの元の脚本は好戦的なものだったらしいよ。ベトナム戦争万歳って。脚本を書いた彼は身体が弱くて途中で兵役を免除されてしまっているとかそういう理由で、兵士や戦争には屈折した思いを持っていたものらしい。いやー、色々面倒なもんだね。
そういえば、メインのアドレスを変更して以前のアドレスをゴミ捨て場にしてから、非常に精神衛生的にも良い結果になった。欲しいメイルがゴミメイルに埋もれてるなんてもうホントにうんざりだし、大体、あの埋め込まれている言葉のひとつひとつが暴力ですよ。
で、最近は一応受信してたまにその内容を見ることもあるのだけれど、ここのところ多いのは、こっちが出会い系サイトに登録している男性というのが前提で、私のもとに交際希望相手が現れるっていう逆シンデレラものらしい。これまでも何度か来ていて今朝はまた別バージョン。今までのようにSubjectに"Re:"なんてわざとらしく付けずに「1通受信メッセージ」なんて書く辺り、いかにもシステムで機械的にだしてるっぽくってうまいですな。
ここに、簡単なその女性のプロフィールが書かれていて、そのときに感じたこと。もしかして、男性の方も逆玉的な状態を狙っているのかな? 逆玉まで行かずとも、比較的若くて並以上のスタイルを持っていて、というほかに、必ず「年収1000万円以上」と書いてある辺りが笑える。パターンによっては「会社経営してるんですが、子どもが欲しいので後腐れない方を望んでいます」なんてのもあったりするしな。あまりにも男性側に都合が良すぎやしませんかね(笑)。絶対ひっかけだと気付くけれど、劣情の方が先に立って自ら飛び込んでしまう虫が多いがために、こういうパターンが最近増えてるのかなあ、なんて感じた。
多分、今朝来たメイルも数日後に「どうして返事をくれないんですか?」なんていう、女性からなじるメイルが来るんだろうなあ。楽しみっす。
今朝、窓の外を見たら一面真っ白だった。というか、灰色? 昨晩、夜更け過ぎに雪になる(って、山下達郎かい!と突っ込んでいたのだが)という話を聞いていたので、昨日のうちに降らなかったのはラッキーだったなあ、と思うけれど。昨晩はどうしても飲みたいことがあって、後輩と駅近くのおでん屋で飲んでいたのだ。「えーと、9時過ぎから降り始めるかも、とか聞いてるんで、そのくらいまでかるーく行っておきますか」なんて言ってたくせに、時計を見なくなって気付いたときには「お客さん、そろそろラストオーダーなんですが」という店員さんの声が。あー、お酒って、時間を忘れられますね。
今朝は、テレビのワイドショーでも「すごい大雪です!」と雪の際の歩き方の説明までやってたけど、先週末にあれだけの大雪を見ている私は、「大雪って……。あちらの人たちは笑ってるんだろうなあ」と思いましたよ。さっき廊下から外を見たら、そろそろ止んできてるしね。寒いのは続くけど、これが終わると少しずつ暖かくなってくるし、桜の開花ももうすぐだね。
飲みに誘われたけど、昨日も行ったし面子がびみょーだし本屋に行きたいし、で辞退。
ブックファースト渋谷店にて。
V・S・ナイポールの作品は、三島由紀夫賞受賞者の小野正嗣氏も翻訳されてます。パリ第8大学に留学中なんだそうな。すごいなー。
失踪日記(吾妻 ひでお)』著者である自分と主人公である自分の、距離の取り方が絶妙で素晴らしい。これがギャグ漫画家なんだなあ。興味があまり無い人も、是非手に取ってみてください。人生が詰まってます。
一度目の失踪で路上生活の何たるかを学び、生き延びる術を知る。保護されたときに、吾妻ひでおファンの刑事にサインをせがまれるのだが(他の人間は誰も知らない)、「(娘にあげたいので)"夢"と書いてください」というこの刑事の神経がちと分からんかな。だって、この人が何で失踪するに至ったかの片鱗くらいは分かってんじゃないのかなー、ファンなら。その、複雑な心境が垣間見える描写がたまらなかったです。
次の失踪では途中から人の紹介でガス配管工事の仕事を始める。赤銅色に焼けて、筋骨りゅうりゅうで保護されたという辺りがすごいけれど、その間、日本ガス(と文中では書かれてるけど本当は東京ガスらしい)の社内報に堂々と名前を出して(綴りは違ったようだが)漫画を描いていたというのがすごい。これまた、誰も彼だと気付かなかったという話も。いや、社内報だなんてそんなに真剣に見ないから気付かない人も多かったんだろうけれど。そして、もしかしたらばれちゃうのに、そういうところに自分から投稿したという、吾妻氏の心理も、分からなくはないなー、と感じたり。知られるのはイヤだけれど、全然知られないのもイヤなんだよね。その辺は、「どんなに怒られてもプライドがあるからつらくなかった」と語る辺りにも出ているんじゃないかと思った。
その後のアルコール中毒で強制入院の話は……。同じ系統として大きな割合で共通して思い起こすのは当然中島らもの『今夜、すべてのバーで』だと思うのだが、こちらはこちらで、絵にすることでの言葉少なさ、補完性がある。お酒におぼれ出すところも冷静に覚えていて、その後の入院生活もそうなのだが、本当なら忘れたいだろう過去をこれだけあっさりと書いているように見せられる、この人の手腕には改めて舌を巻いた。美少女漫画を描いてたときは全然気付かなかったよ。新人時代の「漫画家残酷物語」も、涙ものです。「書いてないことはあるけれど、書いたことは全部実話です」という、潔さに痺れました。
実は立ち読みだったのだけれど、「
Comic 新現実 Vol.3 (単行本コミックス)(大塚 英志)」をさりげなく手にとって大塚英志がインタビューしたのを読んで、積読の山から慌てて拾ってきたのだった。彼の著作は自分語りが煩くて好きじゃないのだが、こういったインタビュアーになると俄然、威力を発揮するね、その、粘着質なところがうまく生かされる。この本で心動かされた人は、「新現実」の方もチェックするとよろし。
うわ、そうなのか。よく「売りたくても本が来ないんだよ!」という話は聞くのだけれど、書店員という現場側から実験結果の証言があると、真実味、説得力が違うなあ。
確かに、売れる、客が多い店というのは、オーラみたいなものがあります。「なんか、面白そう」という。それに惹かれて通っているのかも知れません。
失われた足跡 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫―ラテンアメリカの文学)(カルペンティエル/牛島 信明)』段々、読む調子が作品に合ってきた。電車の中でかくっと寝てしまったり満員電車でとてもページを開く状態に無いことが多くて、随分と時間がかかってしまった。現在、現地の繁華街まで来て、愛人と自堕落な日々を送っている主人公。本当は、恩師経由で依頼されて、南米の伝統的な民族楽器を収集に来たのだ。しかし愛人は「そんなの誰も知らないんだから、その辺で売ってるのをテキトーに持ってけばいいんじゃないの?」と乗り気になってそそのかす。で、妻の留守をいいことに、彼女と息抜き旅行に出てしまうのだ。
ところで舞台だが。何となく、主人公が住んでいるのは北アメリカの南米寄り、もしくは南アメリカの北米寄りと考えていたのだけれど、どうも話がかみ合わない。しかし、カルペンティエルの経歴(パリに亡命したキューバ人)ということを考えると、パリ、もしくは西欧のどこか先進国に在住し、かつて南米に住んだことがあるという設定だろう。彼の独白の中にも、「かつて住んだ懐かしい土地の懐かしい言葉(スペイン語)」と表現されているし。で、スノッブな愛人は、元植民地の民度の低さに我慢できないらしい。それこそを、主人公は懐かしがってるわけだが。そういった齟齬が現れてきていて(これは、旅の効果だろう)、しかも、街中で革命テロが勃発する。俄か、物騒になる風景。そんな中で初めて欲望を覚え、ぐっすりと眠ることができる彼らは、一種の文明病のようなものでもあるのだろうな。
ブックファースト渋谷店にて。大量釣果(というか、散財)。
最後の『ななこSOS』だけ、実は旭屋書店。文芸フロアのハヤカワの棚にあるんじゃないかと思ってたのだが、外してしまったらしい。それにしても、『ミカドの肖像』って、高校のときの模試の問題に出たんだよなあ、確か。で、中身に興味を持って(出ていた箇所は、普通に天皇の話のところだったはず)一部だけ、当時ハードカバーで読んだのだけれど、天皇制を西武王国まで敷衍する話だったんだ。知らなかった。『ななこSOS』は、出ていた当時にところどころ読んでいた筈なのだが、真剣には読んでないはず。今回の『失踪日記』で俄然、読む気が出てきたようだ。
