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2005年08月01日 (月) [長年日記]

_ [Life][health]風邪治ったっぽい

 土曜日からの風邪だが、昨日のアイスノン効果か、今朝は特に身体も痛くなく、喉のいがらっぽさもだいぶ取れていた。良かった。何とか今週1週間、乗り切ろう。

_ [季節]初花火

花火  昨晩は大森さんのお誘いに乗っかって、今年初花火。時間にして1時間程度と短か目ながら、変わり花火も多く、楽しませる演出になっていたなあ、と思いました。トキオ社長は花火の音が恐いらしく、両耳ともふさいでいて飲み食いが自分自身でできない状態に。でもタッキーから「ほら、今は音がしないから拍手しないと」と言われると、必死になって二、三度手を叩き、瞬く間にその手は耳へ(笑)。ちょっと崩れて形が分からないものだと何でも「餃子!」と言うので、どうも餃子型が多い花火群だったようです。キリカちゃんの方は特に恐がりもせず乳母車にちんまりと。安田ママさんの息子さんはやはり初花火だったのだけれど、最初に会ったときの不機嫌さはどこへとやら飛んで行ったようで、始終ご機嫌でした。

 その後、焼肉屋の宴会では、古山さんに色々質問したり。山田風太郎の短編を、とりあえず読んでみようと思った。それと、意外とこういうところは出版社の人も見ていることもあるようだから、まあ、気をつけたって仕方ないけどそういうことは肝に銘じようと。いや、単に実際に読まれているのを知ったときの気恥ずかしさというか。

 大森さん、幹事役お疲れ様でした&お誘いくださってありがとうございました。焼肉おいしゅうございました。参加のみなさんにも親しくしていただけて、とても楽しかったです。

 それにしても錚錚たるメンバーで、ホントに参加していいのだろうか、とどきどきしちゃったよ。最終的には知った顔がいたから良かったけど。


2005年08月02日 (火) [長年日記]

_ [読書][読み中]松田公太『 すべては一杯のコーヒーから (新潮文庫)(松田 公太)

 あー、飽きっぽいな、私って。そういう訳で、起業家エッセイ。彼は父親の赴任でアフリカ(セネガル)やアメリカで長く生活した後、日本の大学に入り三和銀行へ入社する。今読んでいるところはまさにその真っ最中で色々な矛盾と戦っているところなのだけれど、いや、バイタリティあるし、言ってること、やってることはいちいち正論。「だからそうは言ってもなかなかこんなことはできないっすよー」と口答えしてしまうのは私のようなのんべんだらりと生きている人間だからで、彼のような人間からすれば、信じられない無駄な存在に見えるに違いない。

 既成の常識にとらわれず、しかし折角合格していたアメリカの大学入学資格を蹴った上で日本の学生生活を送ったという彼は、冒頭で言ってるように夢を持ち、目標を持つ人なのね。節目節目でしっかりした目標を持つからこそ、その期間を有意義に過ごすことができる。アメリカから短信帰国して日本の大学に入ったのだって、日本に海外のいいものを紹介したり海外に日本のいいところを紹介したりするためには自分自身が日本というものをきちんと知っておく必要があると考えるからだし、あの空騒ぎのバブル末期、三和銀行に就職を決めたのは、大学の先輩の一言からだった。まあ、それが本当に有効だったのかどうかは分からないのだけれど、こうやって結果を出しているということは、少しは影響があったのだろうな。

 傍から見ていると疲れそうではあるけれど、これだけのバイタリティと気迫があったからこそ今のタリーズコーヒーがあると思えば、感謝したくもなる。エッセイだから読み心地も軽く現在半分くらいまで来ているので、多分今日か明日中には読み終えるのだろうな。そしたらまたずっしり来るのに手を出すとしようか。

_ [買った本]買った本

 ブックファースト渋谷店にて。

 あーーー、当てにしてたものが無くてショック。仕方ないので売り場をうろついて、まだ買ってなかった『アブサロム、アブサロム!』を購入。講談社文芸文庫で出てたんだね。これは池澤夏樹の『世界文学を読みほどく―スタンダールからピンチョンまで―』に取り上げられていたもの。

 そういえば、『アナ・トレントの鞄』はサイン本だったよ。ユニットなのにサインってこれいかに(笑)。


2005年08月03日 (水) [長年日記]

_ [読書][読了]松田公太『 すべては一杯のコーヒーから (新潮文庫)(松田 公太)

 体験記としてもエッセイとしても、それなりに読めると思う。自力で何も無いところから創業した人たちに共通するものなのだろうけれど、既成の論理にとらわれず、まずは自分でやってみる、というところは本当にその通りだよなあ、と思う。というか、この人の考えることはいちいちまっとうだ。ただ、それが当たり前の世の中にいると「別に自分が頑張らなくても」と思ってしまうのだが、思春期を海外で過ごしてきた彼には、また違った思いがあったのだろうと感じられる。

 元々優れた才能と身体があった人なのだろうけれど、それに機会が加わっている。ただ、チャンスを生かし才能を最大限引っ張り出すのもまた才能と努力によるものだろうし、そのための努力をしていることはちゃんと見えてきている。年齢で言うと私よりひとつ年下なのだけれど、アメリカで1年飛び級してるんだね(アフリカ時代の教育では追いつかなかった数学を、日本に帰国してから猛勉強したおかげのようだ)。よく学びよく遊ぶ、の典型のような子ども時代を送ってきていて、辛いことは沢山あったのだろうけれど、それらが血となり肉となっているんだろうな。既にアメリカで入学資格のある大学があったというのにわざわざ単身日本に帰国して筑波大に入るというのもそれ相応の考えがあってのこと。この人は、何かを決断するときに必ず「自分の将来にこれをどう生かすか」を考えて行動しているようだ。これはやはり、日本にいて「あるのが当たり前」の生活を送ってこなかったからかも知れない、とも思う。父の仕事で海外生活が長かったというが、これもお決まりのエリート商社マンや外交官ではなく、漁業関連の事業のためだったというのが面白い。父といえば、ちょっとびっくりしたのが、この本の中では人名がやたらと出てくる。祖父母の名前まで我々何のかかわりも無い読者が知ることになるのだが、これって日本ではあまり無いことだと思うのだけれどどうだろう? 海外のこの手の本では当たり前のことなのかな。

 就職も、ちょうどバブルの最後のピークの時期。リクルート合戦の話も、なんだか懐かしい(ここまでえげつないことは経験して無いけど)。その後の銀行員生活で経験した組織という矛盾や不正。事なかれ主義で感情が入り込む人事。建前ばかりの検査。ああいうお堅い場所であればなるほど、さもありなん、だ。そこから独立してタリーズと契約しお店を始めるところからが本当は注目の物語なのだが、それまでのところで十分ひとつの物語になっているように思える。

