精霊たちの家(イサベル アジェンデ/Isabel Allende/木村 栄一)』これは、普通に小説として面白いんだね。南米だからマジックリアリズム、とか思ってると肩透かしにあうかも。でも、精霊があちこちにいたりするんだけどね。後、見えない力が働いたり。クラーラが死んだ途端に国が平安を破り、家庭の平安も崩れるという辺りがまさしく超常現象だよなあ。花まで枯れ始めるのだから。
昨日はエステーバンのことを「国家」と解釈したけど、ちょっと違うかも知れない。多分、国という器がクラーラなのだと思う。超常現象を扱い、超人的な感覚で未来や人の心まで見通してしまう存在。時には精霊や地球外のものとも交信しあう、周囲にとってはまさしく求心力という存在。それに比べエステーバンは頑迷で粗暴だ。これはおそらく、彼自身が属している旧来的な右派社会、右派政権ということなのだろう。逆にその反対側の象徴となるのがブランカの愛人であるペドロ・テルセーロ・ガルーシアなのだが、実際に共産政権が実現しそうな現在は、地位も名誉も興味が無く、ただ一介の歌手でいようとする、というのが不思議なところだ。これは何を意味するのだろう?
クラーラの死とともに始まる混乱と凋落。チリの近代史を紐解けばおそらくこの後どのようになったのかも分かるのだろう。ひとつ分かることは、フランク叔父の鞄と本の行方だ。多分、これらが焼けてしまうというのは、クーデターとかその手のものなのだろう。
果たして、トゥルエバ家のものは、最後まで生き残るものがいるのだろうか。いや、クラーラの言い分からすれば、生から死というのは状態が変わるだけで、相変わらずこの世とあの世との交信はできるのだ、ということだったな。そして、彼女の孫娘アルバは、自分で幸運を見つけ出し、仕合わせになる運命だったはず。もしかしたら彼女は、パンドラの函の最後に残された、「希望」となるのだろうか。
リニューアル後、検索も軽くなるはずだったと思ったが、失敗する確率が日に日に高くなっている気がする。漢字で検索するとタイムアウトになるので仕方なくISBNを入れなおして検索したりする始末。以前は、どんなに遅くてもちゃんと結果を出しただけ良かったが、これだけやって改良になってないというのは何なのだろう?
それと、商品ID(BIBID)まで含めて直接書誌情報参照をしようとすると、スカッてしまうのか、ホームページに飛ばされることも何度かある。これはどういうことなのかなあ。
ところで、書誌情報のxmlデータの提供は、もうやらないのだろうか。リニューアル直後には「もう少ししてから」と言ってたはずなのだけれど。このコンテンツからbk1の書誌情報にリンクを張ってないのはそのためなのです。簡単リンク君はここでは役に立たないので。
昨日の続きだが。街のポスターの実物はこんな感じだ。文字だけでは雰囲気が出ないので、唇まで入れてみた。さすが、色っぽいですな。エルメス的な色気は、中谷美紀よりも伊東美咲だなー、なんてついぽややんと思ってしまいますな。
と、こちらは映画の方だけれど、正しい使い方だね(笑)。伊藤美咲の目や唇をアップにしたところで「キターッ」よりは「萌えーッ」になったのかねえ。どっちにしても、こうやって記号的意味は取り違えられていくのだなあ、と思ったことでした。
月も変わったことだし、と国書刊行会のこれから出る本のページを見てみたら、一番頭に驚愕の文字列が……。こ、国書が、『世界文学あらすじ大事典』!?
内容を見てみると、昨今の「あらすじ本」とは一線を画すものらしい。既に、文学百科事典としてもいいんじゃないだろうか、これは。各巻19,400円という定価で、クロス装函入ってところもまた。
しかし、監修者を見ると、横山茂雄氏(この方は不勉強ながら存じ上げなかった)と石堂藍氏。そんじょそこらのあらすじ本ではないことは、この辺りで推して知るべし。えーと、ちょっと買うのは難しいけど、近くの図書館とかにあるととっても嬉しいなあ。渋谷辺りに私の好みの私設図書館なんてあって、これがあるととっても嬉しいんだけどなー(夢想)。え、それってBook 1stだって?
三省堂のスタージョントークショーが今日だったことをすっかり忘れてて、慌てて書店に電話するも既にチケットは捌けてしまったとのこと。しょんぼりしながら、でももしかしたら会場に少し余裕が出て入れるかも、と、1時間ちょっと遅れで現地へ。しかし『1500冊』買っても特に案内は無かったです。案内しないならポップ外しておけばいいのにね。神保町は、方向違いだし普段は用がないから全然行かないんだよな。しかも、店が閉まるのが早いし。先週から今週にかけてはあまり暇がなかったので、こっちまで来ることができなかった。
しょうがないのでここまで来たら打ち上げに混ぜてもらおうと、会場にいるはずのいでさんに電話。いつも済みません。トークショーは、中原氏が入らないと、かなりスタージョン的な話になっていたそうです(中原さん、読んでなかったという話を聞きましたがホント(笑)?)。作品個別の話ではなかったので、未読でも大丈夫だったとのこと。
打ち上げ会場ではタニグチリウイチさんが持ってきたアニメやゲームや何やらのフリーペーパーを見せてもらったり、初めての人とお話ししたり。mixi率はかなり高いですな。「mixiでは××って名前です」「あ、見たことあるかも……」とか。あと、トヨザキさんに倉橋さんとお会いした時の話を聞いたり。ブックファーストでも倉橋由美子氏の追悼コーナーはあったのだけれど、彼女の訃報を聞いた夜に書店で著書を見ると、本当に今出てる作品は少ないのだよね。追悼コーナーが設けられないほどに。私も数年前にいくらか手に入れようとしたことがあったのだけれど、結構時間がかかった覚えが。いや、古書店にあまり行かないせいでもあるけれど。
その後、和民に行こうとするも満杯だということで、近くのパセラへ。最初は「え、カラオケか……」と引いたのだけれど、よく考えたら中原氏の生の歌声を聞けるではないかと思い直した。期待、期待。
で、初っぱな歌ったのは「あずさ2号」でした。絶叫してデス風味。最初は遠慮してカメラ出さなかったのだけれど、あまりのフォトジェニックぶりについつい撮りまくってしまいましたよ。大森さんの邪悪そうな姿もたっぷり。
徹夜まではいかなかったけれど、たっぷり楽しませてもらって解散。皆様、お疲れ様でした。いいもん見させていただきました。
初の長編小説『東京タワー―オカンとボクと、時々、オトン―』刊行を記念してのサイン会。200人限定の整理券は、あっという間に捌けてしまったようだ。やっぱり、専業小説家とはインパクトが違うよなあ。
『東京タワー』は「en-taxi」創刊時から始まった自伝的小説で、主人公の名前を見ても、かなり体験に即した描写やエピソードが大いに違いない。なぜエッセイではなく小説だったのか気になるところだが、全てを私事(わたくしごと)として書かず一歩引いた目線で自分や自分の過去を見つめることで見えてくることって多分あるのだろうと思った。連載で読むのは性に合わないので単行本化を待っていたのだが、こんなに早いとは思わず、店頭で見て慌てて買ったんだった。内容は、案の定ノスタルジー溢れるものだが、彼特有の茶目っ気がぎりぎりのところでウェットになり切らない「笑い」を引き込んでいて、そのバランスは絶妙だと思った。
さてサイン会だが、午後5時開始のところ、4時ごろ家を出て余裕で着くな、と準備をし始めたところ、これがどういう訳か、肝心の単行本が見つからない。あれ、おかしいな、ここにある筈なのに……。汗をかきかき探しまくったら、思っていたよりも1日前に買っていたのだった。そう、うちの最近買った本は、超整理法に則っているのです(嘘)。結局、開始時間を少し過ぎた頃に到着(オリジナルバッジを貰ったよ)して最後列に並ぶことになったが、これがまた、200人ということなのか何なのか知らないけど、延々待たされるわけですよ。しかも、この店舗の階段部分(で待つことになる)はあまり空調が効いて無いのでかなり不愉快。それにしても、何でたかがサイン会でこんなに並んだりするんだろうね。ってお前が言うか。
結局、私の番が回ってきたのは開始後1時間半経ってだった。しかし、階段上から他の人の様子を見てるとこれだけ時間がかかるのは分かるよ。だって、ひとりひとりとゆっくり話しをして、一緒に写真まで写ってあげてるんだもの。話してる時間は人によるけど、結構長い時間の人もいて、特に急かす訳でもなく話を聞いている。あー、この余裕ってすごいなあ。
で、リリー・フランキー。この人の声は、もう奇跡的に素敵なのですよね。テレビでは週に1回「水10」で聞くくらい(しかも一言くらいしか話さないし!)なのだけれど、低めの、よく響く声。これに絶対美形では無い大きな顔に小さな目が、なぜかとてもよく合うのですわ。で、これだけ見るとまるですげーオトナな人みたいなのだけれど、これと著作のギャップがいいんだよな。いつまで経っても大人になりきれないでいる感じ? これはもてるに違いない、と確信した。というか、サイン会に来ている面子が、普通の小説家の時の顔ぶれじゃないし! 若めのかわいらしい女の子率高し。男の子も小じゃれてるし、デートなのか二人で整理券持っていたりも。え、カップルで本買ったの!?
地下1Fは、時にはついたてをしてしまい売り場からは見えなくすることも多いのだけれど、今回は思い切り開放。坪内祐三氏の姿も見えました。終わったら飲みに行くんでしょうな。傍らにはやはり、「en-taxi」編集長のイキ氏の姿も。そうそう、リリー氏、みんなと握手をしていたのだけれど、誰に求められるわけでもなく自分から手を出してくれるんだよね。こういうことをするのって、多分色んな複雑な感情を払いのけてのものだろうので、あまり専業の作家には無いことのように思う(私が行くような人がそうでないだけかな?)。今までに当たり前のように握手してくれたのは、リリー氏(「en-taxi」の創刊時のサイン会が最初)と町田康氏くらいだったのではないだろうか。特別握手を求めたい訳では無いのだけれど、そういうサービス精神を当たり前のように持っている、というか。
この後、西方面を中心的に回るようですな。舞台が福岡だし。
東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~(リリー・フランキー)』並んでいる間に読んでみた。100ページ弱くらい? 彼の生い立ちが綴られているのだけれど、先にも書いたとおり、ノスタルジーにどっぷりおぼれる寸前で留まっている感じ。彼の「照れ」なのだと思うのだけれど、ユーモアとお惚けが効いている。
どう考えても日常生活には向かない酒乱のオトンとしっかりもののオカン。小倉での同居生活から、筑豊での別居生活へ。その屈託とか、子どもらしいのびのびさとか正直さとか戸惑いとか。そういう小さい心の揺れが丁寧に描かれていると思った。オカンもかっこいい。
それにしても、小さい頃のことを書くにしても、舞台が良すぎるよなあ。私なんて何も無い地方都市だったからこんな風な「あるだけで決まる」ようなものは何も持ってない。小倉の製鉄の町、筑豊の石炭の町。トロッコでチキンレースをやるところや、道端で酒を飲み始めている炭鉱のオヤジたちの話なんて、やっぱりそこにいなければなかなかこういう風には書けないもんね。小倉弁もそこに花を添えている。出てくる時代的なアイテムは自分たちの馴染みのものと似通ってはいて、とても懐かしいのだけれど。
かっこいいオカンや、その上どうしようもないオトンのことも落とす部分もありながらも愛情たっぷりに、「これが俺をこの世に出してくれた両親だ」というちょっとした自慢も見え隠れする書きっぷりがいい感じ。なんか、こういう風に親に愛情を覚えられるのって健康的だなあ、と思う。
ただ、箸の話が出たときに出してきた女の子のエピソードがちょっと直接過ぎて違和感があった。その周辺と較べるとバランスを欠いているのではないか。いや、その少し前に出てきた「中途半端な」話を引きずっているのだとは思うのだけれど。
続きは、ゆっくり読みます。
精霊たちの家(イサベル アジェンデ/Isabel Allende/木村 栄一)』
サボテン姫とイグアナ王子 (清原なつの忘れ物BOX (1))(清原 なつの)』
海を失った男 (晶文社ミステリ)(シオドア・スタージョン/若島 正)』とうとうはてなグループで活動し始めたのか(笑)。メンバーは見たことのあるような人ばかり。週末ぽちぽちと見ていたけど、みんな楽しそうだなあ。なんか、あれだね。男子高のノリに近いね。女子は入って行けなさそうだよ(笑)。
http://www.nhk.or.jp/bs/navi/docum_td.html
これに阿部和重が出るらしい。
4月に旅行を兼ねて「物語の舞台を訪ねる」みたいな趣旨で神町を訪ねたときにご本人のお母さんに会うことができたのだが、そのときに「アメリカにNHKの取材旅行に行ってる」と言ってたのがこれか。作家としてのドキュメンタリーかと思ってたのに(笑)。
なんでも、中学生のときだったかに香港からわざわざブルース・リーの衣装(勿論レプリカ)を取り寄せるほどのファンだったんだとか(まだ持ってるって言ってたよ)。もう一度『アメリカの夜』を読み直したくなったよ。
後宮小説 (新潮文庫)(酒見 賢一)』今月これの読書会をやるので今更ながら購入して読んでいる。つい先日まで『精霊たちの家』などという重たい小説を読んでいたせいか、思っていた以上に軽く思えるのだけれど、まあこれも味ではあろう。田舎に生まれ育った女の子銀河が、後宮に入り活躍する話(だろう、どう展開するかは知らないが)。丁度、同部屋の四人が集まったところまで読んだのだが、これはある意味ロールプレイング・ゲームの形をとっているのではないかな。何にも知らない無垢な銀河と一癖も二癖もありそうな女性たち。さしずめ、銀河を都まで連れて来た宦官の真野(宦官ってみんな最後は「野」がついたものなの?)は長老といったところだろうか。
話を読んでいくとどうしても日本の平安時代の王朝とイメージが重なる。宮女候補を連れてくるのは宦官の役目であり、自分の出身地から募ってくるのが慣わしらしい。その宮女の出世によっては、宦官の権勢も変わってくるらしいから、日本で言えば藤原氏の外戚関係みたいなものだろうか。この小説は後年、正式な歴史書とその当時を描くさまざまな文書を参照し、余白の部分は適当に想像で埋めてお話を作り上げているという形になっているようで、語り手がかなり頻繁に物語に介在する。
14歳の少女である銀河が後宮に入る。しかもタイトルが「後宮小説」とくればこれは銀河の成長をテーマにした、教養物語として読むこともできるのだろう。リーダビリティはとても高いので、そんなに経たないうちに読み終えることができるだろう。中国のとある国を舞台にしているが、おそらく架空の国なんだろうね。
増井さんの情報によれば、超整理法で有名な野口悠紀雄は、『
「超」文章法 (中公新書)(野口 悠紀雄)』で「少しは嘘を書くのもよい。「後宮小説」のように、嘘だということが最後でわかって面白い小説もある。」とか言ってるそうで、この小説の語り口に騙されていたようだよ(笑)。本文を読んでないのでニュアンスは分からないのだけれど、「最後に嘘だと分かった」のは、この小説が歴史物語だと思い込んでいたということなのか、それとも素乾国という存在自体のことを言っているのか、どっちなんだろうね。今度立ち読みしてみよう。
同感ですが、すでに間違って入学してしまった人がいます!!(「モヒカン族」に関する言及)
昨今叫ばれている少子化の影響で入学者数が見込めなくなってきたため軒並み別学校が共学化しているというのが現状です。おそらく、そのプロトタイプとして入学してきてるのではないかと!
しかし、さらし巻いて女子であることを隠しつつ学ラン(やっぱブレザーよりはこっちですよね)着て通学……という方が、シチュエーションとしては萌えそうです。とりあえず全校通じての課題図書はみうらじゅんの『
正しい保健体育 (よりみちパン!セ)(みうら じゅん)』とか。いやむしろそのものズバリの『
D.T.(みうら じゅん/伊集院 光)』?