失われた足跡 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫―ラテンアメリカの文学)(カルペンティエル/牛島 信明)』全く思わぬところに話が展開してますよ。
ラテン・アメリカのある都市でクーデターに遭ってしまった主人公らは、同宿のカナダ人の女流画家に誘われ、彼女の別荘に暫くの間落ち着くことにする。が、愛人が彼女に傾倒すればするほど、彼には不安が走る。それ以前から「こいつ、誰かと浮気してんじゃないか?」みたいな妄想でおかしくなってるしね。途中、クーデターで水道が止まり、あらゆる建物の管から大量の虫がわいてくるというとても気持ち悪い場面があるのだが、果たしてあれは現実の出来事だったのだろうか? いや、半分はそうだと思うのだけれど、脚色があるような気もして、でも、南米だったらそのくらい平気でありそうで。
この、女流画家の別荘がある街ロス・アルトスが面白い。山肌に沿って展開されているようなのだが、この山がひとつの社会的ヒエラルキーとなっていて、夜見ると、明かりでそれらは区切ることができるらしい。麓から、こんな感じ。
因みに、14番目と15番目には「越えられない壁(いや、実際には見えない壁ね)」が聳え立っている。
また、この主人公の愛人の存在なのだが、彼女はいわゆる文明社会に属した、まるっきりの俗物として描きたいらしい。前半に出てくる、スノッブな仲間との乱痴気騒ぎもそうなのだけれど、この街に来てからの観察描写がすごい。
彼女の〈イタリア旅行での思い出話から来る〉鋭いコメントは、彼女自身の感想というよりはむしろ、読んだり、聞いたり、もっとも広まっている知識の泉からちょびちょび吸いあげたりしたものを、時好にあわせて適当に脚色した、引用にすぎないのではないかと疑い始めた。とにかく彼女の発見は、いつも時代の先端をいく美学的指令にしたがっていたのである。(中略)こういうわけで、未知のもの、あまり脈絡のない事例、そして、まだ書物に言及されていないタイプの建築などを前にすると、とつじょとして、おちつきを失い、ためらい、冴えた意見を述べることができなくなってしまうのだ。(p.95より)
……なんか、我々が漂っている空間や自分自身のことを言われているような気分にもなってきます。中身のないもの、もしくは自分の器を過ぎた事象を扱わなければならないと躍起になるときに、こんなことをふと思ったりしませんかね。そういう意味では、文明批判の書でもあるということだろうか、と感じます。そういうところも面白い。
それにしても、なんて暑いんだ! 昨日もコートが要らない日和で、昼休みも薄着で外に出たが、今日もまた同じ状態。ただ、どうなるか分からないのでマフラーは首に巻いてる。世間の人たちもどう対処していいか分からないようで、結構な人たちがウールの厚手のコートを着ているようだ。暑くないのかね。
まあ、そうやって油断してるとがくっと寒くなったりするんだから、気をつけよう。
docs.tDiary:Wikiスタイルでは箇条書きは
「*」で始めると箇条書き。「#」で始めると数字付きになる。マークの個数 で入れ子を表現する。オリジナルWikiでは数字で始めると数字付き箇条書き というルールがあるようだが、それだと数字で始まる段落が書けなくなる気 がするので、サポートしていない。
となっているのだけれど、「#」にしても数字にならないなあ。ブラウザの問題でもないようだ。私の勘違い?
追記:スタイルシートの問題だと判明しました。とほほ。
そうえいば、長嶋有の『
泣かない女はいない(長嶋 有)』が、おそらく早いところだと今日明日中に店頭に並ぶんじゃないかと思います。楽しみだなー。
常々考えているんだけど、「今お薦めの作家っている?」と聞かれたら、おそらくこの人の名を挙げるんではなかろうか。偏愛とかそういうのを別にすれば、ということで、万人にお薦めすることを念頭に置けば。まず、彼の作品にはあんまりはずれが無い。少し前にやっとこさ『猛スピードで母は』収録の「サイドカーに犬」と「猛スピードで母は」を読んだわけだが、やっぱり地味にうまいなあ、と思った。私が最初に読んだのは『タンノイのエジンバラ』なのだが、この短編集もなかなかいい感じの、しかも読んでて幸せになれる作品が詰まっていると思う。そして、軽くエンターテインメントとして読んでも、もうちょっと突っ込みながら読んでもそれぞれに面白いし、言葉や文章も平易なので、障壁も少ないと思う。サブカルチャー的なアイテムを持ってくることで親しみを急速に感じる場合もあるし、今後もいい作品をコンスタントに書いていってくれるんだろうなあ、という安心感、安定感もある。
まあ、その「安心感・安定感」が一部の人にとっては物足りなさにも繋がる場合があるので、まあ、そういう人にはそういう人なりの、スペシャルお薦めをいたしますよ、喜んで。
ブックファースト、旭屋書店ともに渋谷店にて。文春文庫は、旭屋の方が並べるのが早かったみたい。以前はブックファーストは早めに文庫も並べていたのだけれど、最近は発売日かっきりに出しているみたいだ。「予約席」はあるのだよ。
伝奇ノ匣は、「暴夜」と書いてアラビアと読む。ここに、古川日出男の『アラビアの夜の種族』の外伝が入っていると知り、買ってきた。情報源は2ちゃんねるですよ。あそこは、勿論信用できない書き込みや煽りやゴミも多いのだけれど、不特定(特定の場合もあるが(笑))多数の人たちが書いてくれることによって、普段は気付かないでいる情報が得られることがあるから、時々覗くのは自分のためなのです。あと、『桜桃とキリスト』は、『辻音楽師の唄』の続編だということを、買ってきてから知った。こちらから読まないとね。
失われた足跡 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫―ラテンアメリカの文学)(カルペンティエル/牛島 信明)』とうとう、女流画家の別荘を離れ(愛人は死ぬほど嫌がったらしいですが)、ジャングルへと旅立ちますよ。その途中でアンデス山脈を越えるのだが、この辺りはラテン・アメリカの自然の厳しさをまざまざと感じさせる描写になっているなあ、と思う。私も、映像で意識して観たのは「モーターサイクル・ダイアリーズ」でだったりするのだが、普通の山越えを考えているととんでもない、らしい。高さが違う。気候が違う。ここでも、道路の真ん中に倒れこんでいる女を助けるシーンがあるが、自然とは舐めてかかると大変なことになるんだぜ、ということを今更ながら気付かされる。
さて、別荘を飛び出すきっかけのひとつとして、別荘で繰り広げられた宴会があるのだが。ここでもまた、愛人のムーシュの家で行われていたことのデジャヴか、といった状況になるのだ。すなわち、その中はヨーロッパなのだ。現地の若き芸術家たち(主人公は、東洋の三博士に喩えている)たちは、自国の文化について語ろうとしないし、振り返りもしない。ムーシュたちの口から、フランスの話ばかりを聞きたがる。
音楽家によれば、今日の芸術家は思想や創造活動がもっとも活発なところにおいてのみ生きることができる、したがってその知的地勢が、彼の仲間の頭にきざみこまれているあの都市(まち)にもどらなければならないのであるが、その仲間というのは、地下鉄の駅―ソルフェリノ、オベルカンブフ、コルビサール、ムートン=デュベルネ―に濃い青の丸印がつけられた市街図を手にして、目をあけたまま夢見ることのできる連中なのだそうだ。(p.99)
と、呆れている。本人たちは、いたって真面目なのだが。
おそらく主人公やムーシュは、西洋人なのだろう。現住所はおそらくパリ。最初の方に、主人公は金髪だと述べられているところからも推測する。この地で西洋的な文化がもてはやされるのは、そのまま日本の姿を見せられているような気がして、少しつらい。そして、この地の文化を現地の人たちにさえも否定されることは、幼い頃をこちらで過ごした主人公(そして、おそらく当時が彼にとって特別な時期だったのだろう)には、受け入れがたいことだったのだろうと推測される。彼は、西洋の文化に属しながら、ラテン・アメリカの文化に憧れ(少なくとも興味)を持つ立場なのだから。
小ネタがいくつかあるんですが、なかなか更新する余裕が無いのでここでささっと。
NTT出版から、『