 この人のやってることは、いちいちまっとうなのですよ。タリーズに惚れこめば社長に面会を求め、叶わないとなると日本からしつこく提案書をメイルで送りつける(ウェブサイトに明記されているコンタクト先に)。梨のつぶてでも諦めず、何とか道を開けさせてしまうところは、本当に読んでいて気持ちがいい。せせこましいお役所仕事に憤ることもあるし、大会社の抜け駆けに愕然とすることも。しかし、決して立ち止まらず自分でできることは可能な限り試してみる。そういう精神を見せてもらったような気がする。

 勿論、これは本人から見たものなので、周囲から見たものはまた違ったものが出てくるのだろうと思う。けれど、創業者、経営者がこうやって自分の来た道やスタンスを節目節目で出していくことはとても大切なことだと思うし、この人は、その気持ちをずっと忘れないのではないかと何となくだけれど思う。

 あれほど流行っているスターバックスのレギュラーコーヒーがひどくまずくて「やっぱりアメリカのコーヒーは駄目だ」と思っていたところにタリーズのコーヒーを飲み「いや、そんなことはないかも」と改めて見直した私にとっては、ここで書かれていることは全て面白く読めた。タリーズの豆の話、それを日本で焙煎できるように交渉した話(この辺もひとつのクライマックスだと思う)、ビルや病院内への出店へ意欲的だった話などなど、ああ、そういえばあのオフィスにはこの店舗があったよなあ、とつい思い出してしまう。そうそう、パンのメニューもおいしいんだよね。色んな工夫を、日本独自でしてるんだよな、というところは、とても好感が持てた。

 これからこの会社がどうなっていくかにとても興味がある。大きくなってもこの精神でやっていければ、私は相変わらずタリーズに通い続けるのではないか。お茶のお店を始めたこと、その店名の由来も聞けば納得。問題意識を持ち、それをどう乗り越えていくのかを自分で具体的に考えていく。ここが原点なのかな。

_ [health]風邪ピーク

 月曜に何とかおさまったと思われた風邪は全然終わってなかった。火曜の夜体温計を買ってきて計ってみたら7度6分。まあ、そんなに高いわけではないけど、この調子だと日曜日からこの調子が続いていたっぽい(もしかして土曜日から?)。日曜はたまたま関節に痛みが出たので気付いたのだけれど。このまま頑張って会社に行きたいところだったが途中で力尽きてもナニなので、大事をとって病院へ行くことにした。だるかったので午前中いっぱい寝て午後の診療で。結果は、普通の風邪で喉と気管支がちょっと炎症を起こしている、という程度。よく見ると去年の今頃も風邪を引いてるみたいで、どうも半年に一遍はかかって当たり前の様子らしい。今年の冬は病院に行ったけど、今までは行かないで何とか済ましてきただけか。

 貰ってきた薬を飲んだらだいぶ良くなったので、やっぱり行って良かったのかな。


2005年08月04日 (木) [長年日記]

_ [読書][読み始め]トマス・ピンチョン『 競売ナンバー49の叫び (サンリオ文庫)(トマス・ピンチョン/志村 正雄/Thomas Pynchon)

 まだまだ最初の方なんだけど、思いっきりパラノイアの症状だなあ。周囲の人はみんな変。しかも、死んだという昔の恋人が輪をかけて変。というか、不吉な予感さえするね、この存在は。

 物語全体は掴みにくいけど文章字体はとても読みやすく、これは訳もいいのだけれど原文自体もそうなのだろうなあ、と思わせる。

 実は初ピンチョン。夫の、実家に置いてあった本をいくつか正月にピックアップした中にあったのだが、彼はこれを大学生のときに読んでるのかよー。奥付が1985年なので、高校生だったということはおそらく無いだろう。

_ [買った本]買った本

 ブックファースト渋谷店にて。

 浅草キッドは、この文庫と6日発売予定の単行本でサイン会やるらしいっすよ。平日の夜なので来れる人は限られると思うけれど、先着150名なんでまだまだ大丈夫っぽい。ていうか、この手の人のって誰が買うんだろ(自分です)?

 『七悪魔の旅』は、先日の読書会で全体的に評判の良かった短編を書いたマヌエル・ムヒカ=ライネスのもの。この人も博学らしいけれどそれを小難しく描くのではなく、楽しく読めるように書いているのだよね。そういう訳で、こちらも楽しみ〜〜。ただ、これが中央公論新社から出たからなのか何なのか(全くのノーチェックだったよ)、全然今まで存在に気付いていなかった。隈なく探してみたところ、ファンタジー棚の平台の、一番右奥! こりゃ忘れ去られた場所っぽい雰囲気になるので、わかんねえっすよ。装丁も魔法使いとか出るファンタジーっぽい感じになってるしな。


2005年08月05日 (金) [長年日記]

_ [misc]さようなら杉浦日向子さん(by 松田哲夫 in 筑摩書房サイト)

 杉浦さんの人柄が伝わる、いい文章だと思った。身近で過ごした人だからこそ分かる何気ない出来事や様子などが伝わってくるようだ。

 それにしても、ソバの方にシフトし始めたのが(勿論、江戸風俗を得意にしているとのこと、以前からだったのだろうが)ご病気のせいもあったと知って驚いた。それからあのような精力的で魅力的な活動をされていたのだということが。本当の趣味人というのは、こういう方を言うのだろうと感じた。今年の一月にもひとり船旅をなさったとのこと。その「強さ」には、心底憧れるが、近づくのは容易ではないのだろうな、と感じた次第。でも、目標となる人のひとりができたような気がする。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ オオタカ [「松浦さんの人柄」ではなくて「杉浦さんの」ではないでしょうか。 スルーしようかと思ったのですが一応人名なので。 。..]

_ にじむ [がーん。指摘ありがとうございます。どうも混同してますね。頭の中では分かってるつもりなんですが。]


2005年08月09日 (火) [長年日記]

_ [買った本]買った本

 ブックファースト渋谷店にて。


2005年08月13日 (土) [長年日記]

_ [買った本]買った本

 有隣堂書店横浜駅西口ザ・ダイヤモンド店にて。結構品揃えがいいのね。驚いた。売り場が分かれてなければ、というか、レジが分かれてなければもっといいんだけど。

 その後、近所のブックオフにて。

  • 『虚構船団の逆襲』筒井康隆(中央公論社) 105円
  • 『たそがれは逢魔の時間 大島弓子短編集2』大島弓子(小学館) 105円
  • 『モロニック・インフェルノ』マーティン・エイミス(古屋美土里・訳)(筑摩書房) 1,400円

 外れ無しのくじ引きやってて、3度続けて白い玉が出た。一番下の50円割引券(この店限定)を貰ったので、また来なければならぬ。


2005年08月15日 (月) [長年日記]

_ [Life]職場復帰

 夏休みが明けて久々に職場へ。今回は珍しいことにまるまる休めたので、休みボケがものすごいことになりそうだ。いや、1日目は泣きながらHTMLファイル作ってたけどね(トラブル対応)。