#なんだよ、掲示板はモヒカン族に入ってないと書き込めないのかよ。っつーことで遠隔書き込み。
そういえば会社でのうちのグループの立場は殆どモヒカン族のソレだな。だからある層にはうざがられるんだけど。
お昼に一緒にお弁当食べて表面だけ馴れ合うのも嫌。折角の自由な時間なんだから自分が好きなことやってた方がいいな。秘書の人とかだったら他部署の女子と仲良くしていた方が、情報が回ってきたり何かと便宜を図ってもらえたりして仕事がやり易くなるんだろうけれど、我々は仕事の結果で信用を得る方を好む、というか。いや、男性陣は色気をちと出して結局女子にうざがられるという構図もあって呆れてる訳ですが。
職場のしがらみは関係なく、好きな人たちと職場飲みはもちろん大好き。
ブックファースト渋谷店にて。
えーと、夏はラノベなので!
いや、ラテンアメリカの棚を眺めていたのだけれど、ふと上方を見ると、選集が並んでる。よーく見ると、原題企画室のものではないですか。思わず、ふらふらと数冊買い込んでました。単価高いけど、まだまだあるんだよなー。しかも面白そうなラインナップなんだよなー。
会社を出た時に何となくぽつ、と来たような気はしたのだが気にせず渋谷まで来て駅を出たらちょうど大粒の雨が降り出したところだった。とっとと買って帰ろうと思いブックファーストに向かうも、どんどん雨が激しくなってくる。まあ、この降り方なら30分もあれば止むだろうと高をくくっていたら、出ようとした頃ざんざん降りで参りました。仕方なく、書店をもう一回り。塚本さんたちが書いたりなざうの本とか(こりゃいいですね、後でやっぱり買おう)、買い残したものなどをサルベージ。うう、金かかる暇つぶしだなあ。喫茶店はもう閉まる時間だし、さすがに上階の飲み屋にひとりで行く気もしないし。近くに傘を撃っているところもないし、身動きがとれん。せめて道路向かいに行ければドン.キホーテとセガフレード・ザネッティという、うってつけの店があるんだけどなあ。
結局書店を一回りしたら雨も一休みしてくれたのでその隙に駅へ。最寄り駅に着いたらまた結構降ってたけど、まあこれなら家まではOKだしね。
本を持ってなかったら駅まで走ったかも知れないんだけどねえ。いやはや、ホントに亜熱帯地方になってしまったようだね。
後宮小説 (新潮文庫)(酒見 賢一)』ははあ、やっぱりこれはロールプレイング・ゲームだなあ。でもって、教養物語の形式をとっている。銀河を中心として同室の他の三人が「旅の仲間」。その三人は、貴族出身で気位の高く美しい世沙明(セシャーミン)、セシャーミンよりも位が高く美しい氷の女王遥樹(タミューン)、少数民族の出身で変わった性癖を持ち感情を表に出さない江葉。しっかりキャラ立ちしている。彼女らが旅の助けとなる資質を持っているかどうかは全然分からないけど(セシャーミンが一番役に立たなそうだ)。ところでこの名前は漢字の方が当て字になってるらしいけれど、読み方の方は「西方」を模したものらしい。この場合の「西方」って、インドのことだよね、多分。そのほか、文化なども西方のものを積極的に取り入れているという設定のようだ。
後宮に入る前に予備校みたいのがあり、それが女大学といわれるもの。要は後宮でのしきたりや暮らし方、そして閨房術といったものらしい。後宮に入る女性向けの教育。その学問の体系を作ったのがここで教鞭もとる角先生なのだが、直接的な指導は弟子に任せ、本人は殆ど哲学のようなことを宮女候補生らを相手に問答を始めるのだけれど、今までそんなこと考えたことの無い彼女らがいきなり「真理とは」とか言われたらそら面食らうわな(笑)。しかし、そのおかげで好奇心旺盛な銀河は精神的成長を遂げる、ということになるらしい。RPGでいえば、さしずめ角先生は魔法使いみたいな扱いだろうか。
いずれは皇帝の子を生むために集められた存在である彼女らに精神的な工場をも要求する角先生はなかなかに面白い。日本の平安時代の宮中とどうしても比較してしまうが、平安の宮中へ上がれるのはどんなに身分が低くても貴族や豪族(受領はどの辺に入るんだっけ?)の娘であることが条件だったのでは無いかと思われる。それに較べると銀河は田舎の平民の生まれのようだから、条件は随分と違っている(というか、機会均等?)のだな。
全体的に、テンポは普通にいいのだけれど、どうしても今まで濃厚な小説を読んできていると薄く感じてしまう。その分、誰にでも読みやすくなっているのかも知れないのだけれど。それにしても、これが第1回に本ファンタジーノベル大賞を取るだなんて、ちょっと凄すぎますよ(笑)。そら、一癖も二癖もあるものばっかり集まることになるわね。
ҥ² - ҤΡ - ҥ²νを読んで思い出したのだけれど、確かにあのときの面子はすごかった。でも、思い起こしてみれば、新顔を連れてきたのは八木の野郎さんだったんだよな。五月雨式に「この人も呼んでいい?」みたいな感じでビッグネームが次々と上がるのを驚いて眺めていた(って幹事は私なのだが)。しかも八木さんが待ち合わせの時間に来れないというので、初対面の加野瀬さんとotsuneさんをどうやって見分ければいいのか、大いに焦ったのだったな。辛うじて加野瀬さんははてなのオフィシャルオフ会で一方的に見たことがあったので「も、もしかしてあの人かも」と声をかけたのだけれど。
お店を予約したときには小ぢんまりとした飲み会だったはずが、いつの間にか倍以上に膨れ上がり、賑やかな集まりになったんだったねえ。確かに、あれだけの人たちが一同に会したのはなかなか無いことで、貴重な場にいることができたなあ、と感じたものだけれど。
あれからまだ1年経ってないことに、ちょっと驚き。あと、これの布石として同年6月にやったWikiばながあるよね。私は北海道酒びたりツアーと重なってしまって、残念ながら参加できなかったのだけれど。
#どうもはてなグループにTrackBack送ろうとするとエラーになる(タイミングだけの問題?)ようなので、とりあえず見送っておきます。
ここの特定のサーバからWgetのアクセスが毎日恐ろしいほど飛んでくるんですが、どういう目的なのでしょうか。ここのところ、毎日長時間に及ぶのですが。
とりあえず告知して、明日一日見て変化無ければdenyさせていただきます。
最近あんまりaccesslog見てなかったんで、このディレクトリのログの増加にびっくらこいたですよ。
ブックファースト渋谷店にて。
後宮小説 (新潮文庫)(酒見 賢一)』あ、何となくこの小説が「ファンタジー」の訳が分かったような気がする。私はこの小説の舞台は百家争鳴と言われた頃の中国で、その中の架空の一国を作ったのだろうと思っていたのだけれど、これってもしかして、中国そのものに似た国、ということかも知れない。というのも、いくら中国が仏教伝来の地だからといって、西国(インドかと思っていたが、もしかしたらヨーロッパのことかも知れない)の言葉を模した呼び名など、つける訳が無いのではないか、と考え出したからだ。それに、いくら中国が大きいからと言って、その中の一地方で都への旅が4ヶ月もかかるとは思えない。この架空の国は、いろんな文化をミックスさせたところなんだ。それと、語り部は日本人らしきことも分かった。だって、宮廷のしきたりのところで日本の平安朝を思わせるところを「本邦」と称してるからね。
で、後宮教育。28日ごとに候補は篩いにかけられる、とあったから、おそらくその期間は半年ほどでは無いかと踏んでいたのだが、夏至から冬至までの間と言っているからこれはその通りだったようだ。角先生の高尚さとその弟子である菊凶の俗さが対照的で、なかなか面白い。というか、角先生は殆ど象徴的な存在なんだな、多分。あんな哲学的な問答をしても、銀河以外は意味無いだろう。
その後、教育が終わって銀河が正大妃となるのだけれど、これの意味は読んでいくと分かる。正大妃になることは冒頭部分から語られてることだから、特にネタバレでは無いだろう。この辺りから、物語は「転」のステージに入る、という感じか。身分が高いっていうことは、その椅子が少ないからそこにありつこうとする人たちがしのぎを削るのね。色々面倒な話で。
こういうのを、歴史モノっぽく文献を参照しながら書いた、という大法螺を吹きつつ世界観を構築していく、というのは、確かにファンタジーだからできることだろう。下手に地域や時代を限定してしまうと史実に囚われてしまうから、そこから自由になるにはファンタジーにする必要があった、ということかな。因みに、この小説のアニメ化作品「雲のように風のように」のサイトの情報は、読んでるときにはあまり参照しないほうがいいかも。昨晩見てたら思い切りネタバレしてることがあって、ひどいよー、と泣いてしまった(これはただの比喩である)。アニメも見ておきたいんだけど、TSUTAYAにはビデオテープしか置いて無いみたいね。うーん、DVD……HMV辺りで探してみるかな。
なんか、Wikiのリファラを見てたらこんなところからのアクセスがあったんで何だろー、と見に行った。
ほ、何かWikiっぽい使い方してるなあ。脳内をメモってる感じ? 児玉サヌールさんのところと一緒に並べられてる。
Wikiは、最初は階層化して管理しようとか色々考えたんだけど、やっぱりそーいうことはしない方が楽でいいね。全部フラットにしてしまってキーワードと割り切ってしまったほうがいい。ページ内で役割を割り振ったり分割したりすればいい話だし。そういう面ではThreadWikiのように名前空間で同じキーワードでも別物としてしまうやり方もあっていいと思ったんだけど、私が使い始めた頃は無かったしなー。まあ、最初に澤っていきなり運用状態に持って行ったにしては長いこと使えてるんで、多分、自分の脳内との齟齬が少ないのだとは思う。そう、WikiPageを一個作るって、何か考えがぽこっと湧いたときに似てるんだよな。単独で湧く場合もある(無意識にその裏に何か持ってる場合もあるけど)し、何かに関連付けられてその派生で出てくるものもある。そういう意味で、自分の脳に一番忠実なのは、Wikiのコンテンツかも知れない。ただ、WikiPageを作るには、今のところは入力作業を必要とするのでそこにタイムラグや漏れは出てくるけどね。あと、外に出していいことと悪いこと(まずいこと)のフィルタリングくらいはしてるかな。あと、時系列的な「今こんなのを読んでてこんなことを考えた」的な内容はこっちで、読み終わって纏まった段階でWikiに書き込んでいるという訳で時系列とオブジェクト本位とに分担はしているつもり。検索すりゃターゲットには辿り着くしね。
結構面白そうなので、今後とも時々覗かせていただきます(笑)。
あれ、閉じタグしてなかったっけ? ってこれはtDiaryの書式だから、閉じタグしてないっつーのは考えられないよ。……そうか、RSSの情報のみそういうことになってるってことか。
……と気になってOperaのRSSリーダーで読んでみるとちゃんと閉じられている。だー、Bloglinesのバグかな?
それと、はてなグループのキーワードにTrackBackしたら、文字化けしてしまったらしいorz
お、出ましたね、芥川賞・直木賞予想。確かに、芥川賞はあれ〜という品揃えだけど、読んでないからなんとも言えないなあ。
それより、絲山秋子が芥川賞枠だったはずなのに直木賞にシフトしてますよ! これって、車谷長吉以来の現象かな。
……古川日出男が入っているのは、本当に、本当に嬉しい。でも、そんなにメジャーになっちゃったらなんか寂しいぞ(ただのエゴです)。
発表は14日。後一週間かぁ。何かひとつくらいは読みたいなあ。対談も今から楽しみです。
ブックファースト渋谷店にて。
今月は、どの雑誌にも山田詠美が出てるなあ。「文藝」の特集も彼女。デビュー20周年かぁ。もうそんなに経ったんだ。爆発的に話題になった当時、マスコミはまるで珍獣を見るような感じだったよね。ホント、子供心に驚いてたけど、私も。決して彼女と彼女の作品が好き、とは言えないのだけれど、紛れもないオンリーワンで、いまだにそのポジションは競合相手がいないというのがやっぱすごいや。「文藝」にはトヨザキ社長のインタビューも載ってるけど、ホントにいい人で、惚れてしまったとかで悔しがってましたね。
そういえば、『放送禁止映像大全』が出てたのは知ってたんだけど、2Fのサブカルコーナーにはなかなか並ばなかったので後でまとめて買おうと思ってたんだよ。今日もなかったから、1Fで雑誌と一緒に買った。
HMVで目的の物だけ探しに行くと、そこはバーゲン会場……! ついつい段ボールの中を探し回ってしまいました。私的な目玉はスタートレック・ヴォイジャーDVDボックスの2巻目(2,5000円くらいするものが15,000円!)だったのだが、夫に聞くと「うーん、2巻目だけだとなあ」と渋っていたので止めておいた。その前にスタートレック・TNGのDVDボックスシリーズを買って、懲りたらしい。
雲のように風のように [DVD]」 これを買いに行った。
エイプリルの七面鳥 [DVD](ピーター・ヘッジズ)」 これが40%オフ!
Mr.インクレディブル [DVD](ブラッド・バード/クレイグ・T.ネルソン/ホリー・ハンター/サラ・ヴァウエル/スペンサー・フォックス/エリザベス・ペーニャ/サミュエル・L.ジャクソン/ジェイソン・リー/三浦友和/黒木瞳/綾瀬はるか/海峰拓也/渡辺美佐/後藤哲夫/宮迫博之/ジーン・シンシア/マイケル・ジアッチーノ)」 これは10%オフだから、まあ普通か。amazonの方が割引率がいいよ……
ブエノスアイレスの夜 [DVD](フィト・パエス)」 買うのを忘れてたwはてなグループのあるモヒカン族の方の日記にコメントしたら自分のIDにリンクが生じなかったので再ログインしてみた。そうしたら、私のIDは、http://d.hatena.ne.jp/nijimu/ではなく、http://mohican.g.hatena.ne.jp/nijimu/に変わってしまった。……ってか、これってモヒカン族に入ってしまったことになるのか?? 唖然。モヒカン族のトラップだと思う、多分。
あ、違う。入会手続きがやっぱり必要なのだ。自分のIDをクリックすると
mohicanグループのご利用には、利用申請手続きが必要です。下記ページからお申し込みください。
とある。下記ページって「このグループについて」のことだと思うけど、リンク先を見てみても、いまいち分からんよ。意外にユーザビリティが低い? まあ、どうでもいいけど(って、キーワードになってたっけ??)
昨晩帰ったら夫が何かドラマを見てるんで珍しい、と思ったら「電車男」だった。そうそう、主役の伊藤淳史ってチビノリダーだ! いつも「どっかで見たことがあったよなあ」と考え込んでしまう。あの、目とか口元とか、面影あるよなあ。しかし、あんな小さい子がこんなに大きくなったのを見るとは、年をとったもんだ。
録画してるんであんまり真剣に見てなかったけど、エルメスたんが働いてるの、丸ビルかよ(笑)。しかも、京浜東北線沿いに住んでいたはずがいつの間にか中央線になっとるがな。中央線沿いなら中野ブロードウェイ辺りにデートに行く姿とか無いもんかね?
一応、お約束の突っ込みを入れつつ視聴。「2ちゃんねるはフォントいじりできんだろ」とか、「おいおい、勝手にブラウザがリフレッシュしてるよ。っていうか、この動きってチャットじゃねーの?」とか。2ちゃねらーの我修院達也がほんのちょっとしか出てないのにすごい存在感だ(笑)。後、PCが自作っぽくなかった気がするけど、どーなんだろ?
それにしても電車男、ひどい目に遭いすぎです。あれは夢落ちにならなきゃおかしい!