ウェブログの心理学(山下 清美/川上 善郎/川浦 康至/三浦 麻子)』が出ました。私も、ごくごく一部ですが、お手伝いした部分があります。昨日、店頭に出ているのをぱらぱらと見てきましたが、A6ソフトカバーと軽装で、内容も真面目ですが読み易く、楽しんでもらえるのではないかと思います。年表なんかもついてますよ。附録の「ウェブログの歩き方」は、ウェブログに限らず、インターネットで渡り歩いていく上で知っておく方がいいことだと思います。この本を置くジャンルがまた難しいのですが、ブックファーストはやっぱり心理学の棚にありましたね……。どちらかといえば、社会科学の辺りに置いてもらえるといいんじゃないかと思うのですが。旭や書店渋谷店は、ちゃんと社会学のコーナーにおいてありました。こっちは、心理学の棚に置くと浮いちゃうんだろうなあ、という気もするのですが。

昨日、Loftに行って文房具を物色してたら、ブックカバーのコーナーが大々的にできているのを知った。布製で、私が先日イノブンで買ったアルテミスの商品も揃えてある(チャペックものは無かったみたい)。そこで、パターン図柄で、裏側がビニール張りの薄手軽装のブックカバーを見つけました。ひとつは、以前使っていたフェリシモのものにかなり近い。生地はもう少し丈夫かな。もうひとつは、それよりは少し丈夫そうな感じで、栞紐もついています。ああー、これで左側折り返し部分にポケットがついていると完璧だったのに。フェリシモのにはついていて、読んでいるときはここに栞を入れるという使い方をしていたのですよ。切符を買ったときもここに入れていたし。まあ、今のアルテミスの頑丈な布カバーも慣れてきはしたのだけれど、やっぱり嬉しいのです。選択肢も広がるし。
今朝、写真を撮ってみたけど自然光が少なくて、かなり暗めに写ってしまいました。リベンジの機会があれば掲載したいと思います。
追記。レタッチすればいいことに気がつき、自動調整でやってみたらうまく色が出た! ということで、画像右側が差込口(通常、縦書き本なら表紙に近い方)で左側が逆側。可変なので、本の厚さによって調整できるようになっている。ベージュの方がより丈夫にできていて裏側折り返し部分にも生地が使われている。青の方は、フェリシモの廃番になった私お気に入りのブックカバーにかなり近く、裏打ちと表紙の折り返し部分は半透明のビニールになっている。これが、カバー折り返し部分がそのまま読めて、なかなか使い勝手がいいのですよ。使用はまだなので、これから試してみます。
第二回は今週の土曜日にブックファーストで、なのだけれど、昨日レジで整理券をのナンバーを見ると、まだ余裕で余っているようです。もし迷ってらっしゃる方は今のうちに。
……と言っていて何ですが。私も配布されてからすぐに整理券はいただいたのですが、この日はWikiばなだということをすっかり忘れていて(いや、Wikiばなを忘れていたわけではなく、それぞれのスケジュールを入れていたのが別々の場所で、同期をとろうとして判明したというわけ)、もろに重なってしまった〜。最初は、途中抜け出して参加しようか、とも考えたのですが、あまりにも無責任なので今回は泣く泣く諦めます。前回も風邪で寝込んでいて参加できなかったんだよなー。どうも、めぐり合わせがよくないらしい。
参加される皆様、楽しんできてくださいねー。レポートもよろしく!
ソエダさんの呼びかけにより、実に三年半ぶりにですぺらに行った。記憶とさほどたがうことなく、しかし改めて棚の充実ぶり(本じゃなくてお酒ね!)に感動しつつ、控えめに飲んでみた。もうちょっと人数がいればハーフショットで飲めるコースを試してみたかったけれど、今日は二人なのでやめておいた。ソエダさんとお会いしたのは、その三年半前のここ以来だったので、どんな話になるのやら、と思っていたが、案外真面目に作品の話をしていたような気がする。しかし私は、間が空くと喋らなきゃ、と焦ってしまうのは相変わらずらしい。うるさくて失礼しました。
前回は饅頭茶漬けなどを自前で用意して食べていたので、それほど食べ物を口にした覚えがない。今回は、色々といただくことができたが、ごついトンカツを使ったカツサンドには驚いた。あと、けものくさい風味全開のスモーク肉とか。これは確かに、シングル・モルトには合うかも。
途中、ダイジマン氏をスカウトしてみたのだが、やっぱり来られなかったようで残念。また声を掛けてみよう。でも別に、いつも黒い話をしてるわけじゃないよ!
赤坂見附までバスで行ったのだけれど、窓の外を見ているうちに、ロスト・イン・トランスレーションごっこを思いついた。流れてゆく街の景色を、エトランゼの気分で切り取る。
が、やはり見慣れた街を、異邦人の目で切り取るってとても難しいことなのだなあ、と思った。あんな風に、肯定的な好奇心だけでは見られないし、全く違うところに目をつけてしまう。つまりは、当たり前の景色ではなく、ちょっと変わっていて目を惹いた場所とか。
途中、赤坂駅近辺を通ったのだが、この辺りは社会人になった当時の通勤路だったので、ひどく懐かしい気分に襲われた。が、また、馴染んでいた街の風景がかなりの割合で削り取られ、挿げ替えられていることの驚き。これは数年前に赤坂見附を歩いたときにも思ったことではあるのだが、より強烈だった。悲しくも悔しくも無いのだけれど、なぜか泣きそうになった。チェーンの居酒屋ばっかり並んでいるしね。
失われた足跡 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫―ラテンアメリカの文学)(カルペンティエル/牛島 信明)』昨日から、一節しか進んでない。バスの中で本を読むどころではなかったのと、昨晩は漫画を読んでしまっていたのと、あまりにも眠かったことと、今朝の電車はあまりにも込んでいたからなのだが。それと、この一節は主人公の回想シーンなので、余計にだ。回想シーンといっても、彼の心の中にかなり踏み込むことになり、おそらくこの中では物語の精神を位置づける重要なパートのひとつになるのではないかと思う。ヨーロッパで出会った両親のこと、自分が生まれ育った南米のこと、母親の離婚と北米への移住、父親から繰り返し語られる南米の魅力、そのイメージのまま南米に行って襲われた、理想と現実のギャップ、戦争……。父親の口からは南米はおそらく楽園のように語られていたし、それは凝り固まった西欧との対比でもあったのだろう。理想に燃えて南米に移住した父親は、結局は夢破れたことになるのだろうが、しかしその理想が捨てられなかったのではないか。父親にとっても主人公にとっても、人生のいい時期がそこにあったのかもしれないと感じる。
冒頭、久々のコンサートホールで図らずも「第九シンフォニー」を聴いてしまい、気分が悪くなって立ち去る場面があるが、その大元の理由はここにあったということも分かってくる。しかし、その心象風景は特に地味なのだ! 動きが少ないので、何度も寝そうになってしまった。でも、大事なところなのよ、おそらく。混血の美女ロサリオと出会い、短い時間を、宿の食堂の暖炉の前で過ごす。これからのことを予感させながら。
※個別リンクなどは、後でやります。とりあえず公開。
考えてみればこの日がWikiばなの初めの日だったのね、と感慨を深くする日であった。いや、日中はそれどころではなかったのだが。
その間、shinoさんとyucoさんには何度も連絡をいただいたのだが、自分でもその情けなさに半ばやけくそ気味の心情に。何でこういうときに方向音痴の才能を発揮してしまうかねえ。というか、半端に知っている街は逆に駄目なんだな。ある程度見当がついた気になってしまって、早とちりが多くなる。反省します。
受付の担当だったので、挨拶もそこそこに慌てて準備。皆さんに手伝ってもらって、抜けも若干あったけれど、何とかスムースに列を裁くことができた。電車の中でずっとシミュレートしていたのが、イメージ・トレーニングになったのだろうか。あ、お金を一時入れる箱を持っていくのを忘れた。ricaさんがガムテープを細く切って、コインをまとめてくれた。感謝。
受付業務は、案外と人の顔を見ない。まあ、遅れて到着してあせってた気持ち引きずってるから余計なのだけれど、一瞬見ても他のことに頭を切り替えちゃうから。偽マルチタスク人間なので。あと、下から見上げていることもあって、誰が誰だか認識しづらい。だから面識がある方にお名前を伺ってしまったことも何度かあったのだけれど、許してくださいませ。こちらの勘違い・人違いでミスってもまずいしなあ。それと、花粉症マスクの人、多すぎ(笑)。etoさんも全然分かりませんでしたよ。