_ [本の話][web]夏休みだねえ

 私のサイトにもこの時期はいわゆる名作のタイトルと「感想」とをキーワードにしたお客さんが多くなるのだけれど、これは自分で苦肉の策で考えたん(友達の口コミもあるんだろうけれど)だろうし、まあ、私の感想そのまま書いても先生が見れば「お前、これ自分で書いたのか?」とすぐに分かるだろうから別にいいや、と思ってた。が、なんと雑誌で「裏技」として載ってたんですってよ〜。こりゃびっくりだ。

 ARTIFACT@ϥƥʷ - ֥֥ƥפɽʸͥåȤ饳ԥڤƽ񤳤ȤƤ経由でϤƤʥ꡼ - ƤʤӤȤϤߤĤȤƤ椯 - ɽʸ򤰤äƽ񤯤Ȥ"΢"にうかがって知った話。セブンティーン、投稿内容がどういうことかくらい、チェックしてくれよ……。まあ、自分の担任する生徒だったらその人がどんな文章書くかとか予想される感想まで分かるだろうから、普通に真面目にやってる先生なら見抜けるんじゃないかね。カレーの作り方書いても通るようなところだったらそのままスルーだろうけれど、中身を読まないんだったらわざわざ検索しなくたっていい訳だしね。

_ [書店話]渋谷の大盛堂書店本店

 少し前に渋谷の大盛堂書店本店が閉店でさびしいと書いたが、ちょっと勘違いしていたことが分かった。ちはらさんの過去日記を拝読してて気付いたのだが、3年後に復活ということらしい。新文化の過去ニュース(6月1日付)を見ると、あのビルは損保ジャパンのビル(生保のビルだと勘違いしてた)の建て替えに伴うもののようだ。まあ、アナウンスでは復活とは言ってないので、何か流動的な要素があったりするのかなあ、なんて邪推したりもする。

 とは言え、数年前とはがらりと様相が変わった渋谷でそれなりの集客を目指すには、何か大胆なアプローチなどが必要な気がするけれど、何か秘策はあるのだろうか?

_ [リプライ][本の話]読書感想のコピペ(≒剽窃)の話

 実はこの話を読んだ時に真っ先に思い出したのが向井さんの日々の愚痴だったので、乗って下さってとても嬉しい(笑)。まあ、コピペの人というのはアナログの時代の頃から語尾や論旨の一貫性などは気にしてない(とりあえず「出した」証拠があればいい、くらいのもんか)もんだし、文章の質がガタガタになるから「見りゃすぐに分かるだろう」とは書いておいたのだけれど、具体的なことは敢えて書かなかったのだよ。

 まあ、文章をこんだけ書くのが好きな私でも学生の頃は読書感想文の類が大っ嫌いだった。推薦図書もぴんと来ないものが多いし、先生の求めているのはそこからどんな教訓を学びとったか、とか、そういうプラス方向のものばかりだと分かっていたので、期待通りに書くのが苦痛だったということもある。そんな分析も今だからこそできる訳で、当時は読書好きを自認しているだけに妙な後ろめたさばかりが残って、今でも嫌な思い出だ。

 おまけに、意識の行き違いというのもある。読書感想文を課題とする先生側の意図としては「普段はひとっつも活字なんか読まないんだから、夏休みの長い期間にこのくらい読んでおけ」と思っているのだろうが、課題を出された今の子どもの方は(ごく一部を除けば)そんな気はさらさら無いのだろう。だから省力化しようというのも分かるし、自分の身の内から出たものじゃないのを平然と出せるなんて信じられない、と言ったって、どうせ自分のものだとはこれっぽっちも思ってないのだから意味がない。とりあえず未提出は避けたいから、出した証拠が残ればいい、ってなものだろう。もしかしたらその中にもスケベ心が働いて、素敵な感想を我がものとする人もいるかも知れないけど、そういう人の方がまだ救いがあるのかも知れない(いや、そんなことはないのかな)。

 どうせ機能しない読書感想文なんてもう止めておいて、他の課題を考えた方がいいんじゃないかと思うんだけどなあ。教育の場が固着しちゃってるのも問題なのかも。

 因みに、受験のテクニックなどでもよく触れられることだけれど、国語っちゅーのは読解力よりも、その出題者がどんな答えを書いて欲しくてこの問題を出したかを推理する能力を発揮する場なのですよ。って、これは「ドラゴン桜」でもあったね。まあ、文章を読むのではあるから、最低限筋を掴める程度の読解力は必要なのだろうけれど。

反応

 私は国語の教員免許持ってるから余計に国語教育が気になってるのかもね。

 文章力と思考能力を見るのであれば、小論文が最適だとは思います。ただ、面白くないんだよねー。折角の夏休みだから娯楽とお勉強を一緒にしましょうと始まったのが読書感想文だったんじゃないかなー、と思うのですよね。ただ、結局それが「形式」になってしまうと、段々と硬直化していってしまうというパターンではないでしょうか。多分、「読書感想文は必要か否か」で毎年先生同士が議論すればそれぞれの考える意義も確認できていいような気がしますが(って、なんだか大学の文化祭を思い出すなあ)。

 手紙を書かせるというのは、確かにその人の持っている常識度(この辺りは、学校に入って人間関係をうまく築くことができるか、にも繋がるでしょうし)とか形式をどの程度理解しているかとか、文章力の他にも見ることができて、なかなかいいですよね。やらされる方はたまったもんでは無いでしょうけれど。私はそれが入試だったら狂喜乱舞するかも(笑)。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ 向井 [コメント書こうとしたら長くなったので、日記に追記しときました。ねんのため。 http://www.jmuk.org/..]


2005年08月16日 (火) [長年日記]

_ [本の話][映画話]『間宮兄弟』映画化

 テレビを見てたら、江國香織の『 間宮兄弟(江國 香織)』映画化という話を知った。お母さん役が中島みゆきかー。しかし、隣に並んでいるのが塚地だからなのか何なのか、すごく顔が小さいのに驚いた。いや、比較の問題ではない。恐ろしく小さすぎる。そういえば普段、他の人と一緒の映像を見ることがあんまり無かったかも。

 つーか、この本も早めに読まないとな。普通の江國作品とはちょっと違う印象があったのでハードカバーで買ったんだよな。読み始めはこの世界観に魅了されたけれど、さすがに自分のパーソナリティ&嗜好と全く違った作品を「好きだ」と思い読み続けるのは、数年前から辛くなってきたのだ。

_ [Life]地震

 宮城県南部で震度6弱だったそう。思ったより大きい。2年前だったかの宮城県の地震は確か北部だったはずで、震源地が違うなあ。私は丁度お昼ご飯の買出しに行こうと席を立った瞬間で、最初は気付かなかった。多分、周囲の騒ぎもあり、横揺れに移行してから体感したのだと思う。