以前たださんが「マウスパッドは縦置きに限る」と書かれてたけど、わたしはここ最近光学マウスを使ってたのでマウスパッドを使ってなかった。しかし、やっと机の上を整理して(ちょっとだけね)身動きできる場ができると、快適にしたいという気分になってくるもんだ。ちょうどマウスを動かすときに机とマウスがぶつかってできる音がうるさいなあ、と思っていたところなので、PCデポに寄ってみた。
で、手に取ったのがこれ。超小型の縦置きマウスパッドなのだが、「これで十分の広さ」だそうだ(パッケージ写真を見よ)。マウスより二回りくらい大きいだけなのだが、確かにさほどはみ出すことも無い。段々この狭さに慣れてくるし、大体、マウス自体をそんなに大きく動かすことってまず無いんだよね。十分気に入ってます。
本当は、その前まで使っていた「マウスの裏に貼るマウスパッド(だからはみ出すことは無い!)」が良かったのだけれど、店にはもう置いてないようだ。残念。
それにしてもサンワサプライのマウスパッドの商品一覧を見ると、殆どが縦置きだね。今はこれが主流なのかなあ。
画像を追加してみた。しかしヘタレなので子供だましだろうけれど色でカモフラージュしてみた。しかし、あまりカモフラージュになってない罠。
今日は早めに仕事を終えようと思っていたところ、何だか怪しげな動きが。なんと、ディスクアレイのハードディスクが一本逝ってしまったらしい。これはメインで使ってるものとメーカーが違うので保守も別。ちょっと焦った。結局、今日私がとるべき行動は無かったけれど休みのうちにちゃんと再構築終わったか確認しよう。月曜日の覚悟が違ってくる。
渋谷のHMVでカレル・ゼマンのDVDを購入。昨日も出てたかもなー。安売りDVDなども見たいけれど今日も時間がないので我慢。
その後、夕飯がてら、近くの神座(かむくら)に行ってみることにした。やたら「最初は違和感あるかも」とか「二度目はがらりと味が変わるかも」とかあるので逆に敬遠していたのだけれど(機会がなかったということもある)ちょうど雨も降ってきたしこの隙に屋内へ。ここは、外にある食券自販機が混んでいるだけで中は席が空いていることも多い。特にこの時間(20時半)は普通に狙い目。
煮卵ラーメンを頼んだ。浮かんでたのはキャベツじゃなくて白菜なんだ。目の前のメッセージカードには「夏場の白菜は若干苦みがあります」と断り書きがあった。夏場に白菜なんて食べようとしたこと無いから知らなかったよ(笑)。白菜は、芯が残っている程度の硬さ。そこにバラチャーシュー。麺は中太のストレート麺、かな。で、色々構えさせられた割にはあっさりとしていて普通に食べられてしまったので拍子抜け。話によると、これでも大阪よりはしょっぱいそうだ。煮卵もいい具合で、結構おいしかった。自慢してるだけはあるのかな。この手の、アルバイトが多数のところでこれが食べられるならば、十分及第点だと思う。
その後、「青い部屋」へ。
松浦理英子ファン同士として結構長いこと交流があるマツムらさんが告知していたイベントに興味があって迷っていたところ、ご本人からお誘いいただき、背中を押されて行ってみた。
躊躇した理由のひとつには、このイベント自体が中尊寺ゆつこ氏を偲ぶ意味合いがあったからだ。このイベントの主催の康乃さんは彼女の従妹だそうで、そうした経緯があったようだ(詳しいことはタイトルのリンク先へ)。しかし、その点は気にすることはない、というお話をいただいたので「じゃあ、大丈夫かな」と思ったのだった。
買い物してから行ったので、着いたのはちょうど21時頃。19時からやっているから宴もたけなわでしょう。お店にはいると、一段と熱気がこもっている。立ち見が結構いて、入口付近に止まる形になってしまった。残念だったのは、前にいる人たちがほとんど男性で、しかも背が高かったこと。その隙間隙間を縫って舞台を見ていた、という感じ。でも、本当に面白くてびっくりした。最初はひとりで行くのは何だか億劫だなあ、と思っていたのだ。でも好奇心に負けて行ったのが、絶対に来て正解だった。この2時間は、そのまま「疲れたー」なんて家に帰っていたら、恐ろしいほどの損失を被っていたはずだ(いや、損失があることさえも気づかなかったろうけれど)。ちょうど舞台の変わり目で、出てきたのはホモンズのお二人だった。いきなり白いモジオ君。彼らはゲイのユニットだそうで「テクノポップ」の人たちなんだそうだ。確かに流れてくる音楽は、どこか懐かしい雰囲気を漂わせている。最近、ずっとテイ・トウワを聴いているのもあってか、とてものりやすかった。しかし、芸のある人たちだなあ。ゲイの芸は奥が深いね。CDは中野と秋葉原のどこかのお店にあるそうで、ちょっと買ってみたいと思った。
彼らの合間に出てくるのが、江頭2:50とコンビを組んでいたコンタキンテ。恐ろしいほどのお下劣ギャグを目の前で見聞きしてしまったのだけれど、幸いというか何というか、私は背が低く、前にいる人たちは高かったので、ほとんど下半身は見ることが無なかった。何となくやっていることは想像つくのだけれど。この二組のお陰で十分あったまらせて貰ったので、次がいい感じに聴けたのだと思う。
JUMEAUX OBSCENESの登場なのだが、なんと恥ずかしいことに、ここで初めてマツムらさんがこのユニットのひとりだと知った。で、帰ってきてからサイトを見て、彼らがコピーしていたという「SPANKY HAPPY」は菊地成孔のユニットだったと知るのだが、ホントに野暮ですね。歌われたのは、今朝でき上がったというオリジナルの一曲、それと「ジャンニ・ヴェルサーチ暗殺」「sweets」「最後の恋」「普通の恋」かな。なんか、聴いてて幸せになってきたのでした。それは二人の間で踊っているペンギン*1のせいかも知れないが。
多分、自分が過ごしてきた時代とテクノポップとか「SPANK HAPPY」のサウンドとかがしっくり合ってたということなんだろうな。何の抵抗も無く音の中に入ることができたような気がする。とても幸せな2時間だった。背中を押してもらってとてもよかったと思っている。ありがとうございます、マツムらさん。
なんか、勢いついてきた感じ。また、ライヴがあれば都合のいいときにお邪魔したいと思うた。いい週末でした! まだ終わってないけど(笑)。
そうそう。終盤近くに、戸川昌子さんが姿をみせた。そら、ここのオーナー(青い部屋)なんだから当たり前なんだけれど。素敵なお店でございました。戸川さんもお元気そうで何より。ご本を読んでないので何も声をかけられなくてにこにこ会釈しただけだったけれど、勿体無いよねー。
その後は、近くのバーに立ち寄る計画もあったのだけれど、これで満足したのでそのままてくてく渋谷まであるいて帰宅。よく眠れそうだ。
JUMEAUX OBSCENESの片われの康乃さんの日記がはてなにあったんですね。mixiの方で書いたのでこちらに書き忘れてたけど、声に透明感があって、聴いていて心地よかったです。勿論、可愛かったし! 当日は仕切り、お疲れ様でした。
*1 勿論着ぐるみだけれど、よくできていた!
後宮小説 (新潮文庫)(酒見 賢一)」んー、まあまあ面白かった。こちらも感想は後で。
_ マツムら [あ、そうそう、最後の曲は「普通の恋」です。 そしてあのペンギンは相方の自作です。「つくったの」って見せられたときに、..]
_ にじむ [マツムらさんは、八面六臂の活躍で、もう何が何だか分からないですよ(笑)。でも、本当にいい時間でした。年齢層も予想して..]
_ にじむ [あ、訂正しようと思ったらコメントが。済みません、色々変えてますよ……。 ペンギンくんは康乃さんの手によるものなのです..]
_ やすの [ありがとうございました。時々後ろの方に行って、人員整理をしていたつもりだったんですが、行き届かずすみませんでした。楽..]
_ にじむ [やすのさん、わざわざありがとうございます。 入り口辺りに溜まってしまうのは、ああいう場では仕方ないことだよなあ、と思..]
そういえば、ID持ってるから作ってみたんだよ。
http://wiki.livedoor.jp/nijimu_/
今出先なので感想はいずれ。荒らし対策で今のところはID持ってる人のみの書き込み権ありにしてありますので悪しからず。
有明の東京ビッグサイトで明日まで行われている東京国際ブックフェアに行ってきた。過去に何度か来ているのだけれど、その当時はあまり本を知らなかったので今回とは全く気持ちも違っていた、と思う。それにしても、とにかく人が多い。世の中に、こんなに本を読む人たちがいたのかと驚いてしまう。「本が売れない」とか「出版界の危機」とか言ってるのは嘘じゃないの?と勘違いしてしまうくらい。
入ってすぐに河出書房新社があり、どうせだからということで、いずれ買おうと思っていたスタージョンの『不思議のひと触れ』他1冊を購入。その後、文芸書の出版社を中心に回り、みすず書房で2冊、白水社で1冊、中央公論新社で2冊、国書刊行会で4冊購入した。ほとんどが大部のハードカバーなので、重いのなんのって。もう、ここにいたら××の毛までむしり取られそうだと、バーゲンブックコーナーを流した後に14時頃這々の体で一時退散。会場に来ている筈ののむのむさんに電話したらちょうど一回りして国書刊行会のブースに戻ってきたところ、というので、会場外のロイヤル・カフェテリアでビール休憩。考えてみたらひたすら歩き回っていたから、喉が渇いてるんだよね。
その後、帰ろうと思ったのだが夫に技術評論社の雑誌のバックナンバーが会ったら買ってきて、と頼まれていたので覗いてみたら空振り。何となく、隣でやってるデジタルパブリッシングフェアを見物しに移動した。お目当ては、自動ブックスキャナ。
蔵書と検索にお困りのデジタル世界の読書人は多いものと思われる。みんな一度は「あーあ、今浮かんだフレーズがどこの本に載っていたか、パソコンで検索できるといいのに」と嘆息しているはずだ。時は21世紀。みんなの夢を満たすマシンが現れた。
ビールを飲んでいるときにいでさんに概要は教えて貰っていたのだけれど、本当にこれはすごい。ガタイ(写真1)がごついのが気に入らないが、まあ仕方ないことだろう。基本的な動作は次の通り。見開き状態でセットした本(写真3)のページをそれぞれ撮影するのだが、カメラのレンズの前に置いた鏡を左右に回転させる(写真5)ことで、各ページを固定のカメラ(写真4)で撮影することができる。ページめくり(写真2)は掃除機の原理。掃除機をかけているときに床に置いた雑誌が吸着してしまい表紙がひきつれたりした経験がある人もいると思うがあの原理でページを吸着し、ページを止めていたホルダーを一時外すことで次のページをめくる。めくったらまた上下ののどの部分にホルダーを固定。撮影は素早い。見開き1ページ撮影して次のページをめくるのに、5秒くらいかな? 現地で測って無いのだけれど、パンフレットによると1時間に1000ページ(段取り時間などを含む)、とある。撮影した画像はデジカメでjpeg画像になり、接続されたPCに送られる。画像はTIFF、PDFでも出力できるようだ。その後の加工まではここではやってないのだけれど、撮影した画像をOCRに読ませてテキスト化するとかくらいは何とかできそうだ。識字率が問題だが。また、画像で保存なので図版などがあってもカラーでもモノクロでもそのまま保存される。図書館にあるようなマイクロフィルムの代わりになる、という感じだろうか。実際、この機械ができたアメリカでも、大学図書館がユーザであることが多いそうで、これを使って絶版本や稀覯本の内容を公開したりしているらしい。
とにかく、夢見てたものが目の前にあるのが驚きだ。説明員に愚にも付かない質問をしてただひたすら感激していたが、やはりこの大きさとごつさから見れば個人用となるにはまだ道のりは遠いようだ。これを代行してくれるサービスがあるといいのにね。
インターフェースはFirewireとEthernetとなっている。会場では個人利用しか頭になかったので質問し損ねたのだが、ネットワーク経由でファイルサーバに溜め込むことも手間無くできるのだろうか。
その他気になったのは、株式会社アシストで出していた電子黒板「マジスカ・パック」。見た目は、学校の音楽教室なんかにあったような、スライド式の黒板の裏にタッチパネル式の大型液晶画面があるというもの。黒板モードにもホワイトボードモードにもなり、プロジェクターのような形で利用もできる(接続されているPCの画面表示という形だと思う)。書き込んだ物は接続したプリンタDeプリントアウトしたり、接続したPCにファイル保存できたりする。ネットワーク対応はないのか、と聞いたのだが、はっきりとした回答は得られず。理解して貰えなかったかな? 仕事モードで聞くと、どうしてもここが気になる。黒板は要らないから、このホワイトボード部分だけのが出ないかね。他のメーカーで既にありそうだけどなあ。会社の研修室とかにぴったりだなあ、と思ったもので。総務に話をしてみよう。
帰りに某書店に寄ったら、ジャンルのカテゴライズに「ブログ」というものが。「59番目のプロポーズ」はまあ、そう取れなくもないけど(mixi日記だし)、電車男や鬼嫁やその他ネット発のものはここに置かれてたぞ。いつからインターネットはブログと称されるようになったのか。
東京国際ブックフェアにて。『東京を記憶する』以外はすべて20%引き。
あー、ここで読書部の今回のお題を買えば良かったよ……。
帰りがけの書店にて。
雲のように風のように [DVD]」うーん、不満。つまらなかった。何がどう不満かは後で書く。
そういえば、「噂の真相」ってモヒカン族っぽい振る舞いだったのかな。談合なんかで他の雑誌が賭けないネタをすっぱ抜いて喜んでる感じ。泣き落としや脅しも(比較的、ではあるだろうけれど)通じなかった容赦ない面から見ても。
ëƲŹŹ - ΥƥΥɾVer2 [ITmedia 륿ʥƥ֥֡]で知ったのだが、あの大盛堂書店が閉店するそうだ。とは言ってもセンター街入口のTOWERは残るので、完全撤退では無いのだが。確かに、ここのところの渋谷の書店の動きを見ると、難しいのではないかなー、とは思っていた。私自身、全然大盛堂書店には行かなくなっていたし、文庫TOWERはリニューアルすると自分の好みからも外れるので更に足は遠のく。それでも、この書店には一時期お世話になったので、無くなってしまうことには寂しさを覚える。
お金と購入対象と時間が限られていることには、どうしても立ち寄る書店も限定せざるを得ない。どうしても並ぶのが早く自分の好きなジャンルをきめ細かく揃えているところに行ってしまう。最近だとブックファースト渋谷店と旭屋書店渋谷店(こちらもやはり閉店するという話だし)にリブロ渋谷店。日本・海外文学とサブカル系が強いところ、となってしまうんだよなあ、やっぱり。旭屋書店はやはり地の利。時々思いがけない本も見つかるしね。
うーん、難しいもんだなあ。
連ドラの方は途中だけ見たのだけれど、最初から見られなかったしこれは後でまとめて見ようと最後を見るのも諦めた。で、タワレコに寄って偶然見つけたのがこのDVDだったのだが、なんか作品が入ってるらしい、という程度しか分からずに買ってきた。そうか、1話限りのスペシャル版が連ドラの前にあったんだね。知らなかったよー。でもって、ここで初めてどん兵衛の借金の原因や虎児が落語家の弟子になった訳、竜二が破門を受け家を飛び出た訳が分かった。この辺、連ドラでは簡単な説明とかあったのかな?