本会中は、お金を何度も計算して合計が合っているかとかそんなことばかりやっていたので、皆さんの発表は半分も聞けなかった。ので、残念ながら、内容のレポートは書けないと思う。それにしても皆さんのプレゼンのうまいこと! 最初のかずひこさんから衝撃を受けた。ninjinさんの独特の間と、弾丸のようなmalaさんはやはり皆さんの印象に残っていたようだ(笑)。あと、高橋メソッドの多いのが特徴だったか。というか、高橋メソッドの高橋さんはジョニィさんだったのか! まあ、そうなんだろうけど。今頃知ったよ。
お金勘定の合間に、おぎのさん、来ないなあ、と京ぽんでmixiを見てみたら、たくさんWikiばなメモが挙がっているのを発見。みんな、何してるんでしょ(笑)。
Ajax、Agileを始めとした、トレンドっぽいキーワードがたくさん出てくるところが面白い。セッションで初めに印象に残ったのは、FreeStyleWikiがrubyで書かれてたら、Hikiは無かったかも、という話。開発を思い立った時期が微妙だったというのはとても分かるなあ。私も、もう少し後だったらPukiWikiじゃないWikiを選んでいたかも知れず。でも、あの時期に使い始めたから意味がある、とも言える。なぜなら、この辺りの人たちに会えたのは、このWiki使用開始と『Wiki_Way』のお陰だから。このふたつのきっかけが無かったら、私の今の活動の仕方は全く違っていたものになってたに違いない。
PukiWikiは、さすがに自分で使ってるから知っている機能ばかりなのだけれど、2003年8月のPHPカンファレンスの際に実装されたプレゼンテーション機能とか、案外Wiki自体には関心がある層でも知られていない機能が多いんだなあ、と思った。まあ、わたしも色んなWikiのプレゼンを見て「おおっ、こんなことまでできるようになっていたのか」なんてびっくりしてたんだから、そんなものなんだろうけれど。あと、わたしが利用する要因のひとつだった、「開発者がチームになっている」点もそんなに知られてないね。わたしも当初は勘違いしていたのだけれど、どこでもGPLだったりするので、開発者は複数名いる。でも、メインの開発担当者が数代にわたって代替わりしているのは、なかなか見られないことではないだろうか。これも私自身、数年使い続けているうちに分かってきたことではあるのだが。
第三部のとんがったWikiは、確かにとんがってる(笑)。というか、たつをさんのContentEditableWikiは、とってもお手軽で素晴らしいけど、アレな方々が使ったら、Naver blogどころではなくなるんじゃないかと思った(笑)。Opera対応もお願いしたいところだ。あと、やっぱりNOTAは衝撃だよなあ。発表されたときにざくっと見たっきりだったんだけれど、落ち着いて使ってみたくなった。MoinMoinもいいなあ、と思ったんだけど(Wikiを使い始めた当初考えていたことが結構な割合で実現されている)、Pythonは……。そうそう、Wikiエンジン探し回ってるときに、この絵は見た覚えが。
収支をメモする、簡単なブランクの収支表を作ってくれば良かった。手書きで対応したけど。さすがにPDAで優雅にやってる暇はなし。
本会から宴会に移るときに、1時間ほど間があったので、皆さんは1Fロビーでおしゃべり。変な集団に見えます。私は宴会会場前でお金の計算をしながら待っていたのだが、のんびりできると期待したのに全くできないことが発覚(笑)。買出し組が帰ってきて、お金と量とどちらに合わせるべきでしょう、と聞かれた。因みに、予算と較べると随分安くついたというので、金額に合うように買い足してきた方がいいでしょうか、という話。いや、そりゃ量に合わせるに決まってるでしょう(笑)。その後、あれこれ調整しようと思っていたら、管理事務所のおじさんがマイクを設置しにきてくれたり(江戸っ子っぽい、面白いおじさんだった!)、オリジン弁当やワインや酒屋さんが来たりでお金の出納があり、業務を締めくくることができなかった。因みにこの酒屋さん、安くていいワインも結構おいてて本格的にやってるらしいので、今度ぜひ使ってみてくださいませ。宴会は、お酒を消費しなければと頑張りすぎた。宴会の準備とか、shinoさんがいないところでは適当に出せる指示は出してしまいました。余計なことをやってたら済みません。
で、会場を見ると。うーん、お酒ばっかりは読めないねえ。結局余ってしまった。食べ物は、案外おにぎりっていいかも、と思った。私はおなかが満足すればそれでいい方なので(おいしいところに行ったら勿論色んなものを食べたいけど)。あと、会場が暑かった。空調を単独で制御できないかな。時々、片隅でお金の計算。
無事宴会は終わって、同方向に向かう人たちと、途中の居酒屋で飲み。いしだなおとさん、塚本さん、ゆきちさんのテーブル。なんか、塚本さんと同席率って高い気がするね(笑)。
そういう訳で、帰巣本能のみで家に帰り着きました。いやー、長くて濃い一日だった。あと、PukiWikiの増井さんにご挨拶できなかったのは残念だった。当日帰られると知っていたらなあ。タイムイズマネーなのです。でも、橋本治ファンサイトのデジタルももんがの大和さんにご挨拶いただけたのはとてもとても嬉しかった。次はまた、本来の姿に戻るようですが、皆様、またの機会にお会いしましょう。発表者の皆さん、参加者の皆さん、スタッフの皆さん、どうもお疲れ様でした。
あ、そうそう。dotimpactさんにお会いできたのだが、「あ!MMの人!」と思った。で、そんなに印象があるんだから自分のメモと"似た傾向のメモ"だったんだろうと思って後で見てみたのだが、そういうわけでもないみたい。多分、MM/memoで似た感じのメモとかちょっと興味のあるものをクリックするときにdotimpactさんのをクリックしている割合が高いんだろうなあ、と思った。まさにゆるやかな関係。「MMでお世話になってます!」とお互い挨拶ができて、良かった。
ウェブログの心理学(山下 清美/川上 善郎/川浦 康至/三浦 麻子)』刊行祝いの会夕方から新宿で『ウェブログの心理学』の刊行お祝いを著者グループの中心的人物、山下清美さんと、これに携わった人を含めた親しい人たち数名とでやった。といっても、これは何年か前にウェブ日記本を出したい、ということでインタビューを受けたものが今になってやっと形になった、というもので、すごい難産だったのだ。だから、私が手伝ったといっても当時のそのインタビューと、最後のゲラ部分でいくつか突っついただけ。この本は軽装だし、フォントが実にきれいで読み易い。中身も、その辺の浮ついたものではない(硬いわけでもないよ)ので、良かったら手に取ってみてください。書店によってはまんま心理学の場所にあったり、ちゃんとしてるところは社会科学の棚にあったりするけど、コンピュータの棚にあっても買っていく人もいる筈だよなー。出来上がった本を、一冊いただいた。こんな少ししか協力していないのに、ありがとうございます。
この日は、本当に久しぶりのishinaoさんにも会えたのだが、以前とある人に「ishinaoさんって病弱なの?」と聞かれたことは、きっぱりと否定できるはず。でも、お子さんができると大変なんだなあ、と思ったことですよ。相変わらず、仕事も忙しそう。この日も、仕事が残っているとかで、途中で職場に帰っていった。何とか入稿できたようで良かったけど。
ishinaoさんは案外知らない人が多かったり、いしだなおとさんと間違えられてたりするので、二度も会っていて色々話ができているわたしはラッキーな方かも。
失われた足跡 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫―ラテンアメリカの文学)(カルペンティエル/牛島 信明)』ああ、これは2月いっぱいかかってしまうかも知れないなあ。ただ、読んでいる行為自体がとても心地よく、いつまでも続いて欲しい感触がある。
とうとう、アマゾンの奥へと入り、河の旅へと移った一行だが、主人公は愛人のムーシュの、その西洋文化に彩られたまがい物の姿を日に日に疎ましく感じている。アマゾンのこの大いなる自然と混沌とした文化の中では、めっきが剥がれてしまっていると感じている。ムーシュは、日を追うに従って、美しさの仮面を剥がしつつある。