 席に戻ってきてから実家に電話をしてみた。最初は話中でなかなか掴まらなかったが、父の携帯と交互に掛けてたら数分後、自宅の方に繋がった。宮城県の南部ということでそこそこ近いので心配したのだけれど、特に事故は無かったようだ。震度4だったそうで、冷蔵庫の扉が開いたのと、食器棚の中の食器を重ねたのが崩れかけていたことくらい(戸は閉まっていた)。元気そうな声を聞いてとりあえず安心した。母によると「宮城県沖地震を思い出した」そうで、確かにそのくらいかも知れない。というか、あっちの方はあまり大きな地震が無かったので、遡るとその辺りになっちゃうんだよな。

 と、asahi.com Ͽ̾ - ŷを見ると、福島県沖でもその数十分前に震度1の地震があったらしい。関連してるのかなあ。

 でも、仙台の屋内プールの屋根が崩れて落下とか、埼玉の民家が崩壊(え?)とかで、けが人が出ている模様。新幹線も止まっていて、某所で足止めを食らっている人の報告がmixiでも。

_ [買った本]買った本

 帰りがけの書店にて。


2005年08月17日 (水) [長年日記]

_ [季節]不快指数が下がってる

 昨晩の帰り道は少し肌寒いほどで、しかも空気が程よく乾燥していたので、気分よく歩くことができた。今朝は随分と照っていたのでこれは今日も一日辛いなあ、と思っていたのだが、一歩外へ出てみると、日陰は涼しい。今日も引き続き、湿度が低いらしい。とてもいい気分だ。

 それにしても今年の夏は、あまりひどいカンカン照りが無い気がするなあ。実は、今年は一度も日傘を使っていない。紫外線が強くなりだす頃から早速日傘を使う人も多いのだけれど(いつからあんなにUVに敏感になったんだ? ちょっと昔(もっと昔はまた違う)は日傘といえばおばさまの記号だったと思うのだけれど)、単なる日差しよけとしか使ってない私は、日差しが強くて耐えられないときしか使わない。で、今年はまだ出番が無いわけだ。今まで無いのだったら、今後も無いんじゃないかと期待するのだけれど。

_ [読書][読み始め]高橋哲哉『 靖国問題 (ちくま新書)(高橋 哲哉)

 出てすぐにピンと来て買ったのだけれど、そのまま放っておいた。どうやら、結構評判いいみたいですね。今年の終戦記念日も終わってしまったのだけれど、この機会に読んでみることにした。あ、『競売ナンバー49の叫び』も読んでますよ。昨晩、持ち帰るのを忘れてしまって、今朝手持ち無沙汰だったのですよ。

 遺族感情についてまず考察。確かに、靖国神社という存在をどう捉えているかで全然変わってくるのだけれど、双方とも激しい感情があるという話。それは「血」という言葉に込められていたりする。一方で、戦前の、息子を靖国神社に祀られた母たちの対談の引用。つまりは、一種の思考停止だったのだよね、多分。日本国という宗教があり、靖国神社がある。そこに祀られることで戦死者は神になるという考え方は日本国中の殆どが思っていた(少なくとも表面的には)訳で、それ以外の感情や考えが出てきても、処理できなかったのでは無いか。著者が続いて同じ対談から引用しているが、そこには子どもを突然亡くした悲しみと、それを打ち消そうとする様子が感じられる。

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

_ れん [私も日傘は主に日差しよけ目的で使っているのですが、最近の日傘はUVカット効果のせいか、生地がゴワゴワして手触りが悪い..]

_ ニム [おほほ、わたくしは高校生の頃からずっと愛用してましてよ。そのころから日傘の好みは変わってないのですが、最近は気に入る..]

_ にじむ [おし、稼働率80%まで来た。 >れんさん 確かにゴワゴワのが多くなってますよねー。あのUV効果も、数年しかもたないそ..]


2005年08月18日 (木) [長年日記]

_ [書店話]ありがとう! 旭屋書店渋谷店

閉店のご挨拶

 今日は書店に寄るつもりじゃなかったのだけれど、デパ地下で買い物した後、ちょっと足を延ばした。ああ、駅構内ですべてが済んじゃう渋谷って素敵。

 そしたら、旭屋書店のドアのところに、閉店の挨拶の貼り紙が。ああ、とうとう……本当のことなんだね。ここには、ブックファーストが無い当時、本当にお世話になったんだよなあ。貼り紙によればここで30年間営んできたそうで、そりゃあ風景の一部になるわなあ。次から次へと書店が出店して、かなり厳しい状態だったんだろうなあ。

 で、ふと定点観測のように見ている岩波文庫の濃いピンクの背表紙を眺める。ターゲットは、その赤い背表紙が終わる辺り。ここは「ヨーロッパその他の地域」の場所なのだ。まさかなー、と見やったところ、そこには目を疑うようなものが。え、ここ、以前にも何度かチェックしてたよな。何故ここで今これが? 版元品切れ重版未定ってヤツの、フアン・ルルフォの『ペドロ・パロモ』でした。既に読んでいる人から「あれは名作だ」と聞いても、手に取れないこのじれったさ。ネット古本屋さんで探してみようかなー、とか思ってたところだったのだ。何という僥倖。多分、本の神さまが私にプレゼントを下さったんだわ。

 震える手で手に取り、どきどきしながらレジに持っていった。いや、誰も「お客さん、これは売り物じゃないんですよ」とか、「これは正価では売れないんですよねえ」とか言わないって!

 閉店日は、8月31日。普通のお店と違って、閉店大安売りとかやらないのね(その分、ちゃんと新しい本が入っている)。

_ [買った本]買った本

 という訳で旭屋書店渋谷店にて。

 「SD」は、Wikiばなプレゼンツな連載記事第二回。記事自体はざくっと読んだのだけれど、Wikiがどうやって動くかの解説してますよ、塚本さん。それにしても、こうやって身近からいい情報が発信され、活躍している様はいいもんだねえ。あ、『ハッキングLinuxザウルス』第二版出たんだった。今日買ってくるの忘れちゃったよ。

 ホントは、今日はブックファースト渋谷店で、浅草キッドのサイン会だったんだよなあ……。4番だったんだよなあ……。やっぱり行けなかったなあ……。っていうか、文庫にサインして貰うのとても大変そうなんだけれど。


2005年08月20日 (土) [長年日記]