それにしても岡田准一は屈折した役が似合う*1なあ。あのでかい目が効いてるんだよね。目でモノをいう役者? 背が小さいのも相棒の長瀬智也の存在と対照的でとてもよろしい。なんというか、知が働きそうな役割で、役柄もそんな感じだよね。長瀬智也も、「白線流し」からはずっと見てなくて「真夜中の野次さん喜多さん」の男らしい力強いボケぶりに参ってしまったのだが、その役柄をここでも狙っている、のかな? こういう演出をしたのは誰なのかなー、と気になる。男臭い役が妙に合うんだね、この人。でもって、どちらも役柄に合ってるからなのだろうが、妙に色っぽい。
そしてやっぱり西田敏行は芸達者だなー、と思った。情け無いオヤジと名人芸の落語家の顔。どちらも同じなのに、なぜか違って見える。違っているのに同じに見える。
話の筋は、古典落語を現代の出来事に置き換え、江戸時代と現代を自由自在に往還するのがお約束。落語の枕から入って話が進み、ちゃんとオチがついている。しかも、これがこの後連ドラになると、ちゃんと連続ドラマになってるんだからすごいよなー。脚本の宮藤官九郎の腕って、こういう仕掛けがたくさんあって雑多な方が生きるような気がする。「アイデン&ティティ」もあの青臭さは悪くなかったのだが、彼のうまみが生かしきれないんだよな、シリアスになると多分。なんだか、遊園地で遊んでいる気分になるのだ。舞台を落語の世界とヤクザの世界というところに持ってきたところもまたテーマパークっぽいイメージになるのかね。
でもって、伊藤美咲が思いの他効いている。この人の演技がうまいのか下手なのかはよく分からないのだが、魔性っぷりというかイノセントっぷりというか策士っぷりというか、色んなものを感じさせて素晴らしい。やっぱりきれいどころをアクセントとして持ってくるにはあのくらいのインパクトが無いとダメなんだろうなあ、と思った。基本的にこのドラマも男子校系の乗りだもんね。そういう意味では蒼井優の地味さと気の強さ、頑なさは男子校のスポーツ部のマネージャーの乗りだなあ。溶け込んでるっていうの?
とにかく、恐ろしくキャラ立ちしていて、その上で虎児の傷ついた心の再生と竜二の何かが変わるようなきっかけがこの中で描かれているのは素晴らしいと思った。役者、演出、脚本、全てがかっこいい。こりゃ、やっぱり連ドラもDVDボックス買うかね。
あ、あれだな。虎児はロボットなんだな。人間の心が欲しいのに自分は機械でできているから持てない。で、竜二が「オズの魔法使い」のドロシーみたいな感じかな。
*1 DVDのおまけ映像でもクドカンが同じようなことを言ってたなあ
バガージマヌパナス―わが島のはなし (文春文庫)(池上 永一)』うわ、驚いた。酒見賢一に較べるとこっちの方がずっと文章がうまいように思えるし読んでて楽しい。この人の文章描写は、映像っぽいね。はじめの1ページ読んでみると分かると思うのだけれど、遠景の状態から段階を追って視点が近くなっていて、その勢いがとても面白いのだ。その分文章が冗長に思えてしまうところも無いでもないが、話も細かい描写も面白いからついそちらに引きずられてしまう。この話、漫画では以前に読んでいたのだけれど、小説にはまた違った面白さがあるね。でもって、この人の小説を漫画化したいと思うわけも分かった気がする。難しいだろうけれどね。
でもって、登場人物のキャラクターが何しろすさまじい。怠け者で霊感が強いヒロイン綾と、オレンジ色に染めたぼさぼさ頭のへんてこりんなオバァのオージャーガンマー、そして吝嗇家だが腕のいいユタのカニメガ。とても日本とは思えない場所での話。確かに、この神様とか霊とか超常現象とかと日常生活が渾然一体となっている様子は南米のマジックリアリズムっぽい雰囲気がぷんぷんするね。
それにしても、別のものを読もうとしていたのにこちらを手に取ってしまったのは、何か妙なものが働いているに違いない。とにかく、夏はラノベと池上永一ですよ! ええ。
ブックファースト渋谷店にて。
旭屋書店渋谷店にて。ここ数年、ブックファーストでは文庫を前日に出さなくなったので最近はこっちが早くなってしまったのだ。まとめて今日買いたかったから本屋のはしご。
浅暮さんの短編集は、今まで異形アンソロジーなどに掲載されていたものをまとめたものと書き下ろしらしい。解説はトヨザキ社長。帯には「絶頂期の筒井康隆を彷彿させるアイディア」とでかい字で書いてありますよ! いや、それよりでかいのは、本のタイトルの「ぬ」だけどね(笑)。
バガージマヌパナス―わが島のはなし (文春文庫)(池上 永一)』型破りな人間ばかり出てきて面白いなあ。勿論地元でも浮いている人たちなのだけれど、その内のひとりが主人公だから、あまり奇異さが気にならない。風貌の変さも相当だが、オージャーガンマーが「1本だと足りない」とスリムなメンソール煙草を2本吸っている図を思い浮かべただけで……。何しろ、ヴィトンのバッグ(うーん、バケツ型?)に一切合財(そこには生魚も!)詰め込んでいる彼女の頭はオレンジ色に爆発している様子は、とてもじゃないけど想像できないだろう。というか、想像するとホントに出てきそうで恐い。多分彼女が一番のインパクトだけれど、外見だけは美しいのにその内面ときたらとんでもない怠け者という綾乃もなかなかだ。しかも霊感が強いせいか、不思議な現象が起こってしまったりするのだけれど、この辺りがマジックリアリズムっぽいんだよな。でもって、そういう現象にびっくりしても別に驚くことでは無いんだよね。まあ、結果大波が何度も崖の上に押し寄せて二人を飲み込まんとするところなんかは生命の危険を感じてすごい勢いで逃げ出すわけだが。
で、そんな彼女はなかなかの霊感を持っていて、最近夢枕に神様が立ち、ユタになれと説得する。何もしたく無い綾乃は60年以上前に同じように神様から託宣を受けながらも逃げ切ったオージャーガンマーを手本にしようとしたり、とにかくどうにか逃げ出せないものかと思案中。この辺りが綾乃にとっての人生の試練となるのだろうな。今後もまた何もせずのんびりとガジュマルの樹の下で面白おかしく過ごすかどうか。こんな時期は永遠には無い、と綾乃は分かっていて、でもその先を直視したくない、というところなのだろう。
せかせかとせせこましい日本(ヤマト)に住んでいる自分たちが、ちょっと恥ずかしくなってしまうほどこの小さな島は居心地がいい。オージャーガンマーの言葉
マチグァー(市場)で買えないものはない。欲しいものは必ず手に入る。そこで手に入らないものは、生活に必要のない贅沢品だ。
という言葉は真実で、ぐうの音も出ない。ここではこのような行過ぎた文明批判がところどころに出てくるのだが、それらは説教臭くは無いのでうるさくは無い。ただ「ああー、ホントですねー」と少し反省するくらいだ。
まあ、それでも許される主張ではあるのだ。そこにはそこなりの暮らし方があって、綾乃たちの暮らしもまた、そのひとつだということなんだと思う。
この話は、綾乃の自分探し物語なんだろうね。勿論綾乃自身はそんなことちっとも望んではいないのだけれど、そこはかとなく将来に不安を持ちつつある彼女が、地に足をしっかりつけて生きていく話、というか。
ところでこの小説の舞台だが、多分石垣島なんだろうね。文中にこんな景色が出てくる。
ここから見えるところすべて、竹富島、小浜島、西表島、黒島、新城島は行ってもいい。見えるから近い。(p.138)
オージャーガンマーはそれよりは遠いところにある宮古島(竹富島らとは逆側)にも行ったことがなく、自分の想像ではそこはフランスで、スパゲッティを食べているらしい(笑)。心理的に遠いものならば、宮古島もフランスも、オージャーガンマーには変わらないのだろう。
そういえば、この中には呆気にとられるようなエピソードがたくさん出てくるのだが、その中でも凄まじかったのが、オージャーガンマーの家の掃除。旧盆の準備をする段でなのだが、オージャーガンマーはグラウンド整備につかうトンボを持って「うりゃぁ」と声を出し
トンボを床にあて、間口の広い縁側からゴミを押し出す。ゴミがどさっと丹羽に流れ落ちる。ほとんどが腐った食べ物だから、それを目当てに庭に生息していたたくさんの猫たちがピョンピョン飛びでて漁る。
とまあ、なんと豪快なことか(笑)。
DVDはずっとHMV渋谷店で予約していたのだけれど、ここ数ヶ月、めっきり予約関係のコンテンツが手薄となっているのに疲れてしまった。amazonではとっくにリリース予告が出てるのに、何ヶ月経っても予約票が出てこない。これは、採算取れないとかの理由で積極的には展開しなくなったということなのかなー。以前は、予約票がなくてもこれから出る一覧みたいな用紙があってそれでめぼしをつけられたのだけれど、それもなくなった。わざわざ紙に書いてカウンターで調べてもらい予約処理することもできるのだけれど、それも面倒くさい。考えてみれば、個人情報保護法の施行と多少なりとも関係あったのかなー、なんても思えてくる。名前と電話番号は最低限情報として入手する訳で、その取り扱いとか色々面倒なのかもね。だったら、会員カードとかを作ってその中に情報は入ってる、とかにすれば良かったのに。
オンラインショップの方もリアル店舗のポイントと共通では無いようで、だったらアフィリエイトでポイントが余っているamazonでいいんじゃないか、と思うようになってきて。一度メール便のトラブルがあったので心配は心配なのだけれど、リアル店舗で買うメリットが「発売日当日(もしくは前日辺り)に手に入る、ということだとすれば、別に買ってすぐに観る時間もそうそう無いのだから、多少遅れても構わないんじゃないかと思うようになったのだった。
こうやって一極集中していくのは避けたいところなのになあ。世の中の流れがそうさせるのですよ。
駅の出店にて。
ブックファースト渋谷店にて。
吉屋信子の文庫解説は、トヨザキ社長だったのか! 今年の5月に限定で復刊されたようです。bk1ではデータさえも無かったから、扱ってないんじゃないかな。
それと「本の雑誌」の目次を見てたらびっくり。トヨザキ社長のコーナーができている。復活? 先月もあったっけ? でもってお題はユヤたんの『子供たち怒る怒る怒る』の話が。感想は、ほぼわたしも同じ(最初の1編しか読んでないけど)。でもって、「まあ、こういう世界も今の若い人にはあるんだねー」とは思ったけどトヨザキさんは一歩先を行って反省してますよ! すごい。
それと、7月17日(日)に、柴田元幸氏のトークショーがあるそうです。わたしはabcのイベントに行きそびれてしまったのでとても嬉しいのだけれど、まだチケット余ってるみたいです。先着40名様。また、レッシグ博士とやまがたさんがやったような形で開催するらしいねー。
バガージマヌパナス―わが島のはなし (文春文庫)(池上 永一)』いやー、これは登場人物こそ型破りだけれど、話の内容自体はいわゆる正統派ファンタジーだよな。生まれながらにして特異な能力を持った娘が、紆余曲折ありつつも立派な異能者へと成長する。それを補助する役割の魔女もいるし(オージャーガンマー?)、ライバルの異能者(カニメガ)も存在するから、図式としては完璧。
あれほどユタになりたくないと抵抗し続けた綾乃も、度重なる神罰(水牛に轢かれるとは……)と神様に見せてもらった「拝みが必要な理由」により、自分の使命を自覚することになる。神様の力で死後の世界に行き、拝みが少なかった死者が一体どうなるのか、そして、彼女の死んだおばあちゃんはどうしているのかをその目で見ることになる。その光景は儚くまた美しく、読んでいるこちらも綾乃とともに少々感動していた。
こんな怠惰な娘がどうやってユタになる決心をするのだろうと不思議に思っていたのだが、なるほど、これなら納得がいく。綾乃は元々、信心が無いわけでは無いしね。
で、早速オージャーガンマーを従えユタ修行であちこちの御獄(ウタキ)に挨拶に行くのだけれど、おお、最大の敵カニメガとの対決の図が、目の前にありありと浮かんでくるぞよ。その前に相手は誰と知らずとも、この二人+オージャーガンマーのロケット花火対決(すれ違い方が最高にアホっぽい!)が前哨戦であり、ここが本戦という訳かね。残り50ページといったところでクライマックスへと雪崩れ込むのだろうか。ここで中断せざるを得なかったのが非常に残念だが、後の楽しみに取っておこう。
来ましたねー。まだ途中までしか読んでないけど、先が楽しみ。ところで、結局候補作を何も読めて無いよ。今日も飲み会だし、こりゃ無理かもなー。
……いや、握手はしてないけど。五反田で飲みましょうということになり、ミニマムメンバーは私と二人ということでさらっと募集。しかしいつもの話だが、土壇場になっても人が増えていき、結局8人という大人数に。五反田に詳しい増井さんにお店を紹介していただき、日本酒と肴(&魚)がおいしいお店で飲むことになった。
会ったことが無い人が多数いたので全員自己紹介をしたのだけれど、いや、ホントに錚錚たるメンバーで、私がここにいていいんだろうか、と心配になってしまった。これも塚本さんの間口の広さと奥深さ故なのだろうなあ、と思った次第。
最初に全員で十四代本丸で乾杯(おかしいだろ、それ)。その後は銘々に酒とつまみを注文し、近くに座った人たちとシェアしたり。比較的安い純米酒などを中心に飲んだのだけれど、どれも満足のいくおいしさだった。ロックグラスっぽい薄手のガラスのグラスに注がれるのだが、かなりたっぷり。最初に値段付けを見たときは「若干高いけど、都心にしては良心的な値付けだな」と思ったのだが、それ以上のものではなかったかと。おかげさまで三杯とも日本酒で楽しんだのだが、他のものを飲まなかったせいか、翌日に酒が残ることも無く、快適だった。
つまみの方もそれぞれちゃんと作ってある。それにしてもお酒もだがつまみの種類も多く、見ていて贅沢だなあ、と嬉しくなった。
中でも驚いたのが、シマントドットコムの方。なんと実際に、Iターンみたいな形で四万十川近辺で農業をやられていたそう。その当時の話にみんなびっくり。近くの席にいたdotimpactさんが女子美短大で教えられた内容や、実際にそれを動かしているムービーを拝見。というか、ムービー見たPCがタブレットPCですよ! 使っている人、初めて見た。でかい。増井さんがLet's Note R3を出してきたときは「増井さんが持つと、なんだか小さく見えますね! Librettoくらい?」とか超失礼なことを言っていたら、周囲は「いや、Linux Zaurusくらい」とか、拍車かけてるし。そうそう、京ぽん率とLinux Zaurus率が妙に高い集まりでもあったような。京ぽんを使い始めた当時に散々お世話になったmemn0ckさんの名前の由来を聞いてなるほど!と膝を売ったり、あれこれ、あれこれ。
結局、閉店間際まで居座ってしまいました。参加された皆様、お疲れ様でした。ちょっと、皆さんのサイトにリンクしなかったのには理由があるのだけれど、ひとつにリンクしないなら全部そうした方がいいなあ、ということで、塚本さん以外は外してしまいました。また、近いうちに機会があると思うので、今回は予定が合わなかった人も是非!
バガージマヌパナス―わが島のはなし (文春文庫)(池上 永一)』そういう訳で今朝の電車の中で読了。もう、最期の方は泣けてきて泣けてきて、困ってしまった。
最初の勢いに較べると、どうしても綾乃がユタになることを決意してからの話はインパクトには欠けるのだけれど、大体が自堕落な生活を止めたってことなんだから、仕方ないよなあ。最期の方ではラスボスのカニメガと対決することになるかと期待していたのだけれど、カニメガも人の子なんだね。案外しおらしいところがあったりして、見直してしまった。綾乃という商売敵が出てくれば競争の原理で法外な値段を吹っかけることは少なくなっていくのではないか。
フリムンでフラーな女の子綾乃が、86歳の親友オージャーガンマーの助けを得ながらユタとしての一歩を歩き始める物語、といえるだろう。それにしても綾乃の「おめかし」って、何で派手な色の「タイツ」を穿くのだろう? 常夏の島でそんなの穿いてるのは不自然では無いだろうか?