なかなか狡猾なところのあるわたしの女友達は、つねに細心の注意を払っていた顔や肉体の手入れを、他人には知られまいとしてかくしていたが、それというのも、インテリにふさわしくない、そうした女性的なみえから解放された女だと思われたかったからであり、同時に、彼女の若さと生来の美しさだけで、充分魅力的だと思わせたかったからである。彼女の手口を知りつくしているわたしは、高く積まれたほし草の上から、彼女を観察するのを楽しみとして、彼女がいかにひんぱんにコンパクトの鏡をのぞきこみ、うらめしそうに眉をひそめているかを、悪意と皮肉のこもったまなざしでみていた。(p.171)
とまあ、自分の愛人のことをここまで悪し様に言い、この後も具体的に彼女の醜さについて述べていく主人公の傲慢さったらどうだろうか? ムーシュも無自覚で愚かだと言えるが、それはまた、主人公自身にも言えないだろうか。彼の独白によるこの物語は、全編が西洋的文化に満ちている。その彼が、幼い頃の幸福な記憶と未開文化の魅力が渾然一体となりどうしようもなく惹かれていく様を、おそらく「本物の美を知っているのは自分だけだ」と言いたげなのだが、読者から見れば五十歩百歩に過ぎないように思える。むしろ、批評的な目を持ちながら、それを我が身に当てない主人公はより悪質であるとも言えるのではないだろうか。という言葉は、当然のことながら読者である我々にも跳ね返ってくるわけだが。
それと反比例するように湧き上がってくる、混血の美女ロサリオへの思慕。彼女への好意の伝え方を思いあぐねているが、これもまた、西洋に毒されている証左ともいえるだろう。もしかしたら、彼女に感じる好意自体も、いわゆるエキゾチックな事象に対するもの珍しさ、そういったものに心引かれる自分自身への自負なども感じ取られる要素があり、素直に見ることができない。
とまあ、そんな心の動きと厳しい自然でできているジャングルの風景が、とてもいい対比だと思うのでした。特に、めらめらと赤く燃える〈炎の谷〉(十二日、火曜日)の辺りや、今では村ごと廃墟となった家並み(十四日、木曜日)の幻想的風景などなどが印象的だ。
ブックファースト渋谷店にて。
『20世紀末イギリス小説』は、ずっと目をつけてたけど内容がいまいち分からず、ネット書店では買う気になれなかったもの。でも、挙げている作家を見ると、なかなか面白そうだ。
温泉合宿のときに話していたはずなのにすっかり忘れていたわたしを許してください。のむのむさんのお誕生日ということで、渋谷で飲み会。事前にmixiでささっと募ったところ、ちゃんと7人(主役含め)集まったところがすごいよなー。これも人徳ですよ。
店はぐるなびで探したのだけれど、まあ、いろんな意味でビミョーな店ではあった。座敷*1があるのは知っていたので、多分飛び込みで入れそうだというだけで選んだのだけれど、店の前には「朝9時半まで営業してます」と、目を疑うような貼り紙が。終電逃したときに使えそうですよ(笑)。PHSは、電波が届いたり届かなかったりと微妙なところ。携帯もちと入りが悪かったかな。料理は、まあ、こんなもんでしょ、というところ。
何話してたっけ。ボードゲームのことを向井さんとかは延々話してたような。わたしは片隅でマサトクさんとえんどさんとに「ファイブスター・ストーリーズ」の素晴らしさについて布教を受けてたりした。あと、今度の読書部活動のお題『プリーストリー氏の問題』をどう読むか、とか。Wikiばなの話も少ししたよ。wemaに興味を持っている人がいたので、「今度のは、線が引けるんだよ!(ここだけ聴いていた)」と披露したところえらく驚かれたりとか。Wiki自体を説明してみたりとか。まあ、お誕生日会というよりも、単なる飲み会になっていたが、のむのむさんは当初の志を忘れず(?)清水の舞台を何度も飛び降りていた*2のが印象的だった(笑)。
みんなの「幸」を吸い取って、いい一年になるといいですね!
失われた足跡 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫―ラテンアメリカの文学)(カルペンティエル/牛島 信明)』今のところのひとつのクライマックスは、ロサリオの父親が死んだところかな。彼女は、父親の命を助けようと旅に出たわけで、しかしそれは叶わなかったらしい。その、死を悼む場面を、主人公は奇異の目で見つめる。そこには、西洋文明がとっくに捨て去った「魂」のようなものが込められると感じて感動もしている。そして、どういう訳なのか、旅に同行しているギリシャ人から、ロサリオを誘惑するように、というそそのかしを受ける。身内の死とそういったものって何か関係するのだろうか? そして、ギリシャ人は主人公がどうしようもなくロサリオに惹かれているのを知っていたのだろうか(いや、知ってたんだろうな)。結局それは果たせないのだが(水を満たした甕がいい小道具になっている)、お互いの気持ちは、何となく通じてきたということだろう。
そして愛人のムーシュは、もう帰りたいだの何だのと駄々をこねていたはずが、散歩から戻ってきたときにはすっかり機嫌を直している。……と書きながら気付いたのだが、ギリシャ人は、主人公をムーシュのそばから追っ払っておきたかったのか。ムーシュは得意げに行った先でとってきた野ユリを見せびらかすのだが、それを見てロサリオは、「あれは岩肌ではなくて、かつて布教所があった島にあるものだ」と耳打ちをする。さて、これはどういう訳だろう? 大体察しはつくが、その後読み進めると、その場所が男女の密会の場所として使われていることを地元の人たちに教えられることになる。普通は、そこで「恥をかかされた」とか「浮気された」という怒りがわいてくるのだろうが、彼が感じたのは、開放感だという事実。もう、修復不可能なところまできているのでしょうね。それにしても相変わらずムーシュは、この地では勘が鈍いっす。
旭屋書店渋谷店にて。疲れてるからちょこっと寄ってすまそうと思ってたのに、長居してしまった。
立川談四楼の書評本が出てるとは知らなかったよ。これは面白そうで、楽しみ。分厚いよ〜。後、漫画ってビニールかかっていて中身が見えないので、自分に合うかどうかいまいちわからない。で、『このマンガを読め!』なんかを買ってきた訳だ。某書店の某書店員が書いてるね(笑)。『間取り相談室』は、『間取りの手帖』と装幀がそっくりだけれどぴあから出てるの! というか、先の本の版元のリトルモアは、いまどうしちゃってるのでしょう?? そして、浅暮さんの出世作『石の中の蜘蛛』が文庫化しました! やった! というか、単行本が家の中で行方不明なので(恥)、こちらで近いうちに読みます。
「QuickJapan」は、特集も良かったんだけれど、パラパラめくっていたら阿部和重インタビューが。しかも、ハロプロとモー娘。についてのインタビューだし(笑)! あと、雑誌では今月売ってるおぢさま雑誌「BRIO」でも、インタビュー記事あります。
失われた足跡 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫―ラテンアメリカの文学)(カルペンティエル/牛島 信明)』とうとう、ロサリオをとり、ムーシュを捨ててしまったのねー。しかも、ムーシュがロサリオにぶちのめされて(原因を作ったのは案の定ムーシュだけど)挙句の果てにマラリア熱で朦朧としているハンモックの下でコトに及ぶとは大胆……ってぇのを通り越して、すごく失礼な話だよなあ。まあ、ロサリオにとってはマーキングみたいな意味があるのだろうけれど。
そして、密林の奥地へと進むのだが、この描写がこれまたすごい。あー、やっぱりわたしにはこんなところは耐えられないかも。密林の中に河があってそこをカヌーで進んでいくのだけれど、なんかもう、生き物とか生きてたものとか、触るたびに悲鳴を上げてしまいそうなものだらけ。こりゃ、ムーシュも具合悪くなるって(いや、ここまでは付いてきてないけど)。湿度のあるべとつく暑さの中で、いきなり額にくっついたヒキガエルが一服の清涼感を……って、ギャグでしょうか(笑)。まあ、分からなくはない。
言葉の表現で、若干疑問がある。たとえばロサリオの父の葬儀の場面だけれど、彼に着せた死装束を「経帷子」と表現したり、「三途の川」を渡るという表現を使ったり。後者は、似たようなものが土着の宗教にあるのだろうか?