_ [季節]玉川花火大会

ニンニクと野菜のフリットのカレー  例年であれば両岸で世田谷、川崎の花火合戦が見られるのだが、今年は川崎側でしかやらないということで、対岸の二子玉川側で見ることにした。朝起きたら午後2時。驚いて飛び起きたら、その時計は止まっていて実は11時頃だった。暫くぼーっとしてからとりあえずシャワーを浴び、出かける準備。2時半頃に到着して遅いお昼にした。夫の希望がカレーだったので、高島屋1F、つばめグリル奥にあるアッチャカーナへ行った。実は同じ場所にあるカフェは何度も行っているのにこちらは初めて。数年前までは、外でカレーを食べることは考えられないくらい辛いもの嫌いだったからなあ。「スパイシーな味」とあったので散々悩んだ末にニンニクと野菜のフリットのカレーを注文。夫はチキンカレー。思っていた通りおいしそうな色とりどりの野菜がきれいに盛りつけられてあって満足。揚げニンニクが効いている。実は、カレーがもう少し辛いと思っていたのでラッシーも頼んでいたのだけれど、要らなかったかも……。正直、もう少し辛い方がよりおいしくなるんじゃないかと感じた。ああ、私も変わったものだなあ。干しぶどうとスライスアーモンドが薬味として添えられている。食後に、デミタスのアイスコーヒー(ミルク入り)とクッキーがサービスされたのは気が利いてるかも。

夕焼け立派な入道雲  その後、食料を調達するのに地下の食料品売り場へ。ちょうど韓国料理フェアをやっていたので、豚足とニラチヂミを購入。飲み物は駅近くのプレッセで買い込み河原へ。

 河原は、陽射しが強く暑いけれど風が吹いていて……というか、時には突風となっていて、日が傾く頃にはだいぶ過ごしやすくなっていた。アルコールを飲み過ぎないよう、水やお茶で調整しながら開始時間(19時)を待つ。途中で始まる前にトイレに行っておこうと思ったのだが、かなり遠いところに一箇所あるのみのようだ。効率よく行こうと考えていたのだけれど先に行った夫が「人が沢山並んでる」と言うので、1時間前に行くことにしたら案の定、打ち上げ中にも行きたくなってしまった。後、既に御飯は食べてるから、食べ物は要らなかったね。枝豆くらいがあればいいくらい? トイレは、列の制御ができて無くて、通路となってしまったところで一悶着起きていた。うーん、このトイレって、ちょっとやり方がまずかったように見えるね。

 そういえば、ナナホシテントウとバッタを見たよ! 自然だ! その他、打ち上げが近づくと空をばたばた飛ぶものが。「ああ、鳥が驚いてるのかなあ」と呟いたら夫が「あれはコウモリだよ」と。ええっ、コウモリなんか初めて見た(というか、今までも鳥だと思って他のだろう)。確かに、ちょっとシルエットと飛び方が変だなあとは思ったのだけれど。

花火  花火は、結局1時間で終わった。けれど、演出がかなり凝っていて、オーソドックスな花火が多かったけれど十分に楽しむことができた。これで今年の花火は見納めかな。

 その後、近所の小料理屋に寄ったら丁度ママが外でお客さんの相手をしていて、席は空いているというので入れて貰えた。でも、多分、一見さんを断っていた感じ。申し訳ない。いや、私たちも予約しておけばいいのだけれど。忙しいのが少し緩んでから、ママと三人で話をし、この店の身の上話を聞かせてもらった。私たちが行くようになった1年前くらいに始めたばかりなのだそうだ。ママが美人なので絶対に銀座で人気ホステスとかやってたんじゃないか、と踏んでいたら、意外や意外、主婦だったと知って驚いた。もっとも、その前もやはりこういうお店をやってたそうだ。しかし、結構若い頃だよな……。旦那様がとても舌の肥えた人のようで、その辺りもここの味になってるんだなあ、ということが分かった。何だかんだ言っても充実した人生を送っているのがこちらにも見えるので、それがここに来ると楽しいんだよな。

_ [読書][読了]トマス・ピンチョン『 競売ナンバー49の叫び (サンリオ文庫)(トマス・ピンチョン/志村 正雄/Thomas Pynchon)

 本編のみ読了。しまった! この後に用語解説があったのか。まあ、無いで読んでみてもそれほど支障はないし、用語解説を参照しながらもう一度読む、という方がいいかも知れない。

 昔の恋人で莫大な遺産を持った男の遺産管理人に任命され、その過程で「W.A.S.T.E」やトライステロ、不思議な喇叭のマークなど不思議なものを見聞きし、どんどん謎解きにはまり込んでいく。だが、あともう一歩というところで周囲の謎の鍵を握る人々はどんどん彼女の前から去って行ってしまい、もしかしたらそれらは既に亡き元恋人の大掛かりの罠? それとも本当のこと? と疑心暗鬼に陥る。

 なるほど、陰謀論とかそれを信じてる人々とか、寄る辺無き魂とか、そういうものを描いた現代的な作品だといえる。現代的というよりも、前現代ともいえそうなのだが。

 夫の昔の蔵書から何気なく引き抜いてきたものなのだけれど、池澤夏樹の『世界文学を読みほどく』のお題のひとつにもなり、今年のSF-セミナーの企画「最強の文学」のリストにも入るものだったので、偶然持って帰ってきたのは正解だったと思う。これが初ピンチョンでよかった。そんなに、物語自体を読むのは難しくない。ただ、仄めかされているように見える謎を解いていこうと思うと、エディパのようになりそうだなあ、とは思った。


2005年08月21日 (日) [長年日記]

_ [読書][読了]リリー・フランキー『 東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~(リリー・フランキー)

※この感想は、最初から展開がうすうすながら見えているので、ラスト近くの部分まで言及しているところがあります。そういうものを読みたくない方は、この文章は読まないよう、お願いします。ネタバレというほどでもないので、特に隠したりの処理もしません。

 泣かせよう、泣かせようようとしている本はあざといところが見えすぎて嫌いなのだが、これは、泣かずにいられない。寝しなに少しだけ、と真ん中辺りを読んでいたらそのまま朝までノンストップ。タオルはぐしょぐしょになり、ティッシュも発動。ゴミがいっぱいになってしまいました。

 始まりは、小倉。酔うと暴れるお父さんに投げ飛ばされる弱虫の主人公。やがて両親は別居し、母親の実家である筑豊で育つことになる。土地の空気が合っていたからか、この頃から本領発揮。元気でやんちゃな子どもへと育つ。子どもながらに懸念する、両親の微妙な関係、双方の祖母、学校の友達、煙突の街(製鉄)から煙突の街(炭鉱)へ。やがて唯一の地場産業は斜陽となり、街の大人たちは……。そんな中で、お母さんは元気だ。おそらく、周囲とはちょっと違った価値観で、しかししっかりと家庭を切り盛りしていく。箸の持ち方はいい加減でも、よそに行ったらお漬物は最後に食べなさいと厳しく諭す母。どんなに貧しかろうと、着るものと食べるものは惜しまずいいものを与えた母。そんな母を間近に見てきた一人息子は、さぞかしいい子に育つだろうと思いきや。