オージャーガンマーの無神経さと頑丈さとが反転してかわいらしさになるところがいいなあ。まあ、ヴィトンのバッグに常時生魚を数尾入れてるのはどうかと思うけれど。
フエンテス短篇集 アウラ・純な魂 他四篇 (岩波文庫)(カルロス フエンテス/木村 栄一)』という訳で、ホントのラノベを読み中。「チャック・モール」は今回の読書部活動のお題『遠い女―ラテンアメリカ短篇集―』にも掲載されているもので、これはまた作風が違うけれど、読みやすくて面白い話だなー、と思う。まだ途中までなんだけれど、叙述トリック? いや、というか、叙述と現実の差異と同質性の面白さかな。
所用で昼間有楽町に行ったところ、丁度国際フォーラムの中庭に、椅子とテーブルを広げていた。最近は、テイクアウト以外の客も増やそうとしているといことなのだろう。因みにこの屋台村は移動車店舗型で昼の間だけ営業しているもの。アジアンフードとインドカレーがどこにしても主な商品かな。フォーを出しているところもあった。今日は涼しいのでお昼はここで食べようと思っていたのだが、ついついHomework'sがやっているPantry京橋店に行ってしまった。久しぶりの贅沢なハンバーガー。実はHomeworksはケータリングしたものしか食べたことが無いのだけれど、あったかいのはやはりおいしいねえ。
その後、Pantryは隣のOLさんがちょっと賑やかだしで早々に退散して、JR有楽町駅改札脇にある喫茶店Paper Moonに退避。ここは壁に沿ったテーブル席がちょっと面白い。しかも、奥まったところにはひみつの隠れ家(?)が。まあ、ちょっと足を休めるには案外静かだしいい場所でした。今まで何度も前は通っていたのだけれど、入ったのは初めて。
֤ɽやzabon(2005-07-11)で書かれているエキサイトブックスニュース話。ニュースだからフローと言えばフローなのだろうけれど、ストックとしても利用を想定しているものと思われるからには事実誤認があれば訂正するのが普通だと思うのだけれど、機能、またはニュースを立てる際のルールとして、一度書いた内容を修正できないようになっているのか?
個人のサイト内の記述で事実誤認があってもスルーできることもあるが、仮にもひとつのポータルサイトでニュースを名乗っているのであれば、できる限り事実に即した内容にする必要があるのではないか。まあ、外野からあれこれ言っても詮無いことだが。
このニュース投稿者って一応選ばれた人たちで、ある意味、livedoorニュースのパブリックジャーナリストと同じような立場*1だよね?
いや、単に疑問があったんで書いてみたんだけど。
*1 パブリックジャーナリストは立候補制で、それになるには講習や試験を受けたりする必要があるけど、まあその過程を「選ばれた」ものと同等だとすれば、だが
フエンテス短篇集 アウラ・純な魂 他四篇 (岩波文庫)(カルロス フエンテス/木村 栄一)』あ、なんかこの人のは、今まで読んだラテンアメリカ文学とはちょっと毛色が違う感じ。「チャック・モール」はちょっと安部公房を思い出した。「生命線」は、小説のエッセンスという感じ? 歴史的事実が無いと、ちょっと理解しにくい感じ。何となくは分かるのだけれど。
via ecjapan.jp
まだ情報は(当然ながら)少ないけど、いい具合に育っていくといいね。お得情報とか、ガイドブックでは細かかったりコア過ぎたり情報が新しすぎて載っていないものとか。
livedoor Wikiといい、こちらといい、今年はWikiの当たり年? 今までこの辺の情報に届いてなかった層にも使ってもらって便利さを知ってもらえれば嬉しいかも知れない。
ところでここの著作権はどうなるんだろうとhttp://travelblog.jp/agreement.phpを見てみた。
利用者が本サービスに投稿または登録もしくは本サービス上で著作したもの(文章(コメント、トラックバック、掲示板またはチャッとの発言文を含む)・図版・写真等)(以下「ユーザー著作物」)に関する著作権は、当該利用者に帰属します。
とあるけど、どうやって「利用者」を特定するのかは気になる。編集ページも見てみたが、特に署名欄などは無いし(というか、署名自体に意味が無いかもしれないけど)。
また、このコンテンツを利用する際のとり決めとしては
2)利用者は、運営者に対し、ユーザー著作物の複製、翻案、翻訳(出版、電子出版、翻訳出版、データベース化その他の商品化等を含みます。以下同じ)、自動公衆送信その他公衆送信(インターネット、パソコン通信、その他現存する及び将来開発される送信媒体による公共通信を含みます。以下同じ)、頒布、そのたユーザー著作物に関する一切の利用(オンライン、オフラインを問いません)を非独占的に無期限に許諾し、かつ運営者および運営者の指定する第三者に対し、著作者人格権を行使しないものとします。
とあるが、この辺を納得して使う分にはいいかも。いや、登録されたコンテンツを今後どのように生かしていくのか知りたかったし、この手のものってうまく育てば出版したりすることが多いしね。まあ、Wikiだから情報が分散したりクオリティの差がキーワードによって激しすぎるかも知れないけど、ネタ元にはできるよな。
ちょっと気になるのが利用者が当該コンテンツを商用(時には商用では無い場合も)利用しようとする場合。こういう点は規約に無くても問題にならないのかな?
ところで、似たようなサービス(旅行ウェブログ)をやってるところにとても似たドメインのところがあるのですな。→トラベローグ
実家にいる妹からメイルがあった。風呂釜が壊れてしまい、新しくしたそうだが、自動お湯張り機能もついてて快適らしい。そういえば、家を建て替えたときのには付いてなかったね。
そういえば前に新しくなったとき、お風呂のかきまわし棒も新しくしようと買ったのよ。いらないということがわからなかったの。でも、下が冷たいお風呂も足でかき回しながらはいるのもけっこう好きだったの。懐かしいねー。
そうだった。うちは長いこと半分壊れた風呂釜を以前も使っていて、着火装置が壊れていたからマッチで火を点けてたんだよな。中学生だったか高校生になってからだったか忘れたけど、友達を家に泊めたくて駄々をこねまくったが親には承知してもらえなかったことがあった。渋々その計画は諦めて親に言われて夜、風呂釜の火を点けたのだが、そのときにボッと軽い破裂音がして、気付いたら指の産毛が全部燃えてなくなっていた。
「ほらね、今日××ちゃんを呼んでいたら、大変なことになってたかも知れないよ。事故が起こってからでは取り返しが付かないからね」
と親に言われ、とても悔しかったのを覚えている。別に今日、この事故が起きなくてもいいだろう、と思ったのだろうが、親の論理にも無理があるよな。まあ、その年頃の子を他人の家で一晩預かるというのは、それだけ責任があるということなのだと思うし、うちの親ならそう考えてもおかしくは無いと思う。
……と、当時の親の年に近づいて、少し追想するのだった。
温かくなったお湯は表面の方に上昇し、下に冷たい水が沈む。ちょっと手で確かめただけでは分からなくて、お湯全体をかき混ぜる必要があった時代がちょっと前にはあったのだ。そのための棒だなんて、ここ数年全然見ていない。そのうち、温泉場くらいでしか見なくなってしまうのかも知れない。そうそう、足を突っ込んでみたら下の方がまるで水で、仕方なく全体をかき混ぜて身体を水の中で固定しつつぶるぶる震えてお湯が温まるのを待ったこともあったっけ。別に出て待ってればいいのにね。そういうのも好きだったのかも。
ブックファースト渋谷店にて。
『さよならアメリカ』は、֥å¤ꡪǡ133ޡľھͲʸؾޥå¤ꡪExcite ֥åʸءɾܤΥ˥塼を参考にしたっす。箱男っぽいのかー。『カネが邪魔でしょうがない』とは一度は行ってみたい台詞だねえ。そのカネで買った本は、邪魔なほどあるのだけれど、当時の成金のように燃やす気にはならないなあ。久米宏夫妻の本は、文庫化のタイミングを明らかに見誤ってるよね。まあ、あんなに早く引っ込むと思わなかったんだろうけれど。単行本の時に見送って正解だったけどね。文庫の購入者層は、わたしのようなネタの人が一定数いるに違いない。
֥å¤ꡪǡ133ޡľھͲafter ROUNDȯɽʹơ ˥塼êExcite ȡ ֥åʸءɾܤΥ˥塼のトヨザキさんの台詞を読んで、また何かやってるんだなーと思って見てみたところ、3ページもののNIKITA記事が(笑)。まあ、この雑誌の場合は編集長が狙ってやってるというのは知ってるのだけれど、それでも脂ぎってるよねー、とは思っていたけど、みんなそう思うよな(笑)。ちょうど今日、会社に溜めに溜めておいた「AERA」の記事のスクラップ分*1を取っておいて捨てたので過去の記事をちらりと見たところだったので、余計に(笑)。
*1 こちらの話は後日にでも
この店、ずっとうどん屋だと思ってた。店のロゴがそんな感じなんだよな。多分、三宿の夢吟坊と混同してたということもあるのだろうけれど。最近、あちこちの雑誌やテレビに出まくっている甲州出身のラーメンだそうだ。
店がある二子玉川の食モール柳小路は、多分玉川高島屋リニューアルに合わせた再開発だったのだろうけれど、今まであまり入らなかった道に人が多くなって何だかな、ではある。突然和風の建物が出てくるのでぎょっとする。で、この店にはいるとすぐに食券売り場。メニューも店の売りも分からない状態で食券って結構辛いよなー。店の前には一応お勧めメニューがあるけど、最初に来ていきなり変わり種を選ぶってのはあまりしないことなので、今回は「当店自慢メニュー(というのは外すことも多いのだが)」という創作ラーメン「雅」*1の醤油を。頼んでから出てくるまでちょっと時間がかかったので店内を見回したのだが、あれだね。妙な、写真入りポエムがラミネート加工して飾ってあるのはかなりヤバい。それも、どうやら写真は自前という訳ではないみたいだし。ポエムというかとりとめもない散文というか、申し訳ないけどこんなもの見させられたら食いもんがまずくなる。自分の店ならどう演出しても良かろう、という話もあるだろうが、だとしたら客もどう考えようが自由だよな。
出てきたラーメンは、鰹節がふんだんにかかっていて、ほんとにうどんかと思った(笑)。だしは和風。鶏ガラと野菜とかそんなんらしい。麺は、何だか知らないけど清里のジャージー乳を練り込んであるらしい。
んーと、まあ、そこそこおいしかったかも、とは思うのだけれど、正直ラーメンでそんなに「うまい!」とか感動したことが無いんだよなあ。ポーションが大きすぎなかったことはありがたかったけど、店内の空調が効いてなかったのが辛かった。他のお客さんも暑いと言ってたけど、あれは冷たいラーメンを食べさせるため? でも、大体は足繁く通う訳ではないから、スタンダードなメニューを頼みたいと思うもんじゃないかね。
それにしてもこのウェブサイトのデザイン。10年くらい前にこんなの流行ったよねー、というか……。マーキーにフレームに立体文字にetc, etc...。ポエマーっぷりはこのサイトでも伺えますな。メニューは結構違ってるみたいです。
*1 玉川店のオリジナルメニューらしい
ついでに、久しぶりにウェーブを落とした。毛先にちょっと残ってるけど、まあいいや。時々無性に髪型を変えたくなって、今回はそのタイミングに合ってたらしい。毛先の処理が大変そうだけれど。
なんだかバーゲンをやってたので、普段はそんなものに足を向けないわたしもちょっとだけ立ち寄ってみた。場所はマロニエコートのエノテカワインショップ。2本で2,200円で売ってる企画があるらしい。ちょっと前にも駅の改札のところでやってたのと同じかな。チョイスされている商品も、多分ほぼ同じ。ただ、こう暑いと赤ワインはいまいち食指が動かず、白ワインを2本、お店の人によれば性格が違うものを選んでみた。
サイトで検索して調べてみると、このページにあるのMONTES SAUVIGNON BLANCとNORTON CHARDONNAY 、ロゼがLE ROSE DE GISCOURSか。
他にも3本セットや5本セットなどがあり、ちょっと気になったけど今日は我慢。冬のバーゲンの時にでも。
お店の人は薦め上手で、レジ近くにあったロゼワインまでついつい買わされてしまった。「日本人はあまりロゼを好まないんですけど、これはおいしいですよー」とか。白ワインでも「おいしいですよー」と言ってたのでそれは「どういう味なんですか?」と問い質してみたけど。ポイント制の会員カードもついつい作ってしまった。あんまり真面目にワインを飲まないので、今までエノテカでこんなに買ったこと無かったよ。
その後、フーケでラ・フランスのアイスティを飲んで一休みし、靴のバーゲンを見て帰宅。靴は、ついつい買い込んでしまった。今年は買ってなくて手持ちの物はへたっているから、まあいいか。散財。
番組表を見てたらこんなものがあったので録画しておいた。内容は、あまりにも現代に知られていない直木賞の名前の元となった直木三十五にスポットを当て、ついでに70周年を迎えた直木賞の歴代受賞者に逐次インタビューしようというもの。インタビュー自体は何かお題があってそれへの解答ということでさほど新鮮味は無かったのだけれど、車谷長吉だけが異質だったのが印象に残った(笑)。ゲストは直木賞受賞者のねじめ正一と石田衣良。ねじめさんは考えてみたら受賞したのがデビュー第一作だったんだね。作家としての覚悟もそれほど無い頃だったそうで、あっさり受賞してしまって焦ったのだとか。石田衣良も候補になった回数が浅いうちの受賞だし。もっと「苦節何十年」って人は呼べなかったのか。というか、テレビ的じゃないんだな、そういう人は。
直木三十五の一生を再現VTRでなぞるというのは、まあ、そこそこうまくできていたのかも。わたしもさらっとは知っていたけど、あそこまで破天荒な人だとは知らなんだ。それにしても、当時の文士というのは魅力的な人が本当に多いのだけれど、彼氏や夫にはしたくないタイプですな。そういえば、文藝春秋で各文士の私生活面も含めた歯に衣着せぬ(?)評価をやってたのはこの人だったのか。確かに彼にしかできないかも。
司会の安住アナは、ちょっと適任とは思えなかった。多分「エピソード」と言いたかったんじゃないかと思えるところを「レトリック」とか言っちゃってるし。島崎和歌子もちょっと出過ぎだよなあ。「意外に本を読んでるんですよ」と言ってたけど、何でも自分は知っているというアピールをしなくても、と思ったよ。ハスキーな声がちょっと聞き苦しい。そういえば最近若い女の子でハスキーな声の子が増えた気がするけど、あれってタバコで喉が荒れてるだけ?