まあ、そんな文句ばかり言ってはいるけど、思っていた以上に楽しめて、これに出会えてラッキーだったなあ、と思います。おおたさんのおかげだー。この小説は旅の記録のように日付を記して出来事を綴っていく形式になっているのだが、この日付の表記などに揺らぎがあり、ちょっと気になったので失われた足跡/旅程メモを作ってみることにした。手書きで書いているものを、後で転記する予定。
なんだか最近、三浦展の本がたくさん出ているような気がするよ。『
ファスト風土化する日本―郊外化とその病理 (新書y)(三浦 展)』辺りが発端だった気がするけど、ウェブ界隈でも一時期話題になった『
「かまやつ女」の時代―女性格差社会の到来(三浦 展)』とか、『
仕事をしなければ、自分はみつからない。―フリーター世代の生きる道(三浦 展)』あたりは立て続けに出ている。後者はニート本とともに置かれているよ。
よく見たら「
検証・地方がヘンだ!―地方がファスト風土化し、液状化している! (洋泉社MOOK―シリーズStartLine)(三浦 展)」の監修なんかもやっている。これは『ファスト風土化する日本』を受けてのことなのだろうけれど。
まあ、こういうのって一時に集中するものなのだろうし、今のうちに出しておけば次に繋がる、とか、色々あちこちに目論みはあるのだろうね。
武蔵小杉で川崎市の図書館主催の島田雅彦講演会があるということで行ってきた。事前に往復葉書で申し込んでいたのだが、一緒に行くはずだったのむのむさんが駄目になったということでマサトクさんに声を掛けた。が、マサトクさんがそんなに島田雅彦が好きだということを知らなかったので、それを知って思いがけずいいことをしたなー、と思えた。
駅から徒歩5分ほどのところにあるこの施設だが、駅に着けば施設案内とかあるかな、と期待してたのに何もなし。戸惑いながら向かったのだが、「これじゃないだろう」とスルーしていたまさにそこだったことに驚愕した。ここはJRと私鉄が交差しているせいもあるのだが、異様にごちゃごちゃしている。線路があるので場所を間違えてもなかなか移動できないのが辛い。ホール内の客は、まあ、こんなもんかなー、という入り。ところでサイン会もあるという話だったのでどう仕切るのかと心配していたら、整理券制だったようで、私が行ったときは既に受付が終わっていた。こういうことはちゃんと伝えて欲しいよ……。
講演会というよりは、中原図書館の館長が訊くことに答えていく形式。その答えがとても長かったけど(笑)。この館長さんは結構島田作品を読み込んでいる人のようで、最初こそ心配だったのだけれどいい人選だったのではないかと思った。どうして郊外に注目しているのか、とか、島田雅彦と「彼岸」の関係とか、例の無限カノン三部作の話とか、川崎に暮らす氏のことを意識しながらの1時間半。一応メモは取ったので、後でWikiにページを作ります。
島田氏は、決して流れるようななめらかな話し方ではないのだが、その分、ことばの力が強く感じられる。少し屈折した内面を覗かせる話しぶりで、とても楽しかった。一地方の、郊外でのイベントということで話される内容はどんなものなのだろう、と心配していたのだが、それも杞憂だったということだ。
その場で質問も受けたのだが、やっぱり年配の男性は曲者ですね(笑)。それに較べると、女性の質問の方がずっと的を射ている。最後に、姿は見てないが多分若い女性が質問したのだが、「これから何を食べるんですか?」の問いに対する答えがまたふるっていた。「圧力釜で蒸した鰻の頭を、たれで焼いたものを食べたい」って、具体的すぎますよ(笑)。また、この後タスマニアに行くそうで(その足で成田に向かったらしい)、「あそこは牡蠣がおいしいからねえ」と、「出刃包丁をスーツケースに入れた」んだそうです。すごい(笑)。
その後駅前のスタバで暫くお茶をしてから、この講演会の抽選に外れたら行くはずだった『プリーストリー氏の問題』のアフター飲み会に参加。近くだったので徒歩で移動。が、最初反対側に行ってしまったのはナイショだ。仕事が入って参加できなかったOKさんも参加されるということで、私としてはかなり緊張していたのだった。会ったこと無い人ということでその最後に自己紹介したら「今更ですよね(笑)」と言われてしまったよ。ええ、まさにそうなんですよ。ずっとオンラインでそれなりに意識してきた人と会うのって、すごく不思議で、ひどく照れくさい。周囲に「あれ、会ったこと無かったの?」と驚かれたけど、会ってて当然と思われてたのかなあ? そういえば、OKさんは私の改名前のときから見てくださっているそうで、いきなり急所をつかれた私は、激しく動揺しましたよ(笑)。
話は、結構『プリーストリー氏の問題』の話題が多かったように思う。出席できなかった分、ここで挽回。あと、ミステリを読む人が結果的に参加者に(ほとんど)いなかったことで、バークリーであるところのコックスについてとか、その辺に関して全く知らない人たちばかりだったそう。いや、私もそういう状態なのだが。それと、いま読んでいるカルペンティエールの『失われた足跡』についておおたさんとだらだら喋ったり。よく飲み、よく食べました。いつもだけど。
その後、OKさんと渋谷まで移動して解散。これ以外に電車に乗る人がいなかった(雪樹さんは途中で帰ったので)っつー人口集中度はどーなんでしょうか(笑)。バーに行ってまた三千円でしたたか酒を飲んでいたら、途中から記憶がねえです。この日はイベントのためスタンド形式だったので、寝ることは無かったと思うのだけれど、ちゃんと服は脱いでいたし、大体布団の上で目覚めたということはタクシーで帰ってこれたということだし、失礼はなかったと信じたいところ……。がーん。火曜日、時間があったらMさんのバーに寄ろうと思うので、そこでどんなだったか訊いてみよう。
ウェブログの心理学(山下 清美/川上 善郎/川浦 康至/三浦 麻子)』一気に読了しました。ちょっと時間が取れないので、感想については水曜日くらいを目処に。ただ、第1章の「ホームページ」という言葉の用法に揺らぎがあり、あまりよろしくなかったのではないかと思われました。「ウェブサイト」と「ウェブページ」の二種類について使われていましたね。正確な用法であれば、「トップページ」と呼んでいるものが「ホームページ」だと思うのですが。他の章はそのような表現が無かっただけに、気にかかりました。
多分、映る部分は殆ど無いと思われるのですが(希望でもある)、恥ずかしいのでちょっとこの場では伏せておきます。NHKの某番組の観覧者として、渦中のNHKに潜入してきました。いや、そんな大層なものではないですが。収録は1時間半ほどでしたが大変面白かったです。ただ、身体をある程度固定させてなければならないのですが、椅子代わりのボックスが大きく、深く座ると足が若干届きません(短くて)……。それがとても辛かったです。あと、収録の時間まで待っている最中に知り合いがひとりもいない状態で、しかし一方では仲よさそうな方がわいわいやってて、どうもそこに入れる雰囲気では無かった、とか。終わったあとの帰り道やその後のお茶などでご一緒できてその心配は無くなったのですが。
放映が終わったら(気が向けばその前かも)、改めて何か語ろうかなー、と思います。その後、飲み会にまで参加させてもらい、大変楽しいときを過ごせました。皆さん、ありがとうございました。
それとひとつ。ああいう場に行くと、ウェブに駄文を垂れ流し続けてるのが異様に恥ずかしくなりますね。そういう訳で、素性はなるべく伏せてました(ばれましたが)。
プロジェクトの打ち上げで銀座。お店のウェブサイトの画像がいかにもで印象に残りすぎ、その形を探し続けてぎりぎりになってしまった。何度も前を通ったことのあるビルだというのに。
料理は美味。フリードリンクのワインは、まあこんなもんになっちゃうのかなー、という感じ。すごくボディが軽いヤツだった。プロジェクトはいろんな人が噛んでいるので、知らない人がたくさん。初対面の社内の人と話したりしていた。
22時半くらいにお開きになったので、その後銀座の反対側まで歩いてMさんのバーへ。SのKさんのこととか話したのだが、一番肝心な土曜日の記憶なくし事件の真相の確認が主な目的だったのだ。恐る恐る聞いてみたらセーフ。そんな状態であるとは気付かなかったらしい。「Mさん、腹黒いからなあ、なんか隠してないですか?」とか突っ込んでみたのだが、やっぱり特になさそう。二杯ほど飲んでトイレに行ったら、急に帰ると言ったらしい。え……そんなところからわたしは記憶が無いんですか。やばいですよ。
話してたら、去年北海道旅行に一緒に行った二人がやってきてスタッフと彼らとで色々バカ話。そのうちのひとりはバーテンダー浪人だったのだが、無事に今は近くのバーに潜り込んでいるらしい。今度、様子を見に行ってみよう。
という訳で、散々夜遊びをして帰宅。バーテンダー四人に見送られてタクシーに乗り込んだ。
昨日、予定表などのシンクロをさせようとPCとUSBケーブルで繋いだところ、PDA側の電源が入らないことが発覚。その後、電池を抜いてみたりリセットしてみたり色々試してみたのだけれど変化なし。うそー、PDA無いとわたしは生きていけないよー、と悲しんでいた。これは、
SHARP ザウルス SL-C3000を買えという、神の思し召しですか? とまで考えたのだが、お財布の中身までは神は助けてくれないため即却下。駄目元で、電源ケーブルを挿して充電して暫く置いた後に再度電源スイッチを押してみたら、バッテリーを抜いた後に出るあの起動画面と日付設定ページが出現! うわー、充電してなかったことによる、完全バッテリー切れだった模様。多分、予定表のベルが鳴ってたんだと思うよ。あんまりベルは音を大きくしていない上に、鞄に入れっぱなしで忘れること多数のため、その間に静かに電池を消耗していってたのではないか。ごめんよ、君の小さな叫びに気がつかなくて。
今日はばっちり充電したので、暫くは大丈夫でしょう。まだまだ頑張ってもらわないとね。
ブックファースト渋谷店にて。
『仕事のなかの〜』は、親本が2001年に出ているようだ。全然買う気が無かったのでチェックもしてなかったのだが、サントリー学芸大賞もとっているようだし、今NEETだなんだと言われてるところでタイムリーかな、と思って。『傀儡后』は「くぐつこう」と読むが、ハヤカワのJコレクションから文庫落ちしたもの。同時に野尻抱介の『太陽の簒奪者』も出ている。これで牧野修に興味を持ったし、解説が冬樹蛉さんだったので、改めて買ってみた。親本は処遇を考え中。4Fの社会学フロアでは、『けなす技術』を買ったのだが、一緒に買うものは無いかと周囲を見てみたところ2冊平積みされているのを発見。こちらもタイムリーかな、と思った。が、抱き合わせで買ったつもりが、こっちの方がぐっと高かったですよ(笑)。
「散歩の達人」も、内容がディープ過ぎて、ついつい買ってしまいましたよ。
昨日復活して喜んでいたSL-C860だが、今日、SDカードスロットから既存のカードを取り出し別のカードを入れようとしたら、ぐっと押し込んでも引っかからずに中途半端なところで押し戻されてしまう現象が出た。再現率100%。なんか、悪いことしたっけ??