 もうですね、あのリリーが、母のこと、自分の生い立ちを文章にした、というだけでもびっくりなのに、その内容がこんなんで、しかも発する言葉が小倉(筑豊?)弁、これはもう、最強でしょう。人は誰でも一度は小説を書けるという話を誰かに聞いたことがあるが、もしかしたらそういう類の作品かも知れない。だから、この後もしまた小説を書くとすればこれとは全く違ったものになるだろうし、どういうものになるかは想像できない。逆に、これが唯一であればあるだけ、この作品は私の中での価値が上位に、特別にあり続けるのだと思う。

 これを書いたとき、彼はどんな気持ちだったのだろう。そう思いながら読み進んだ。親元を離れ、大分の高校に進学して初めて味わった自由と裏切り。その後、進学で東京に出てから自堕落に過ごした日々。初めてあり余るほどの自由を手にしての戸惑いが、同じ経験をしてきた私には痛いほど分かった。いや、これほど大胆に羽目を外すことはできないし、自分の家に余裕が無いのが分かりながらも金にもだらしなくなるのはちょっと理解しかねる。しかし、そんな子どもでも、風疹にかかって動けなくて辛いと電話があれば、朝イチの新幹線で看病に駆けつけてしまうのがまた親であり、そういう面は私もいくつも見てきた。親に申し訳なく思いながらも自堕落な毎日を送ってしまう子どもは、もしかしたらその愛情を悪用しているのかも知れない。でも、それでも捨てることができないのが、また親なのかもしれない。私もこれとは種類がまた違うが数々の心配と苦労をかけてきた(親元にいる高校生までとその後とではまた種類が違うだろう)が、当時のことを思い出してしまい、どうしようもなく動揺した。

 主人公(ほぼリリーと思っていいだろうが)は、その後住むところの無くなった母親を、引き取ることになる。めちゃくちゃな生活もやっとのことで終止符を打ったところで、仕事も少しずつ順調になってきた。その矢先のことなのだが、こんな不安な時期に迷わず病身の親を引き取ることができる彼をすごいと思った。母親は数年前に癌キャリアとなっている。いい先生を紹介してもらい、声を失わずに済むことになり、ここでまた、二人暮しをやり直しているのだ。しかしここではリリーの友人たちが絶えず訪れ(仕事場でもあったからだろうが)、母の社交的な性格と料理の腕がものをいい、毎日を楽しく暮らすことができるのだ。逆に主人公としては、毎日二人きりで顔をつき合わせているよりはずっといい状態だったに違いない。

 話は主に3つのパートに分かれ、九州編、大学からの東京編、そして母親の闘病生活編となると思う。この最後のパートはとにかくしんどかった。死へ向かう母とそれを遣る方なく見守る息子。特に入院してから手術せず放射線治療をすることになるところからは、そういう肉親を持っている人にはとても読み進められないのではないかとも思う。しかし、そんな辛い場面を、よくもここまで書けたなあ、と感心してしまうのだ。もう二度と体験したくないであろう親の死への日々を、つぶさにリリーは文章にする。途中、彼が描いたであろう、ベッドで色んなものに繋がれた母のイラストがあるのだが、その視線と描線がとても優しくて、優しくあるほどの悲しい。

 この作品のタイトルは「東京タワー」なのだけれど、これは「家族」という確固とした「形」を持たなかった親子の、唯一の中心点として存在したものなのではないかとも思う。東京タワーのふもとの病院で、母の手を片方ずつ繋ぐ父と息子。初めて家族らしい姿でいられたのが、この東京タワーの下でだったのだ。九州で過ごした家族が、遠く離れた東京の空の下でひとつになる瞬間。子どもの頃から幾度と無く憧れた光景が、ただ一人の家族の命が消えようとしているときに、初めて叶おうとしている。

 まるでエッセイのようなこの作品。どうしてエッセイじゃなく小説なのか、それを読んでいる間にずっと考えていた。これが正解ではないかもしれないがひとつだけ出た答えはこうだ。エッセイは、その人の考えたことだ。しかし、その人の体験が、文章で普遍的なものへと昇華できるとしたら、それは小説となりうるのではないか、と。これが間違っているかどうかは分からないけれど、私はこれは、小説だと思っている。

 私も「いつかはやってくる恐ろしい瞬間」に恐怖しながら、しかしそこを見ないようにして生きている。私は、そのときにどういう風に立ち向かえるのだろうか。

 エピローグで、母がいなくなってから初めて父親とはっきりとした繋がりを持つことができた彼がいる。家族の再生。そうも読み取れるかも知れない。

 何といっていいか分からないけれど、極私的にはお薦めしたい作品である。でも、こういう作品が要らない人にはもしかしたら私の感じる良さは分かってもらえないかも知れない。そういう類の魅力ではある。


2005年08月23日 (火) [長年日記]

_ [買った本]買った本

 ブックファースト渋谷店にて。

_ [季節]大雨のち晴れのち大雨のち晴れ

 会社にいる最中に、窓から遠い私の席でも土砂降りの雨の音。こりゃすごいなあ、と様子を見ていたら、自分が帰る頃は既に止んでいたので傘を持たずに出た。最近、こうやって途中で降られる(ひどい時は5分も歩かないうちに)ことが多いんだよなあ。それにしても、夏の間は雨の後は蒸し暑いものなのに、今日は寒いほどの風が吹いている。

 渋谷で外を見たら大雨。どうしようかと思案していたところ、暫くして小降りになったので文化村通りを歩いてブックファーストへ。やっぱりこちらの方が本が出てるなあ。

 今日は本を持ってくるのを忘れた上に朝電車に乗る時に売店による余裕がなかったので、乗換駅までZAKZAKをキャッシュに溜めつつ遡って活字を追うことにしたのに「ここまでして字が読みたいのか」と自分にツッコミ。

_ [読書][漫画][読了]大田垣晴子『 セイちゃん (1)(大田垣 晴子)

 今日は読むものを持ってなかったので、買ってきたその足で電車の中で読了。のっけから「スキップできない」という絵があり、爆笑。私も昔で着なかったので(自分ではできてると思い込んでいたのだが)シンパシーを感じてしまいました。

 セイちゃんというのは大田垣晴子をモデルにしたキャラクター。他の作品で偶に出てくる家族に目をつけた人が「描いてみたら?」といったそうですが、確かに若干抵抗はあるのだけれど、こういう「普通」を見るのもいいなあ。生まれたところは違えども、さほど年が離れているわけでもないのでその当時考えたことや感じたことなど、似てるところが多い。それぞれ、早熟だったりそうでなかったりするポイントは違ってる気がするが。

 三人姉妹の真ん中というのは、上がいない私には羨ましいけれど、結構大変なんだろうなあ。それと、お兄ちゃんが欲しい、と友達に言ったらおにいちゃんごっこされて、その横暴さ(友達もおにいちゃんになってみたかったのだろう)に辟易して「やっぱり要らない」と悟ったそうな。そのほかのエピソードもあり、お兄ちゃんは誰もがかっこよく優しいわけではないというのを、我が身を振り返って知るところなんぞ、私の自覚の仕方と一緒だー、と思った。そうそう、お兄ちゃんが欲しいって私は中学生くらいまでは言っていたのだけれど、母親に「お兄ちゃんといっても、誰もが理想の存在ではないんだよ」てなことを言われて我に返ったんだった。私だって理想とは程遠いおねえちゃんだったしね。

 自分と同じところや違ったところなどを較べたりして当時を思い出すのが結構楽しい。それは、淡々と、そして過去を丁寧に描いているサンプルが目の前にあるからであり、色んなものを喚起させるいい媒体になるんだよな、彼女の作品は。あ、そうだ。いろんなものを喚起させる媒体。私が彼女の作品に感じているのはそこなんだ。

 次の巻もあるらしいけど、既に大人まで来ちゃっている(一応、成長過程を辿っている)けどこれからどうなるんだろう? 大人になった家族関係?