まあ、永久保存版ではないけど、何となくデータを削除しないで残している位の気持ち。そのうち消すだろうけど。
ABCのは既に満席で行けなかったので、こっちでもやってくれて助かった。内容は、アメリカ古典作家(つーても19世紀半ばだけど)の話なんかを色々。各人には東京大学出版会の「UP」が渡ったので、そこに書いたエッセイからも少々。「今の小説はジェンダーや人種や階級のことも考えないと読んだことにはならないけど、19世紀の作品は、もっと普遍的に人間を語れてたような気がする」というのは興味深かった。勿論「それは自分の周囲の中産階級のことしか書かれていない、ということもあるだろうけれど」とフォローしてたけど。対象を限定することによって普遍性を出すことになる、というのは、何となく分かる。
そして、会場からの質問で「これからは古典と現代小説の橋渡しのようなことをやっていきたい」の意味を聞いた人がいるのだけれど、半分やっぱりだったのが、昨今のお寒い出版状況。確かに現代海外小説はある程度の固定客がついているのだが、古典になってしまうと出したくても出せなかったり、既に出ていても訳が古くて読みにくかったりで、門戸がとても狭い。それを自分の些細な権力で、どうにかしていきたい、と。
もうひとつは、まだ発表されてない翻訳作品の催促(笑)。ものは、佐藤良明氏との共訳になるピンチョンの『メイソン&ディクソン』。突っ込まれて柴田氏も慌ててたけど、嬉しそうだったな。しかしほんとに進んでないらしく、今700ページ中の200ページくらいらしい。毎日1枚ずつ何とか進めていこうとはしていて、担当編集者にはピンチョンの出版エージェント(奥さんらしい!)に会うたびに「今、頑張ってるからもう少し待って!」と言ってるそうだ。どうやら、翻訳権がもうすぐ切れてしまい、大変なことになるそうなのだが、第一稿ができるのが1〜1年半後、その後ピンチョンと質問なんかでメイルのやりとりなんかをして2〜3年(第一稿から、ではないと思うが)かかるという話。あー、翻訳って、ほんと大変なんだなあ。いや、相手がピンチョンだからかも知れないけど。
ナサニエル・ホーソンズの日記に書かれていた小説のアイディアが大層面白いそうで、いくつか朗読して貰った。
それと、年末くらいだったか、日本アメリカ文学会東京支部会(慶應大で開かれているらしい)で、ちょっとした企画をやるんだとか。学会員じゃなくても参加できるそう(告知はまだ出ていない)だ。アメリカ文学四回戦みたいので、古典と現代文学の対戦(ディベート?)みたいなことをやるんだとか。例として挙がったのが「ハックルベリー・フィン」×「キャッチャー・イン・ザ・ライ」、「シスター・キャリー」×「アメリカン・サイコ」。面白そうなので、これは見に行きたい。平日かなー。
最後にサイン会がいきなり開かれたんだけど、これは告知してないのはちょっと持ってきてない人には可哀想だった。わたしは話の中で参照することもあるかも(まあ、彼のトークの場合はあまりそういうことは無いんだけど)、と期待して持って行ってたんだけど、ほとんどの人は帰っちゃったもんなあ。
因みに、柴田氏は1時間ちょっと立ちっぱなし。会場が狭いのでギャラリーが近すぎるということでだったんだけど、まあ、教師やってるから慣れてるんだろうなあ。バカボンのTシャツによれよれの膝下パンツという、相変わらず非常にラフな格好でした(笑)。
夫のワイシャツにアイロン掛けながらワイン。テレビではさんまの殿様番組。こういうなあなあのはあんまり好きじゃないけど、三宅組のADが男泣きしてたのはちょっと良かったので、それなりに満足。というか、三宅恵介がまだ現役なのに驚いた。中学生の頃に「俺たちひょうきん族」とかで名前を見たはずなので。
ワインは、辛味が勝っててちょっと面白みに欠ける気がした。それなりにうまいけど。つまみによっては良い引き立て役になりそうな気はする。
ということで、丑の日を待ちきれずに夜は鰻屋へ。しかし! 考えることは皆同じようで、外に3組くらい既に待っている人たちが。暫く待って何とかテーブル席にありついたけど、座った矢先に「すみません、隣のテーブルで相席していただけませんか」と。最初に言って欲しかったよなー。夏は客が多いからか普段は奥さんひとりでやってる客席の仕切りを、アルバイトの女性二人がやっていた。
卵焼き(ここのはだしがたっぷり含まれててワイルドで大変よろしいのですよ)と鰻のにこごりとうな重の大串と中串をひとつずつ。夏に鰻のにこごりは特にんまいねえ。それと、やっぱり耐え切れずに二人で飲むってことで生ビールを注文。卵焼きが出てくるのが遅かったので、もしや鰻と一緒に出てくるのでは!?と危ぶんだけど、鰻は出てくるのがもっと遅かった(笑)。
最初にここの鰻を食べたときは生臭さがあったのだけれど、ここ数年は安定していると思う。少々辛めのたれにも慣れてきて、他のところで食べると違和感ありまくりかも。
それと、今回初めてランクの違ううな重を注文したんだけど、重箱からして違うのな! 私のはただの木目だけど、大串の夫は松の木の絵があったよ。ということは、あの金色ラメラメ状態のお重は、特串の人たち?? 夫なんぞ大串でも辛そうだったのに、みんなどうしてあんなにたくさん食べられるんだ? そういえば、以前に来たときはまだ十代であろう若造が二段うな重(ご飯とご飯の間にも鰻が!)を頼んでいてのけぞったことだったよ。量も量だけれど、確か3,700円くらいするんだよ、二段うな重って。
文芸漫談 笑うブンガク入門(奥泉 光/いとう せいこう/渡部 直己)
5分遅れくらいで何とか辿り着き、聴いてきましたよ、文芸漫談(番外編?)。最後には奥泉氏のフルートも飛び出し(今日は蝶ネクタイだったのでそっちモードだとは思ったのだが)、なんかウキウキしてる(笑)。
内容は、ちょろちょろっとメモは取ったので明日にでも。近況報告でほとんどを使い果たし、本の話はちょろっとだったよ。マンドリンまで売ってる埼玉の三一書房(というの?)。書店営業をやったときのエピソード等々。
お二人のサインが貰えるというので、『文芸漫談』をまた買ってしまった……。その場で買わなくてもサイン貰ってる人がいたみたいだけど、やっぱりブツを持ってくれば良かった。よろしければサイン無しの方、安価でどなたかにお譲りします。声を掛けて下さい。
→イベント/奥泉光&いとうせいこう「笑うブンガク入門」(2005年7月19日)
※メモを記憶で補完しているので、主観が多く紛れ込んでると思われます。話半分くらいでご笑覧いただければと思います。
フエンテス短篇集 アウラ・純な魂 他四篇 (岩波文庫)(カルロス フエンテス/木村 栄一)』すごく良かった! 岩波文庫は、ほぼ絶版状態のラノベ文学を今すぐ再刊すべし!
しかし、巻末の訳者解説を読むと、その「事情」を知って読んでるのとそうでないのとでは、全く受け取るものが違ってくるね。勿論、そんな予備知識無くても楽しめるのだけれど。だって、こんなに普通は分からないよー。
かれこれ2年半になるかな、東北石鹸佐藤工場の坊ちゃん石鹸というのを使っている。それまでもいくつか無添加石鹸を使ってみたのだが、その中で一番使いでがあったのがこれだったんで。お風呂場に置きっぱなしでも溶けないのと、洗ったあとの清涼感のようなものがいいので、ロフトに行ったときに2,3個まとめ買いしてるような状態。で、最期の1個の封を開けたので久しぶりに買いに行ったら、坊ちゃん石鹸が売ってない! がーん。
ということは、取り扱いを止めたかも知れないから、他で扱っている店を探すよりは通販なんかで購入した方が確実かなあ、と思った次第。これを機会に別のを使ってみる、とかでもいいかな、と思ったんだけれど、無添加無香料のあの石鹸が妙に気に入っちゃってねえ。坊ちゃんの浮き彫りなんて、使い初めて2,3日でまっさらになっちゃうけどね(笑)。
久しぶりに検索したら、製造元が見つけられなくて困った。と思ったら、「坊っちゃん」ではなく「坊ちゃん」だったのね。夏目漱石の小説から名前を取ったというからてっきり「っ」が入ると思っていたのだった。
遠い女―ラテンアメリカ短篇集 (文学の冒険シリーズ)(フリオ コルタサル/オクタビオ パス/カルロス フェンテス/フリオ・ラモン リベイロ/アルフォンソ レイエス/Julio Cort´azar/Octavio Paz/Carlos Fuentes/Julio Ram´on Ribeyro/Alfonso Reyes/木村 栄一/井上 義一/入谷 芳孝)』今、コルタサルの連投を読み中。いやぁ、彼の短編はいいね。最後まで緊張感を持続させてくれて、物語の仕掛けもいい感じ。
表題作の「遠い女」は、その前においてあるのがフリオ・ラモン・リベイロの「分身」だけに、こちらで食い足らないところまで補って余りある印象。どういう風に「転」が来るか、の楽しさがある。これは後に続く作品も同じか。というか、だからこその緊張感か?
「乗合バス」は身近な恐さ。ホントにありそうで。でも、日本だと多分もっとじめっとしたものになるだろうけれど、気候のせいもあるけどあくまでもカラッとしてるのがすごいな。果たして、二人がいつものように花を身に着けていたらどうなっていたのだろう。
「偏頭痛」は「おまいら、病気の総合商社ですか!」というほどの病気もち。大体、何で人里離れた場所でマンクスピアなる動物の世話をしなければならないか、よく分からない。というか、この訳の分からなさ、設定を必然のものと思い込んでしまう頑なさが、夢を思わせる。そして、入れ子。最後は視点を、ぐっと引いた感じになる。
「キルケ」は、こういう名前、ギリシャ神話だかなんだかにあったなあ、と読んでいる途中でWikipediaを見たら(キルケ)、ああ、そうか。自分の気に入った男を魔法で動物に変えてしまう化け物(?)だったな。ということを丁度展開するかしないかのところで知り、後の結末は大体分かったのだけれどこのマリオが以前の婚約者たちと同じ結末を辿るのかそうでないのかが知りたかったりも。ボンボンと、家にいる動物たちの関係が時間差で語られる不気味(この辺りでからくりは分かってくる)。
なんというか、全力で面白い。今まで読まなかった私がアホだった。やっぱ、私は短編小説が好きなんだなあ。
他の作品の感想も書きますよ。
あ、それと、この本をお題にして都内某所で読書会をやります。7月30日(土)の午後からなので、もし興味のある方は声を掛けてください。追って詳細をお知らせします。
そういえば、昨日ブックファースト渋谷店に行ったら、「本好きが好きな大型書店ランキングで3位になりました」といったような貼り紙があった。ソースは無いかと日経で検索したけどうまく出てこない。で、Googleさまにお伺いを立てたところ、見事に見つけ出してくれました。
これが関東(というか首都圏ですね)のランキング。ちょっと意外だったのが、ジュンク堂書店池袋店が4位ということ。ネットでの「本好き」な人たちの言ってることを考えると、1位か2位に来てもおかしくないところでは? まあ、ここで言う「本好き」が誰なのか元記事に当たらないと分からないのですが(後で確かめよう)。
確かに紀伊國屋本店も八重洲BCもいい本屋ではあるのだけれど、やっぱり少しとんがってるというか、主張や遊びがそこはかとなく(←ここ重要!)見える書店の方が好感を持ちますね。まあ、これは書店に通う回数が多いからで、せいぜい月に1度程度といった方々には、ごく一般的なつくりの方が使いやすいのかも知れないのですが。
ここ数年は、特にブックファースト渋谷店に育てられたようなものなので(あそこがあんなに海外文学に力を入れてなかったら、多分ここまでのめりこんでないと思う)、これからも頑張って欲しいなー、と思うのでした。
まあ、そういう中で従来の渋谷の顔であった大盛堂書店本店が閉店したり、旭屋書店渋谷店の撤退が噂されたり(まだ発表は無いのだし、ここは敢えてこう書いておきます)するのだけれど。
随分とレンタルウェブログサービスが立ち上がってると思うが、その中でウェブログと普通のウェブページの違いについてちゃんと説明しているところってあるのだろうか? というのも、巷で最近また出てきている「リンクされない権利」とかなんだかんだと見ていると「それよりも、自分の書いたものがどのように情報流通しているかの把握が大事じゃないのか?」と思うのだが、どうだろうか。例えば、TrackBackだ、RSSだとできることについてはどこでも謳われているけど、RSSフィードというものがどこまで広まるか、とか、一旦出てしまったら制御不能なんだとか、簡単に説明してあるといいのにね。まあ、商売でやっていればそれは当たり前で、デメリットやリスクは自分で調査せよ、ということになるのだろうが、あまりにもデメリット面での情報が無いように思う。
さて、そんな中だが、レンタルウェブログサービスDI:DOが、そのことを視野に入れたオプションをサービスし始めた。書く余裕が無くてタイミングを逸してしまった気がするけど、敢えて書いておこうと思う。
DI:DOは元々、アクセス制御を簡単にできるようにするなどの機能を持ち合わせていたが、今回のはまさに「可能な限り見てもらいたい」けれど「面白半分でリンクされて好奇のの目に晒されるのは嫌だ」といった、おそらくインターネットで個人サイトができてから潜在的に待たれていたシステムでは無いか。私自身はそこまでしてウェブ上にものを書きたくないのでそれほど欲していないものではあるが、そのうち、必要に思うこともあるかも知れないと思い、注目している。(設定ページのキャプチャ/クリックすると大きくなります→)
ここでは、従来の「新着リストに載せるかどうするか(これはデフォルトで、各記事ごとに個別設定は可能だ)」「ひみつ日記設定」に加え、RSSの配信の可否、本文の公開制限(DI:DOアカウントかTypeKey認証が無いとアクセスできなくする)といった機能が盛り込まれ、この公開制限にはCookieが用いられる。このCookieの保持期間などの設定もユーザ側で自由にできるというきめ細かさ。
こういう要望を持つ人というのはそれほどいないのか、それともそういう使い方が合っていることに気付いて無いのか不明だが、初心者ほどこういったサービスで情報公開の仕方を知っていけるといいのにな、と思いますよ。少なくとも、設定のメニューにこのようなものがあれば、どうしてそういうメニューが必要なのか、考えるきっかけになるしね。メリットは、自分の日記・ウェブログとして同じURIを色んな知人に知らせることができ、繋がり方や親しさの深度が違う人たちが、同じURIで何の不便も無く最新日記や過去日記を閲覧できるというもの。それぞれに、見えているものは違っている可能性もあるのだけれどね。これがあれば、裏日記とか言って複数の日記サービスを使わなくても良くなる人もいるのではないか。
後、あると嬉しいと思うものは、過去ログ閲覧制御機能かなあ。以前は自分でも、1年前以上のものはサーバ上から削除する、とか手動でやってたんだけど、認証した人以外は例えば過去1ヶ月しか閲覧できない機能があると嬉しいかも。
まあ、なんだかんだ言っても自分のサイト内に置いてる方が小回りが効くし制御もし易いので、どうしてもレンタルサービスの類は恒常的に利用するパターンができないでいるのですが。
遠い女―ラテンアメリカ短篇集 (文学の冒険シリーズ)(フリオ コルタサル/オクタビオ パス/カルロス フェンテス/フリオ・ラモン リベイロ/アルフォンソ レイエス/Julio Cort´azar/Octavio Paz/Carlos Fuentes/Julio Ram´on Ribeyro/Alfonso Reyes/木村 栄一/井上 義一/入谷 芳孝)』「天国の門」死んでしまった友人の妻と失意の夫を傍観する男の記録。てっきり美しいんだろうとばかり思っていた妻と「そっくり」な存在の描写が辛辣でびっくり。「サンタ・フェ・パレス」という名称に元ネタがあるか、もしくはサンタ・フェに隠された意味があるのか、とか考えたのだけれどよく分からない。舞台は多分、南アメリカ最南端のアルゼンチンはブエノス・アイレスの筈だし。まあ、あんまりここに拘らなくていいのかな。で、あのラストは、「天国の門」が一瞬開いた、ということなのでしょうか。というか、踊りまくれるあのダンス・ホール自体が彼女の天国ということか? 彼岸と此岸の一瞬の出会い。
「未来の王について」かつては仲の良かった幼馴染が蟄居している屋敷に潜入したところ、ミイラ捕りがミイラになった(いや、ミイラそのものではないか……)、という感じ? 全体としてはそうなのだけれど、消化不良のところがいくつか。というか、ルイサとは何のために(というか「少女だった」ところが……)? 彼女がいる小部屋とは? 話の、アイディアとしてはまあ、よくありそうなものではあるのだけれど、この消化不良を物語の破綻とするか、私の読解力不足とするか……。冒頭アザラシに魅入られたのは語り部のぼくだが、後半はマルコスとルイーサが「仕えている」状態。そこには普遍的な威厳か潜在的な能力があるということか?