神様、これはハードディスクレスな
SHARP ザウルス SL-C1000を買っちゃえという思し召しなのでしょうか? でもやはりお財布への思し召しはやって来ないようなので、今回も引き続きSL-C860を使っていきたいと思います。普段はあまり使ってないから問題はないんだけど、ずっとこのままだと辛いので、来週末になっても直らなかったら、修理に出してみることにしよう。
今行ってきたところ。 らもさんがいっぱいで、なぜか後半、涙が止まらなくなってしまった。ので、早々に退散。写真のパネルの他に、コートや靴や執筆道具(ちびた鉛筆)、直筆原稿など。若いときの写真があるんだけど、妙につるりんとした顔をしていて、変な感じ。別人みたいだけれどやっぱり本人。あと、家の外観が貼ってあるボックスがあり、ひとつの面の真ん中に穴が開いていたので覗いてみると、いつかインタビューを受けた場面をテレビで見たことがあるリビングと大きなダイニングテーブルと、それを挟んで座るらもさん夫妻(猫付き)が見えた。30日まで。もう一度くらい行くかも。愛用ギターのオークション*1をやってて、現在のところ5万円だった。これから高くなるの?
パルコを出て向かいを見ると、「りぼん」とかの、集英社刊行の少女(女性向け)漫画雑誌の作品の期間限定展&グッズ販売をやってた。最近、渋谷ジャックしてたのはこれだったか。「NANA」とか「ハチクロ」とか。こちらは4月2日まで。閉店時間でろくすっぽ見られなかった。
*1 らもさんは、カンボジアの女の子の里親になっていたそうで、これはその子の養育資金に充てられるらしい
基礎化粧品のひとつが底をついた状態で数日を過ごし、ようやっと今日買いに行くことができた。春夏用のファンデーションも。こちらは、新製品と合わせて化粧崩れを防いではどうかと提案された。この商品はまだ発売してなかったので、とりあえずサンプルを貰ってきた。数日間、試してみる予定。
HMVに行ったところ、やったー、
スウィングガールズ プレミアム・エディション [DVD](矢口史靖)が出てたよー。そういう訳で、予約しておいたのを引き取ってきた。その他、茶の味と並んでいて気付いたのだけれど、
鮫肌男と桃尻女 & PARTY7 ツインパック [DVD](石井克人/望月峯太郎)が出てたよー。そういう訳で、この二つを購入。DVD買ってると、ポイントがどんどんたまるなあ。今まではその前に期限切れになったりしてたんだけどね。でも、見る暇がなかなか無いのがネックではある。
先日の、近所の店でのランチセット。好きなパンのメニューにミニスープ(この日はグリーンピースのポタージュ)にミニサラダ、それにデザート(この日は小振りなイチゴのショートケーキ)にコーヒー(お代わりOK)付けて1,300円かな? まあ、以前の設定と較べると少し高くなってるけど、都心価格って感じかな。都心で食す味をご近所で、と逆転して考えると、まあ満足できるかも。
パンは、この時期定番になってきている桜の塩漬けを練り込んだフランスパンに、海老と玉葱のタルタルソースをサンドしたもの。この、桜の風味と海老ってとても合うんですよね。春を先取りした気分。
今日も木々を見上げてみたけれど、まだ気の早い花は無さそうで、つぼみを保ったままだった。いつもの時期だと綻び出すんだけど、最近、急激に寒くなってきてたからねえ。しかも、毎日のように雨が降るし。傘を持って行かなくて、今日も往生したですよ。
失われた足跡 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫―ラテンアメリカの文学)(カルペンティエル/牛島 信明)』あれから随分と過ぎてしまった。最後に感想を書いたのは18日で先週の金曜日だったから、実に1週間ぶりか。その間、まあそれなりに読み進められてはいる。愛人ムーシュと別れジャングルの奥地へ入っていく主人公は、伴侶として現地でであった混血女ロサリオを選び取る。ロサリオが自然とかもし出すエキゾチックな雰囲気は、西洋文明にまみれた主人公には新鮮でたまらない。そして多分、自分は(ムーシュなどの西洋文明べったりの人間とは違って)南米やアマゾンの魅力を理解している人間なんだという優越感をも与えてくれるものなのではないかと思う。勿論、そういう文化に関心を示し、またある程度は理解を示しているのはよく分かるのだが、この作品全面に貫かれる主人公の意識は、明らかに西洋寄りのものだ。今まで培ってきた知識や教養がそうなのだから仕方はないのだが、何に接してもまずはキリスト教や西洋バロック音楽、ギリシャ悲劇から連なる文学作品から連想し、発想している。この地にいるのは、あくまでも一時的なものではないかと我々は感じざるをえない。
そうは言いつつ、河を進んでいくうちに「中世時代になっているのに気付き、そこからどんどんと時代を遡っていく」ことに気付く。要は、深く入っていくことは未開の文化の深度が顕著になっていくということなのだろう、最後には、紀元前にまで戻り(つまりは、キリスト以前、ということか)、旧石器時代に来たとまで言っている。
しかし、日付は止むことなく数字を失い続けた。まっさかさまの飛翔によって年月は空虚になり、後退し、消え去り、失われたカレンダーや月を回復し、三けたの数の世紀を一けたのそれに変えてしまった。聖杯は輝きを失い、十字架から釘が抜け落ち、両替屋は寺院にもどり、ベツレヘムの星はかげり、そして西暦0年がやってきたが、そのとき、〈受胎告知の天使〉はそそくさと天に帰っていった。それから、西暦0年の裏側の日々がふえていき――二けた、三けた、五けたの日付――ついに、人間が大地をさまようのに疲れ、農耕を始めた時代にたどりついた。かくして人間は、あちこちの河の流域にはじめて集落をつくり、それまでより高度の音楽を求めるようになり、リズム棒から、焼いてもようをつけた木の筒たる、最初の太鼓に移り、中空の葦に息を吹き込むことからオルガンを発明し、泥を焼いた壺をうならせて、死者をとむらった。われわれはいまや、旧石器時代にいたのである。(p.250)
と、一気にこれまでの旅を可視化している(ビデオの逆戻り的な描写だ)がすごい勢いだ。彼が、この現象を歓迎していることが分かるだろう。そして、この旅の中で彼は目的の太鼓などの楽器を回収することに成功する。また、ある集落では絶命した人間の回復を願う祈りの中に、音楽の発祥を確認し興奮する。書物ではなく、目の前で見たのだ、と。
そこで引き返せばいいものを、彼は〈先行者〉から彼に関するある秘密を聞き出し、その奥地まで行ってみる気になるのだ。そうして辿り着いたそこは彼にとっての楽園であり、創世記の地、エノクになぞらえたりもする。彼はここに安住の地を見、もう引き返さないことを心に誓うのだが、今度は〈館長〉たちに託され回収した太鼓類の存在に現実を突きつけられ、悩ましい状態になっているようだ。
客観的に見れば、旅先でありがちな一時の気の迷いで、彼は西洋文明を象徴する存在である、愛人や妻(彼女の存在なんか、これっぽっちも思い出さないところがすごいよなー)や現実の厳しさから逃れたい、ということなのだろう。偶にあるよね、携帯電話も通じないような人里離れた大自然の中で自由を満喫したいと願うヤツ。それが、願望じゃなくて偶然にも叶っちゃったからなあ。
まあ、そういう訳で、そろそろひとつの山場を迎えることになるのだろう。ホントにこの1ヶ月はこの本にかかりきりになっちゃいそうだなあ。
転勤で関東を離れるタカアキラさんのために、壮行会が開かれた。場所は、新宿三丁目駅付近にある隋園別館。時間を少し過ぎたくらいに到着したら既に室内は満員。っていうか、この狭い部屋に円卓4つって、辛くないっすか? まあ、2時間ならばお手洗いに立つことも避けられるだろうと奥の卓に座ったのだが、時間延長になったときはさすがにたまらず、席を立った。まあ、それもあって、それほど飲み物は飲んでいないのだが。それにしても、40人の人が集まったって、やっぱりこれは人徳だよねえ。
それにしても、久しぶりに丸の内線に乗ったのだけれど(新宿駅から歩こうかと思ったのだけれど、混雑で動けなさそうなので三丁目から行くことにしたのだ)、何でこの線はいつも満員状態なのかね。なんか、におう人もいたし、数駅のみの区間とはいえ、ちょっと辛かったっす。
この日は昼間お花見があったのだけれど、夜中に肉じゃがを作っていたら、眠くて起きられず、お昼ごろ這い出して用事を済ませたら15時を過ぎてしまったのでこちらは欠席。天気がよさそうだったけれどさすがに公園は寒かったようで、しかし盛況だったとのこと。幹事の皆様、お疲れ様でした。
女のシゴト道(大田垣 晴子)』女性に限ったことではないのだけれど、自分の仕事に真摯に取り組んでいる人ってやっぱり美しいなあ、と思う。色々な職業を持つ60人の女性に突撃取材した記録なのだが、みんなやっぱりいい顔してるなあ。
ここには書けないような辛いことや嫌なことも、きっと沢山あるに違いない。でも、そういういろんなことを受け止めてそれを糧に成長しているからこそ、こういういい顔ができるんだよなあ、と思った。いや、顔って大田垣氏の絵なんだけどね。
10年後、20年後の追跡取材なんかあったらもっと嬉しいんだけれど……ちょっと意地悪かしら?