2005年08月24日 (水) [長年日記]

_ [買った本]買った本

 ブックファースト渋谷店にて。

 そういえば、『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』の、朗読(勿論、ポール・オースター)CDがアルクから売られてますね。すごいや。

ポール・オースターが朗読する ナショナル・ストーリー・プロジェクト(ポール・オースター/柴田 元幸)

 それと、『チーズスイートホーム』の複製原画展を、ただいまジュンク堂書店池袋店でやってるとのこと。これは見に行かないと!

_ [読書][漫画][読了]こなみかなた『 チーズスイートホーム(2) (モーニングKCDX (2050))(こなみ かなた)

 週刊モーニングで隔週連載中。ペット禁止のマンションに迷い込んだ子猫が、その一家に内緒で飼われることになる。2LDKの間取りの1Fの部屋(個別の庭付き)、家族は、お父さん、お母さん、小さな息子。それにしても成長しない。前巻では、以前は飛び乗れなかった出窓にも自力で登ることができたし(家族にとっては大迷惑だが)、今回も、柔らかいペットフードではなく乾燥したカリカリのをお湯でふやかしてあげても良くなっている。

 この物語は、言葉も通じず、お互いの希望や意図を勘違いしてしまう様をユーモラスになおかつハートウォーミングに描いた作品だと言える。人間の方から観察したものは沢山あるけれど、動物側から描いたものといえば、きらの『まっすぐにいこう』(こっちは犬)とかか?

 今回の一番心に残っているエピソードは、牛乳のヤツ。お父さんの飲んでいる牛乳をちょっと貰ってその虜になってしまったチーが、もっと欲しいと盛んにせがんであれこれアピールしてみるのだけれど、どうもみんな違う風に解釈してしまう。そこへ、買い物から帰ってきたお父さんの買い物袋を見てみると、おお、そこにまさしくあの牛乳パックが! と、飛びつくと「チーはこれが好きなのよね」と、中身を抜き出した空の買い物袋を渡されてしまう。「違う、違う、その牛乳がほしいの!」とわたわたと暴れるが、それで起きたカサカサという音に気をとられてしまい、とうとう(案の定?)袋に夢中になってしまう。気まぐれで牛乳のお相伴をさせようとしたときには既にチーにはその声は聞こえない……という悲喜劇。これは、小さな子どもなどを描写するときにも使われる手かな。まあ、わたしでも似たような経験は大人になってからでもいくらでもあるが。

 この巻になって、初めてチーは外へ出る。「ヒグマのような」友達もでき、外での作法や身の守り方も覚える。鋭い牙を見せる犬に恐怖を覚え植え込みに隠れるチーの図があるのだけれど、引いてみるとその恐ろしげな犬は、チーとそんなに大きさが変わらないダックスフントだったり(笑)。この後、どんな風にこの物語が展開するのやら(まあ、雑誌連載を読んでいる限りではそれほど劇的な変化は無いのだけれど)。

 そういえば、チーのカレンダー予約が始まっているデスヨ。本の挟み込みにもあったし、bk1にも出ていたので、今朝ぽちっと押してきた。さすがに「のだめカンタビーレ」のカレンダーを家には置けないなあ、と思っていたのでこれは嬉しいっす。amazonのカレンダーストアはまだオープンしないのかな?

 それと、ジュンク堂書店池袋本店では、ただいま「チーズスイートホーム」の複製原画展をやっているそうです。そうそう、この本の巻末には、こなみかなたインタビューがありますね。猫がインタビュアーなの。で、そのページ下部には絵コンテも載ってます。


2005年08月25日 (木) [長年日記]

_ [書店話][webサービス]amazonの予約商品の配送が遅い

 オンライン書店で予約は絶対しなかったのが何故だか思い出した。配送日が必ず後ろにずれ込むのだ。それでもまだ大したずれではないし、どうせすぐに読んだり観たりできないんだし、と、最近はDVDに限りamazon予約に切り替えてみた。しかし、感じたのはストレスだけ!

最近の注文  まず、配送予定日があるが、これがその通りに発送されたためしがない。例えば添付の絵の下部に「ベルヴィル・ランデヴー」の配送に関する記述があるが、「配送予定日」が2005/8/2〜5に対して、実際に発送されたのが11日の夜中。予定日の初めから数えたら1週間以上遅れてるよ! と思ったのは、「じゃあ、夏休み中にゆっくり見れるし、まあ少しくらい遅れても構わないかな」と思っていたからだった。ゆっくりどころか、夏休みが終わるぎりぎりに届きましたけどね。悔しいから、日曜日の夜中に見ましたよ。2枚目は、火曜日辺りにだったかな。

 遅れるのはいいんだけれど、どのくらい遅れるのか、くらいは分からないと気持ちが悪い。今だって、「オスカーとルシンダ」のDVDはとっくに配送予定日を過ぎているのにもかかわらず、何も音沙汰ないしね。せいぜい、8月中に来てくれれば御の字というところか。それが「当たり前」となっているのなら、ちと甘えてないですかね。

_ [TV][ドラマ]「電車男」が面白くなってきた

 先週後半から「これは!」と思ったのだけれど、面白くなってきたねー。最初は、あのエピソードをどうやって1クールもたせるんだろう、と疑問に思ってたのだけれど、オリジナル設定やエピソードも、うまい具合に入っている。特に、あんなに赤裸々に書いていたらいくら匿名の2ちゃんねるだって現実に知ってる人も見てるだろう、という話がうまくアレンジされていて、エルメスに横恋慕する桜井(豊原功補)が最高。先日はエルメスの誕生日にプロポーズしようとして、パーティの場所を自分の店にして色々嗜好を凝らしていたのに、場所が変更になったことも知らない。誰も場所変更の電話をしてないってのがアホっぽくていい。慌てて会場(エルメスの家?)に行って「びっくりさせることがある」と彼女を強引に連れ出すが、途中、待ち合わせ場所にいる電車男を見つけて「びっくりさせることってこのことだったのね」と桜井に感謝して車を降りるエルメスの天然ボケ最高! そして、私利私欲に走りながらも結果的に二人のキューピッドになってしまう桜井、もっと最高(笑)!