後一編を残すのみ。名残惜しいな。
昨日のウェブログのサービスの話に補足。
otsuneさんの突っ込み。一応、
<meta name="robots" content="noindex,nofollow,noarchive">
程度はやっていました。これでも悪意があったりこのルールを無視されたら意味が無いしそれこそ悪意のある人がアーカイヴしてたら意味が無いけれど。後は、クロールっぽい動きをしているのは気付いた時点で弾くように設定する、とかはしていました。まあ、今は状況が色々と変わってるので、tDiaryに移行してからはやめましたけど。しかし、やっぱりというか、蛇足のところで突っ込まれてしまいましたね。脇が甘いんだな。
ϤƤʥ֥åޡ - Mint Julep - ֲǤǤפּʬߤǽפǤ륵ӥでのzokkonさんの感想
きめ細かく設定できるウェブログサービスDI:DO. めんどくさいかも
その通りですね(笑)。だから、面倒であれば選択しなければいいんじゃないですかね。もしくは、「簡単設定」と「詳細設定」に分けて、「簡単設定」ではいくつかのパターンを用意しておく、という機能であればもっと分かりやすいかも知れませんね。
そういえば、さっき角川書店のサイトを見ていたら、Flashでこれの宣伝をしていた。いつもだと見ずに本の情報のページに直行するのだけれど、何となく眺めてたら、どうも名作DVD&解説マガジンのセットシリーズを販売するらしい。ラインナップを見ると、新旧(まあ、新しいといっても80年代以降という感じかな?)取り混ぜ2作品が1セットとなり、それぞれにテーマが設定されている。週刊SPA!で中原昌也が新作映画レビューページで必ずそこから連想する古い映画を引き合いに出してるけど、コンセプトとしては似た感じ(笑)? まあ、中原氏のがかなりひねってあることが多い(ひねりまくって直球に見えたりもするのだが)のに比べると至極まっとうなセレクトだけれど。
第1期には山田洋次監督セルフセレクションで「家族」と「幸福の黄色いハンカチ」、第2期ではKADOKAWAセレクションとして「犬神家の一族」と「人間の証明」が入っているのだが、殆ど*1洋画。
持ってないものばかりだし、スタンダードなのに見ていないものも多いから、結構お得かも。一括支払いだと税込み7万円で、ばらばらに買うと8万2,400円だから1万円以上お得なのか。1期2期で分けて支払う方法と、各セットごとの支払い方法がある。うーんと、デアゴスティーニ商法みたいな感じ?
うーん、悩ましいところだ。
*1 加えて、世界のクロサワとジャパニーズ・ホラーを除いて、ということになるか
夫が携帯電話を買い換えたいというので、近くのお店に行ったら既に廃業していた。あ、私はてっきりPHSのサポートカウンターを止めるだけかと思っていたよ。夫も私もここで携帯電話とPHSを買っているのに私にしか閉店の挨拶が来なかったからね。あれは、公式サポートカウンターだったから連絡が来たってことか。
そういう訳で、カフェでピザを食べてから電車に乗って近場の、携帯電話屋が複数ありそうな街へ。しかし、一軒はauのキャンペーンやっててDoCoMoのモックアップはその陰に隠れちゃっててちゃんと見ることができない(これって、ちょっとひどくないかな)ので別のお店に行ったら、ここはDoCoMoを扱ってなかった。へえ、そういうのってアリなんですか。そういう訳で、やっぱりもう少し選べる渋谷に行こうと歩き出したら、PHSに実家から電話が。別の話かと思ったら「地震、どうだった? 大丈夫?」とな。え、ナンデスカ、それ、と返したら「そっちのほう、すごい地震だったらしいじゃない」と言うではありませんか。母は時々そういう勘違いはするので「いや、全く揺れて無いよ。だいじょーぶ」と電話を切ってからasahi.comのサイトを見てみたら、ありゃ、震源地が千葉西部で震度5弱ですってよ。そりゃ大変だったねえ、と駅に向かったら、ホームで延々電車を待つ羽目になって、初めて本当に揺れがすごかったことを知った。
結局、電車を待っても埒が明かなさそうなので一旦街に引き返そうとしたら改札では入場制限を行っていた。道理であまりホームに人が入ってこなかったわけだ。
もう一軒電気屋を覗いたけれど予想より高かったのと(2万円しか下ろしてない夫もどうかと思うが)、3時以降になると翌日渡しになるということだったので、だったら仕切りなおして明日渋谷で買おう、ということになって解散。私は、池袋に向かうのだった。
途中まで折り返す形で電車が動いていたので、何とか都心を迂回するような形で最終的に埼京線に乗ることができた。しかし、途中の電車は本当に各駅の停車時間が長く、普通の移動時間の倍かかっていた。乗換えが多かったが結構座れる時間も長かったのでそれほど辛くなかったけど、ルートを考えたり情報収集したりしてたら全然本を読める余裕が無かったですよ。
山手線が動いて無いので、これがかなり痛かった。しかし、埼京線が一時間で回復というのは、乗り入れがあまり複雑じゃなかったからかな。りんかい線との相互乗り入れは、解除してたみたい。しかし、やっぱり地下鉄乗り入れの路線は辛いね。都営線は結構早くに回復してた見たいだけど、考えただけで営団地下鉄の早期回復は期待できないのは明白だったので避けていったけれど、それが正解だったとは。
という訳で何とか15分遅れくらいで会場に入ったのだが、席は粗方埋まってたのにはびっくり。SFの人たちは危機管理意識が強そうです。何かあったら彼らに着いていくのが正解かも。パニック小説とか映画も沢山観てそうだし、シミュレートができてるのか? 天変地異が起こっても、ちゃんと時間に現地に着いている罠。
で、大森さんの顔はよく見えるけど相手側は後頭部しか見えない席に座って話を聞いていたのだが、これってどう見ても中村融氏じゃないか、というような発言の数々に戸惑った。だって、奇想コレクションのこれからの発刊予定とか喋ってて、「これは私が手がけました」とか言ってるんだもの。その後、入れ替わるように客席にいた山岸眞さんが出てきたので、やっぱりあの後頭部は中村氏だったことが分かった。あ、そういえば、例の殊能さんが手がけるアヴラム・デイヴィッドスンの『どんがらがん(仮)』は9月中には刊行だとか。その後、ゼラズニイやゼナ・ヘンダースンのアンソロジーが続き、コニー・ウィリス、パトリック・マグラアも予定に入っているとか。その後はひみつだけど結構びっくりするような作家ものがあるとのことで楽しみ。因みに、日本でも翻訳がいっぱい出ている女性作家なんだとか。まあ、そういう訳で「奇想コレクションは古いSF」という認識は確かに間違いかも。
その後は、新潮社と東京創元社に同じ年に入社した同士の対談に。主に「どうして最近出る翻訳SFはイーガン以外はいまいちパッとしないのか」という話か。あと、『1500冊』の当時の思い出。山岸さんはこの中で沢山攻撃されているらしい。「でも、しっかりゲラチェックしてもらった」「当時の文章にプライベートな情報が多すぎるので、まずいところはゲラチェックで削れたので良かった」という話とか。やっぱりこの二人の対談は聞き所が多く、とても興味深かった。しかし、自分のSF的な基礎学力が不足しているので、分からない固有名詞などがあって、聞き取れないところも沢山あった。まあ、これは仕方ないか。そういう訳なので、今回はレポは書きません。
終了予定時間2分前に稲葉振一郎氏登場。案の定、地震の影響で移動できずに立ち往生していたらしい。しかし、ここからの話が非常に濃くて面白かったよ。もう一度ぜひ聴きたい。リベンジは無いだろうか。ハードSFの話とか。稲葉氏の「ハードSFはすごい。SFの中心的存在だ。でも、読み手としては好きな訳ではない」という発言に大森さんが「僕もですよ」と目をキラキラさせながら同調していたのがとっても面白かった。
その後サイン会があったのだが、今日は本を持ってきてて良かった(笑)。大森さんに「実はサインいただくの、初めてです」と言ったら、為書きのために名前を書いた紙片を見て「僕も初めて本名を知ったよ。何だよこのペンネームみたいにかっこいい名前は!」といわれたけど、名前付けたのは親ですから(笑)! というか、それを大森さんに言われたくない(本名がとっても可愛いのだもの)と後から思った。
その後、打ち上げの飲み会に参加。細長い宴席で分割されていたため、幹事はとても大変だったと思う。のむのむさん、お疲れ様でした。
そういえば、飲み会で大森さんに「今日地震にあった人たちの中で自身に気付かなかったのなんてにじむさんくらいだよ!」と言われたけど、夫もそうだったし周囲の人も気付かなかったみたいだったデスヨ。なので、あの近辺がトワイライトゾーンに入っていた、ということで。
例の議事録:http://www.mof.go.jp/singikai/zeicho/gijiroku/b37kisoa.htm
例の「パラサイト主婦」発言を行ったのは猪瀬直樹氏であることを突き止め、彼自身にもインタビューしている(猪瀬氏自身は発言を認めている)。それを読んでの感想だが、専業主婦をあのような乱暴な表現で貶めたことは許しがたいが、税制優遇がおかしいという本筋の意見はその通りだと思う。齋藤美奈子の『
モダンガール論 (文春文庫)(斎藤 美奈子)』でも指摘されているし、この記事で取材を受けている大日向雅美教授(恵泉女子大学)も言っているが、元々専業主婦というのはサラリーマンという人種が社会の大勢となったときに、それを陰で支える立場として国家的に推奨されていたものだとされている。つまりは、専業主婦というのは国策として「作られたもの」だった訳だ。しかし、それが必要じゃなくなったからといって手のひらを返したようにこういう発言をオフィシャルな場で行政側(と言っていいよね)の人間がするというのはまずいのではないか。
専業主婦という存在が現在の社会にそぐわなくなっているのは世の中が変わったからで、しかし社会的な仕組みや世間一般の常識は、いまだに「女性は結婚したら仕事を辞めて家事と子育てに専念する」といったものであり、更にこの考え方は「結婚したら子どもを生むのが当たり前」という「常識」を蔓延させているのだろうと見られる。まあ、こっちの息の根を止めるのが先だけれど、行政的に専業主婦という立場を推奨しないことにするなら、世の中の意識を変えるよりはまずはその仕組みから、という方法をとることになるし、まあ、これに関してはまっとうかな、と思える。
念のため、猪瀬氏の回答の最後の部分を引用する。
言いたかったのは『働く女性が子どもを産み、育てるような環境を税制の面からも整えるべきだ』ということ。そもそも、議論の流れを理解してほしい。『働く女性は子どもを産まない』『女性の社会進出が少子化の原因だ』という偏見がいまだに根強いんですよ。そういう典型的な古いオジサン委員がいたから、きちんと理解してもらおうと、多少きつい言葉を使った。『働く女性はこ仕事だけではなく、子育てに対しても人生全般に対しても積極的に生きている』ことを強く訴えないと、今はまだ、育児か仕事か二者択一であるかのようなオジサン的見方が主流になっている(「AERA」2005年8月1日号 p.28)
それにしても、この記事にコメントを寄せる「識者」として林義道と石原理紗の囲み記事で意見を述べさせているのは、この記事を書いた記者が笑いどころを用意したかったということでしょうか(笑)。
特集は「ブログ資本主義」。読んでから感想を書くよ。
というか、会社の購読雑誌棚にあったんだけど、この特集だけではなく第二特集の「なぜ売れないのか? 失敗のマーケティング」もちらと読んだけど面白そうだし、はてなの社員全員が写ってる写真もあるし(笑)、なかなか内容も面白いししっかりしている(まあ、ツッコミどころが無いでは無いが、それはmixiでちょこちょこメモってるところ)。
まあ、「ブログ」特集でもあるけれど、最近話題になるIT系企業の社長の年齢の若さに注目して、U30世代としている*1訳で、U40の私としてはすっ飛ばされてる感がして非常に寂しくはあるのですが。あ、でもtDiaryのただただしさんが「俺らの世代で頑張るぞー」と言ってたような。
*1 この話題は76年以降生まれの話として、以前からあるものだが
訃報を知って驚いた。まだお若いのに。
杉浦氏は、私は漫画よりも『ソバ屋で憩う』で、何の気なしに手に取ったこの本のおかげで東京のおいしくて寛げるお蕎麦屋さんを沢山知ることができ、実際にその案内の通りに足を運んだりした、私にとっては食と粋バイブル的存在だ。「ああ、私もソ連*1に入りたい」と何度夢想したことか。
死因が下咽頭がんということで、だとすればお亡くなりになる前にソバの喉越しを通る感触を楽しまれたのはいつのことだったのだろうか。本当に残念でならない。
月並みな言葉ではありますが、ご冥福をお祈りします。天国でおいしいおソバを沢山食べることができますように。
*1 ソバ好き連
_ にじむ [すごいですよね、ギャグじゃないかと思いましたよ。まあ、ミニスカの営業活動(をしていたらしいと聞きました)が実ったとい..]
_ ただただし [そ、そんなこと言ったっけ!?]
_ にじむ [あの日、ヨコハマの夜景を見た時に……って、冗談で言ってたんだと思いますよ。やっぱりそういう話題が出た時でしたけど。I..]
_ ほそのひでとも [ああ、杉浦日向子氏死去には吃驚しました。渋谷の福田屋を知ったのは杉浦日向子とソ連のあの本があったからこそだった… (..]
_ にじむ [駅売りの夕刊紙を見たら、驚くほど大きな見出しでびっくりしました。わたしもあの本で福田屋を知りました。入って納得! ち..]