フジテレビのアニメ特集で、こち亀をやってたので録画して後で見た。あー、相変わらずだなー、と思ったのだけれど、この、ゲストキャラのアイドル、くるみって、ひどく腹立つなー。というか、神経逆撫でするタイプ。それにしても眼鏡でメイド服のドジッ子って、時流を読んでるのが外してるのかよく分からん。
で、エンディングを見て納得。このくるみの声って、さとう珠緒だったんだ。
評判がいいってのは聞いてたんだけど、見たのは初めて。というか、シリーズ最初のをまず見てない。そうか、エイリアンから地球を守るエージェントだったのね。でもって、アメリカ版寅さんかしら?
軽妙で、テンポ良くって笑いあり、シリアス(ちょっと)あり、友情あり、ラブあり、正義あり、のてんこ盛り。まあ、彼ら自体は正義そのものよりも自分たちの快楽を最初に考えそうな感じだけれど。
悪役のララ・フリン・ボイルって、そうか、あのツイン・ピークスの黒毛の美少女か。あの頃もどちらかというと魔性っぽかったけど、大人になって腹が据わっていい感じ。悪役演じるのが楽しいらしいから、これからも楽しいキャラクタを作って欲しいねえ。あ、パグ犬のフランクもあの俗っぽいところが良かったよ。
先日録画予約しておこうと思って番組表を見たら、どこにも「Mの悲劇」が無い……。なんと、既に先週放送終了していたらしい。あー、連休でぼーっとしていたあのときに(泣)。最初はワンパターンだなあ、どこまで続くんだろう、と思いつつも中盤で一つ謎が解けてしまうと、あれよあれよとどんでん返しの応酬が。次の回がどうしても気になる話でした。「まあ、最近は公式サイトでストーリー分かるから、諦めるか」と少し軽く考えていたら、公式サイトは「最終回をお楽しみ」とか言ってほとんど情報が無いよ。で、ちょっとURIをキーにblogmapを漁ってみたら、詳しいストーリーを紹介しているサイトをいくつか見つけてなんとか満足できた。
それにしても、佐々木蔵之介の演技力がすごくて、こっちまでその恨みが滲んでくるほどだったよ。目が据わって狂っていくのがまざまざと見ることができる。これからも要注目だ。いや、このドラマは稲垣吾郎が理不尽にいじめられるその姿が良かったんだけどね。似合いませんか? 彼って。長谷川京子は、なんつーか、お人形さんみたいでなあ。きれいっていうか、アンドロイドみたいだ。整形疑惑があるのが納得できるような感じ。
旭屋書店渋谷店にて。
ブックファーストで
鏡の国のアリス(ルイス キャロル/スソ アキコ/Lewis Carroll/山形 浩生)は売ってたんだけど、同じフロアに『アメリカン・チョイス』が無いので今日はパスした。「文學界」の連載だったのだから、文芸フロアで売ってもいいんじゃないかと思うんだけどね。
月9では、ちょっと異例な話だったみたいね。かなり不評だったようで、blogmapで見ても、あまり話題が無い(笑)。でも、わたしは結構気に入っていてほぼ毎週見ていたのだ。まあ、恋愛コメディとしても研究者コメディとも見れるから、そういう視点かな。後半、がらっと路線が変わったのは(長崎の干拓話とか出てたし)、何か横槍なり何なりがあって、軌道修正したんじゃないかなあ、と思う……のだが、どうしてかは不明。
ラストまで見た瞬間「赤名リカ*1の再来!?」と思ったよ。男との幸せよりも自己実現をとって、相手は旧態依然たる結婚のくびきから免れていない。偶然に道で再会して奥さんがその場を離れてちょっと話す(ここで決別を確認するのだけれど)、というのはどちらも同じ。違っているのは、颯爽と立ち去った後、仁子が涙に暮れるところなんだよね(こちらはタイムラグがあって、暫くしたロンドンでのことなのだけれど)。あ、あと、「東京ラブストーリー」では男のほどけた靴紐を結び直すのに跪く妻という、すごい男尊女卑風の構図があったっけ。
結婚と仕事って結構タイミングの問題がある(わたしもかつてそうだった)。仁子だって、最初のロンドンのときなら何も考えずにOKしただろう。でも、既に自分の仕事の世界が確立している状況では、おいそれと仕事を捨てるには責任感も未練もあり過ぎないか? そこで許容できなかった教授が古い考えの人間っていうことで、これは訪れるべくして訪れた結末だったのだと思う。仁子が我侭だと見る見方は、アリだろうと思う。けれど、女性のキャリアプランや人生について考えると、もうちょっと違う見方ができるんじゃないかと思う。恋愛を主眼に置くはずの月9でのラストが期待に沿わないものだったから(まあ、その過程も問題はあるが)違和感があるけれど、これが小説だったらここまでブーイングがあっただろうか? まあただ、ここまでに至る心の変容の説明不足だったのかも知れないとも思う。始めからそちらの方に賛同している人間(しかも、最近月9からすっかり離れてる人間)からすれば当然の結果だし、ロンドンでなつかしの曲を聴いて、自分の仕事の成功とともに失った大きなものに思いを馳せて涙を流してしまう、というのも納得のいくものなのだけれど。
まあ、それとドラマとしてのできとは同じ評価はできない訳で、完成度はかなり低いと思う。それにしても研究室の後輩であるところの山田優は、ホントはもっとヨゴレ役だったんじゃないか? 事務所からNGが出たんじゃないかと思っちゃうんだけれど、多分彼女が毎回教授を誘惑しようとするシチュエーションコメディにしちゃった方が話として引き締まったと思うんだよね。まあ、これだけが問題ではないのだけれど、色々な要因が重なり、ぐだぐだになってしまったのではないかと邪推してしまう。
*1 「東京ラブストーリー」のヒロインね
昼間にオフィス間移動で東京駅構内を歩いていたのだけれど、昨日にも増して人が多い。人大杉! 考えてみたら春休みなんだねえ。地下街の飲食店でも「お子様ランチもございまーす」と呼び込みをしていたよ。
今晩も飲み会なので買いたかった本はbk1で注文しておいた。おそらく、今日中に配達されるはず(うちは宅配ボックスがあるので、故障でも無い限りは持ち帰られることは無い)。でも、すっかり忘れてしまっているアイテムもやっぱりあるので、八重洲ブックセンター本店か丸善丸の内本店、どちらかに寄り道して行こうかなー。
それにしても今日は、本格的に春っぽい。昨日の昼間も温かかったけどね。もしかしたら今日辺り、桜のつぼみも膨らんでるんじゃないか、と期待してたのだけれど、さっき見た限りでは「触れなば落ちん」状態にあるのだけれど、そのぎりぎりのところでやきもきさせてくれます。もしかして、じらし上手?
_ おおた [むしろ、金につられます>spam 『失われた足跡』に限らず、カルペンティエールは時間にこだわる作家なので、ジャングル..]
_ にじむ [お金をやるとは言ってないんですよ(笑)>spam アドバイスありがとうございます。後ろの方ぱらぱら見てみたんですけど..]