実験小説 ぬ (光文社文庫)(浅暮 三文)』今まで異形で書き溜めたものや書下ろしを含めた貴重な一冊。うーん、やっぱり浅暮さんのはこういう短編の方が花があるなあ、と思った。文章が地味なのに輪をかけて登場人物も地味だからね。
この短編集は、表紙がいいプレゼンテーションになっているのではないかと思われる。私は子どもの頃からよくあったのだけれど、こういう経験、無いですかね。普段は見慣れた簡単な平仮名が、ある日唐突に「変な形」に見えてくる。それがどういうものでどう読むのかは分かるのだけれど、どうしてこんな変な形をこんな風に納得して読むようになったんだろう、と。この中に収録されている作品には、そういうものが多いのでは無いかと思うのです。慣れきったものがある日突然異物に変わる。
「帽子の男」は、やっぱりありそうなネタ。横断歩道の標識の男性は小さい女の子を誘拐してるんじゃないかとか、そういうバカ話はあったように思うけれど、ここまで引っ張るのが浅暮流、ということか。話としてはあっさりなのに文章は執拗なのが、なんか、浅暮さんの特徴のような気がしてきた。
「喇叭」は、うぬー、話としては分かる。うまい。しかし、クイズの部分が分からない(笑)。多分、ここが分かったほうが寄り面白いんだろうな。そのうち、見てると加藤静雄のようにぴんとくるかも。
「遠い」悪夢だよね。というか、幻想的な短編小説は、どれも多分、悪夢に似ている。案内図の矢印に従ってここまで来たけれど……。ネタとしては多分さほど珍しくは無いのだけれど、線の表現まで合わせて浅暮流、というところだろうか。
「カヴァス・カヴァス」は、ほう、これもあるといえばよくあるネタだ。本を読みながら眠ってしまったら、自分がその本の中の人物になり代わってしまっている、という。それと、本という物自体をネタに持ってくるのが、なんだか面白い。どっちにとっても悪夢のほうがもっと面白そうだけれど。
「お薬師様」最初は、もっと軽いネタかと思っていたよ。これってコルタサルの「石蹴り遊び」と同じような形式と考えてよい? そのまま番号どおりに読むこともできるし、指示通りに読んでみても良し。それに三順目があるのが面白いし、循環している。最初に読んだときはてんでばらばらなんで何が起きてるのだろう、と不思議に思っていたけど、そうか、と段々に輪郭がくっきりしてくる。浅暮さん得意の渓流釣りネタを絡めてきたことからも、これはかなり自信を持つ一作なのではないかと思うが、どうだろうか? この短編集の仮題もこのタイトルだったことだし。
ジュンク堂書店池袋本店にて。
ふらふらと歩いていたら、幻想文学の棚に石塚公昭さんの本を発見! 乱歩の作品とご自分の作品をアレンジした写真集。おお、確かにあの世界でございます。乱歩好きな方も、想でもない方も、是非手に取ってみて下さい。
ご本人のサイトのお知らせを見ると、11月から世田谷美術館で写真と人形の展示があるようですね。こちらも楽しみ。人形に直接会うのは、一昨年の夏以来かな。現在は、名古屋の松坂屋でこの本にちなんだ展示会をやっているそう。うう、名古屋の人、羨ましい。
bk1より取り寄せ本。
実物見てから買いたかったんだけど、リアル書店だとどこに売ってるか分からない『ハッカー宣言』をオンライン書店から購入。文化的だったり社会的だったり、もっと突っ込んでたりでなかなか面白そうな本です。本当に宣言だ。
こんなに短期間の間にジュンク堂に行ったのは初めてでは無いか。1ヶ月の内に3つですぞ、3つ。そのうち2つは平日で、仕事が終わった後に時間を少し過ぎた頃に辿り着き、思い切り時間があったはずの土曜日は、不意の地震で交通機関が大幅に乱れ、少し遅れて到着。私はこのイベントに間に合うように行けることが一生無いのかもしれない。
という訳で少々遅れて着いたのだが、エスカレーターを降りた辺りで拍手が聞こえてきて助かった。始まったばかりらしい。しかも、会場がいつもよりもぎゅうぎゅうな気がする。年齢層も比較的高いような気がする。ここでも柴田氏は客席と席が近すぎるのが気になるらしく、色々悩んだ挙句に椅子の背を前にして話すこととなった。「教壇で前に防御するものがあるのに慣れているからね。何も無いと落ち着かないんですよ」との弁。
※この後ですが、全て私の聞き書きです。聞き間違えているところや、勝手に私の方で補完してしまっているところも多数あると思いますので、あくまでも「私の目から見た」光景としてご笑覧いただければと思います。
この手のトークイベントを本を出版するごとにやるようになって2,3年経つけど、実はポール・オースターのものでやるのは初めてだという。「それだけサボってたんですね」と言っていたが、そのほか、既にオースターのアンオフィシャルファンサイトなどが多数立ち上がってることだし「自分ばかりがやるのも……」と思案していたらしい。
このプロジェクトの話を聞いたのは4年位前、『ナイン・インタビューズ』の仕事でアメリカの作家にインタビューをして回っていたときのことだそうだ。「今長編を書いているところだからインタビューには応じられないけど、一緒に野球を観るのならいいよ」とのことで、奥さんと娘さんと一緒に、(確か)メッツ戦を見に行ったときの行きの車中での話。で、柴田氏が咄嗟に感じたのは「この人、大丈夫か?」ということだったそうだ。一般から投稿を受け付けているだなんて、そこから長編を書くエネルギーを貰おうとしているのではないか」と。しかし、オースター自身が全ての投稿を読んで選出するというので「じゃあ、大丈夫だ」と安心したそうな。形としては、ラジオ番組を持ってそこに投書してきたものからいいものを選んで番組の中で朗読する、という形をとり、1年間を纏めたものがこの本だということ。これはアメリカのかなりの地域、人種を越えたものではないか。日本でもやろうと思えばできるけど、ここまでバリエーション豊かにはならないだろう(それだけアメリカには掬い取られない声があるということでもある)。
この仕事は、序文に引いてあるホイットマンの詩や、スタッズ・ターケル(Studs Terkel)の手による『仕事』という、色んな仕事をする人たちへのインタビュー集の流れでもあるけれど、今まで自分のことを自分たち自身で語る場は無かった。小説ではスタインベックやレイモンド・カーヴァーがこの流れを継いでいるとは思う。作家の井伊直行が、この本にある「隔絶」を読んで「これはカーヴァーだ」というメイルを送ってきてくれて気がついたことでもある。
アメリカという国は人種の坩堝で、昔は「メルティング・ポット」と呼ばれその後「サラダ・ボウル」(混ぜあわないけれど全体で見るとひとつの形を成している)から「マルチ・カルチュアリズム(沢山のプチ・ナショナリズム)」に移行し、ここのところまた「サラダ・ボウル」に帰りつつある。アメリカはヨーロッパ諸国の文化に較べて「大きい」「多い」ことがいいことだと大雑把な印象があるが、この量が必要なのだと思う。量が質に転化することもありえるからで、実際、ニューヨークの摩天楼などは、高さが崇高さに転化した例だ。
バリー・ユアグローのような超短編作家の作品は、一日一作ずつ味わって読むのがいいが、おそらく『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』は、ばーっとある程度まとめて読んだ方が良さが分かりそう。
いつもは活字になって無いのを読むのだけれど、今日は、既に全部読んでしまった人もいるかもしれないけどなるべく支障の無いように最後のほうから一編をとって読むことにする。オースターの朗読とともに(テープで適当なところで区切って邦訳を読む、という形)。
家も仕事も捨て身軽になった女性がこの地に来て、何者にも縛られず、必要最低限の生活をしているという話。質素だが精神的には非常に満ち足りたエピソードを語り一瞬「そういう生活もいいなあ」と考えてしまうが、最後の方でそのトーンが急に変わるところも含めて素晴らしく、一篇の掌編小説をのようでもある。
彼の作品には「コロンブスの卵」的なものが多い。以下、オースターに勧めてもらったもの。
『
I Remember(Ron Padgett/Joe Brainard)(多分これ)』
全て"I remember..."で始まる。エッセイか小説か分からないで読み進めると、子どもの頃の思い出話から、子どもの頃からゲイで、でも誰にもいえなくて、大人になってカムアウトする話が書かれている。
ゼーバルト『アウステルリッツ』。この二冊に言えることが「どう語るか」のところだ。この作品は、本当のことか嘘(虚構)かよく分からない。この作品は堀江敏幸の作品に通じるものがある。彼の作品も登場したてのときは、みんながてっきりエッセイだと思っていた。こぼれ話として、堀江さんと私とのエッセイ(と思われていたもの)を比較したサイトがあった。そこでは「柴田にあって堀江に無いものはユーモアだが(これは明らかに間違い)、堀江にあって柴田に無いものは詩の才能だ(だったかな?)」と書かれていた。(笑うところ) 白水社が、詩集も含めたぜーバルトの全集を出す準備をしているらしい。来年辺り?
レナード・ハント『インディアナ、インディアナ』(
Indiana, Indiana: (The Dark and Lovely Portions of the Night)(Laird Hunt))
先の二人ほどではないが、かなり独特。知恵遅れの語り手。奥さんも精神病患者。フォークナーの「なんとか」と似ている。現在、「
小説 TRIPPER (トリッパー) 2005年 夏季号」で連載中。現在のところで1/3。1/3ずつ掲載する予定。すごく文章がきれい。
ちょっと、今は割愛。後で書くかも。質問は、質問者の意図を探ったりのやり取りがあって、結構複雑で書き取りにくいのです。
ひとつだけ。「現在の小説のひとつの流れとして、人種、性差、階級でひとつのアイデンティティが語れるような気になっているところに苛立つことがある。→安易なマルチ・カルチュアリング それに較べても『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』は、バランスは一切考えてなくてバラバラの印象がある。
教え子の突然の死とぽっかり空いた"D"の書棚と「たばこ休憩中」の附箋。先に朗読した「アリゾナ州プレスコットのホームレス」を訳したのは、実は彼だ。
会場全体が、ちょっと湿っぽくなってしまった。でも、軽みがあっていいエッセイだったと思う。多分、どこかに寄稿するものではないか。
プロジェクト自体が立ち上がったのはもっと前なのだけれど、この本が出たのが9.11直後だったために、どうしても切り離すことができなくなってしまった。プロモーション・ツアーではずっとその話だったらしい。
実験小説 ぬ (光文社文庫)(浅暮 三文)』「雨」円環する悪夢……かな。記憶がなくなっても、大阪弁だけは覚えてるんだろうね、この人。
「線によるハムレット」えーと、これは全体が演技、ということですかな(笑)。面白かった。
「小さな三つの言葉」可愛いタイトルの割には結構エグい。ラストは、ちょっと凝ってみた感じ。なるほど。
「壺売り玄蔵」いかにも怪しげなこの「博士」の口上。まるでバナナの叩き売り(笑)。「似て非なる異物」として、壺や判子を売りつけようとする。しかしこの誤魔化しようがかなりの笑いどころで、最初に「超高速写真」を見て「バカにしとんのかー」とどつきたくなりましたよ。こんなことをヌケヌケとやってしまう浅暮さんが好き。ラストは、「こう行くんだろうな」というのを、ちょっと裏切られた感じ。いや、最終的に行き着くところは一緒なのだけれどね。
「參」あー! これはやられた。面白い。漢字とその意味を並べて何やってんだろう、と思っていたら、三人の人が……だったのね。これは、追っていく楽しみがあるので、あまり言わない方が良さそう。これが一番好きかも。ラストへ持っていくところの滑稽さとその後の曖昧さは、浅暮さんっぽい処理の仕方だなあ、と思った。これでカタストロフが得られなくて好みじゃない人もいそうだけれど。
この後は、異色掌編集。
「電車男」は、1度録画しておいたら野球だったかバレーボールだったかの延長で一番いいところ(?)が見られずもう投げようかと思っていたのだが、引き続き視聴。
先日夫と話をしてて同意を得たのだが、なんだかテレビ版のエルメスたんは、この世の人間じゃないように思えるのだ。何となく浮世離れしてるし。「これってかぐや姫じゃない?」という結論に至ったわけだが、そうすると電車は散々普通の男になろうと苦労をした挙句、エルメスたんには月に帰られてしまうんですかな。まあ、ストーリーを見てると過去に捨てられた(誤解?)男がいて、そのトラウマが……って感じらしいから、男を信じられず、また過去の男を引きずっている、とか、そういう設定ではあるだろうけれど、それって表面だけ見たらまさにかぐや姫のような。求婚者が複数人いるんじゃなくて電車ひとりで、彼だけがエルメスたんを手に入れようとして、散々な目に遭う、と。
まあ、結末が愛が実ってハッピーエンド、と決まっているからこういう想像が勝手にできる訳でもあったり。テレビ版はどういう風に終わらせるんでしょうね。って、映画版も観て無いけど。
実験小説 ぬ (光文社文庫)(浅暮 三文)』いや、これは読むべきですよ! 長編よりも短編小説の方が、いいところを発揮できるのではないかしら。洒落た展開に悶絶しながら読み終えました。特に「參」「壺売り玄蔵」、異色掌編集が素晴らしい。
各作品についてはいずれまた。時間が足りない。
会社の近場の夏祭り。毎年行っているメンバーと今年も示し合わせて会場へ向かった。なんか、去年までよりもつまみがレベルアップしてないか? 300円でこれらを食べることができるとは嬉しいことである。後で割り勘にもしやすい。そういう訳でチヂミや茶豆などを食してまったりしていたら、周囲の飲み屋が軒並み満杯になっていた。不覚。この辺が、週末とはいえこれだけ客が入るのは珍しいと思うのだけれど。来年からは最初から予約しておこうか。
結局、地元の居酒屋の本店に入り、日本酒などで乾杯し直す。既におなかがいっぱいになっていたのでつまみは魚を中心に少しずつ。来週ちょっとしたフェアをやるらしい。来てみようかな。
土曜日の朝起きたら喉ががらがらだったので用心はしていたのだけれど、なんだか熱っぽい気がする。が、体温計が見つからない。夫におでこの熱を測ってもらったが、「別に普通じゃないの」という返答。しかし、関節や背中が痛いので軽く揉んで貰ったら「うーん、ちょっと熱を持っているような気がしなくも無い」と感想が変わった。とりあえずアイスノンで自分の頭をサンドイッチしてひたすら熱対策に専念。もしかしたら気のせいかも知れないのだけれど、今会社を休むわけにはいかないからね。
深夜1時ごろ、おでこのアイスノンが温まってしまったので、買い置きしていた冷えぴたにチェンジ。それにしても、アイスノンが魚臭いのはどうにかならないものだろうか。夫が「なんか魚臭い」と言ってたけど、そんなこと顔の近くに持ってきている私のほうがよく分かってるよ!
女の子ものがたり(西原 理恵子)』ここまでの経験はしたことが無いけど、昔は貧乏な子が周囲に結構いたよなあ、と感じる。特に団地から引っ越してから持ち家の一戸建ての家々が並ぶ地域で、借家の家庭というのは珍しく、学校の授業で古新聞紙を持って来れない人がいるというのは、ちょっとしたカルチャーショックだったように思う。そういう子達が居心地悪くならないような術も当時の子どもたちは知っていたように思う。知らない振りはさすがにできないけど、気付いてなかったかのような、見てみぬ振りみたいな感じでもあるのかな。
でも、子どもの頃ってそういうのが微妙に分かっても友達でいたり、ある日やっぱり離れたくなったりするし、結構残酷な面もあるよね。特にこのお話の中に出てくる女の子三人のうち主人公を除いた二人は、かなり悲惨な人生を送り、それでも笑顔で力強く生きていたりする。ヤンキー属性の主人公が、松田聖子好きのボーイフレンドのためにエセ聖子になっている涙ぐましいエピソードは涙を誘った。後はやっぱり、幼馴染の二人以外に仲のいい友達ができて彼女らと遊ぶが心の中で「本当はあんたなんか大っ嫌い」とつぶやくエピソード、三人で海まで自転車で遠出し「親友」を求めてボトルメイルを流したその海とそこに映えた茜色の空が印象深かった。透明な色彩の中に、えげつない言動や切ない心象が描かれているのがとても素敵だと思った。
中に含まれるエピソードからしても、おそらくこれらの殆どは、西原の身に実際に起こったことなのだろう。それだけに、最後の「こんなともだちは一生できない」という言葉と後姿の三人を見て、またしても(以前に雑誌連載を読んだときもそうだった)ぐっとこみ上げるものがあった。西原の作品を読んでいると、穏やかで幸せなだけが人生ではないし、その人それぞれの人生ってものがあるのだなあ、と思わせてくれる。
やはり、お薦めです。
小説 TRIPPER (トリッパー) 2005年 夏季号」ちょっと真面目に「小説トリッパー」を読んでいたら、今期の朝日新人文学賞の発表があって、内容を見ていた。ああ、そういえば2chの阿部和重スレで「阿部ちゃんが「全部×」って言ってるよ」とか書かれてた気がするなあ。確かに、タイトルがそのまんまだ。本当は新人賞は無しにしたかったけれど、話し合いの結果出すことになったんだとか。やっぱり、多少難があっても「可能性に賭ける」みたいな感じで世に送り出しちゃうのかね。まあ、朝日新人文学賞ではあるんだけれどさ。
候補作の中で一編、ミクシィを扱ったものがあった。まあ、ミクシィでの人間関係とかそういう辺りではあるのだろうけれど。で、結局どこに難があるかと言えば、批評の目が無いこと。あー、これは分かる気がするなあ、と思った。その辺りがないと、文学としてきつい気がする。佐東歩美「クレヤボヤンス マイミクシィ」がそれ。重松清と高橋源一郎が「『なんクリ』を思い出させる面があるが、まだまだ。読んで勉強せい」と言っている。
それと、全般的に大人しいっぽいね。求めているのは「うまさ」よりも「書かずにいられない切実さと」か荒削りな才能とか何だろうけれど、小さく纏まり過ぎって感じ。斎藤美奈子が一刀両断してるけど、他の人もこの点には触れている。
実は目当てで買ったはずの特集(「創刊10周年インタビュー この十年、作家と仕事」)は、意外に読んでなかったり。やっぱり好きな作家の文章しか読みたくないもんだね。かえって永江朗のブックガイド「この10年、新人作家のその後をたどる10冊」がもうちょっとボリュームあって掘り下げて欲しかったなあ、と思う。
中原昌也の新連載は、中の写真が相川博昭氏。文中、登場人物としても(友人の愛川として)出てくるが、実物を見た限りではこんな凶暴な人間とは思えないので、中原氏の創作かどうか知りたいところ(笑)。内容は、まあ、中原氏の私小説とも取れなくはないようなもの。表現するものの傲慢さに敏感になっている。さて、では自分はなぜその表現する側に回っているのか。今後、何かその辺に関して出てくるかな。
レアード・ハント(柴田元幸訳)「インディアナ・インディアナ」は、確かに一見訳分からない。でも、そのまま読み進めたくなる「何か」があるなあ。これは1/3。先日のトークショーでも言っていたのだが、この後、1/3ずつ書きあげて掲載されるのだとか。これはまだ読んでいる最中なので、終わったところで感想が書ければそうしたいと思う。
_ kdmsnr [うちはうまくWikiを活用できてないんですけどねw]
_ にじむ [ええー、ばっちりじゃないですか。どんなCMS使ってんのかと思っちゃいますよ。]