 今回のエピソードは前回のそれをもっと戯画化したものとなるのだろうが、まあ、このくらいやると分かり易いってヤツなんだろうな。しかし、仕込が好きな男よのう。

 ところで、先週の脱オタのエピソードで、フィギュアダンボールを川に流してたら橋の上から同じことをしていたホリケンのキャラって、以前アイドルオタみたなキャラやってた秋葉さん? 久しぶりに見たなー。それにしても、劇団ひとりのオタキャラは結構はまってる。ホントにいそうだよなあ、ああいう感じの人。仲間三人でお互いを「××氏」って呼び合ってるのも、ああ、ありそうー、って笑ってしまった。

_ [internet]Google Talk

 gmailのアカウントもあるので一応インストールしてみた。実はチャットって好きじゃなくて、電話はそれに輪をかけて苦手だ。そういう訳でSkypeも試してないのだけれど、まあ、興味本位でちょっとどんなものか見てみようと思って。知っている何人かのアカウントを登録して、あちらから追加リクエストあったものに応答して、とやってたら、控えめにやってたのにあっという間に10人程度になってしまった。

 で、使い方について私があまりに否定的な意見を持っていたからか、「そんなことないですよー」というコメントがいくつかあったのだが、その中で「生存証明のために使ってることが多い」という話があった。へえ、そんなものかな、と一晩使ってみて分かったけど、これは(インターフェース的にだが)push型じゃないコミュニケーションだね。リストを見ると、結構みんなステータスを頻繁に変更していて、今何をしている、とかが分かるようになっている。

 「出社〜」とか「プチ忙しい」とか、「びしょぬれで帰宅」とか、「返いら(返事は要らない)」状態? 実は全然話もしていないのだが、このリストを見てるだけで満足だわ、私(笑)。mixiでもヤバいのに、ますますオンライン依存症になっちゃうね、こういうのは。

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]

_ マツムら [私も同じこと思ってました。利用しはじめた頃はほぼ即日発送だったのですごくありがたかったんですけれども。 最近は予約し..]

_ にじむ [そうですか、以前は即日配送だったのですか。 amazonは、簡単にキャンセルができるので、同じようなことやってる人は..]

_ マツムら [ちなみに以前、発送予定日を1週間以上過ぎても発送されなかった(おそらく手続きから抜け落ちてた)ことが2回ありました。..]

_ にじむ [私は一度、配送ミスに遭いました。そういうのが嫌ならメール便を避けて、お金出して宅配便にすればいいんですけどね。ギフト..]


2005年08月26日 (金) [長年日記]

_ [読書][読み中]高橋哲哉『 靖国問題 (ちくま新書)(高橋 哲哉)

 ちょっと前から読んでいるのだけれど、これは興味深い本だと思う。「よく分からない」から語れなかった靖国神社にまつわる歴史や言説を、分かりやすく説いてくれている。

 第一章では、靖国神社の行っている合祀は、本来であれば「悲しい」ことであろう人の死を、「喜び」に塗り替えてしまうからくりを持っている、という指摘に納得した。勿論別の意見もあってこちらも引いているのだけれど、説得力はどちらがあるか、といったら。戦死者を神として祀るという話につられ(ているのかどうか分からないが表面的には)、戦死したわが子が「お国のために死んだ」ことを納得させようとする遺族。その「割り切れなさ」を、社会全体がそういう方向に持っていくことにより、迷いを許さない、そんな世の中になっていたのかな、と。

 第二章では、靖国神社にまつわる歴史認識について。つまり、戦前は「国家教」があって、建前として(そしてそれぞれの持つ信仰心以前の問題として)それを信仰していることになっていたのだが、その当時の「建前」が剥げ落ちた状態が戦後ということになるだろうか。だからこそ、戦前と戦後の「ねじれ」の中でいろいろなものが顕在化してきている。特に、戦後、いまだに決着のついていない日本の戦争責任について、以下のように書かれているのは、(見えていると思っていたのに)見えていなかったものが目の前に現れた感じ。

 東京裁判の重大な問題は、そこで裁かれたものよりも、むしろそこで捌かれなかったものの方にある。「勝者の裁き」であるゆえに、東京大空襲から広島・長崎への原爆投下に至る、米国自身が犯した重大な戦争犯罪が裁かれなかったのはもちろんである。しかしまた、「A級戦犯」が裁かれたのに、彼らが仕えた君主であり、一貫して帝国陸海軍「大元帥」すなわち最高司令官であり続けた昭和天皇が不起訴になったのも、ソ連・中国・オーストラリアなどの訴追論を押さえ込んだ米国の意思によるものであったし、七三一部隊のような日本軍の戦争犯罪が裁かれなかったのも、米国の意図によるものであった。〈段落替え〉さらに、日本の植民地支配から解放されたばかりの朝鮮は、「日本の交戦国ではなかった」として戦勝国と見なされず、「勝者の裁き」に参加することもできなかったし、米英仏蘭など植民地宗主国でもあった戦勝国に、日本の植民地支配責任を裁く意図も能力もなかった。(p.68〜69)

 あの東京裁判は、初めっから(すべてに対しては)公平なものではなかった、ということだろう。

_ [Life][mono]せっけん放浪

 渋谷のLoftから坊っちゃん石鹸が消えてしまい、これを通販で買うか、それとも別のせっけんを使うかの選択に迫られている(というほどでもないが)。そこで、どうせだからと別の石鹸を試してみることにした。

 ちびた分まで全部使ってしまい、ロクシタンのトラディショナルソープ「ボンメール」(ミルク)を使い始めたのが3日前。使い心地はまあまあいい。洗いあがりも、期待していた程度にすっきり。ただ、香りはやっぱり邪魔かなあ。最近、洗面所兼脱衣所にいるだけでこれの香りがするようになってしまっている。どちらかというと、ミルクというよりは粉石けんの匂いなんだよな。お店でサンプルの香りを嗅いだときには「結構控えめなんじゃないの」という印象だったのだが、ああいう広いところと狭くて密閉されている空間とでは、全然印象が違うのかなあ。

 ただ、今朝気付いたのだけれど、首のところにしつこくあった赤い小さな点(できもの)が、消えているかも。もしかしたら肌に合ってるのかなあ。

 そういう訳で、今度は別の香り(本当は、香りも何も無い方が私の好みなのだ)に挑戦してみるつもり。飽きるまではここのにしよう。買い物もし易いことだし。

_ [時事]辻立ち

 そういえば、そろそろ衆議院選挙があるので毎朝各候補者が駅前で演説してるのだが(うわあ、またあのうるさい日々が始まるのか。今回も小泉は来るのだろうか)、今朝は、前回の総選挙で、小選挙区では受からなかったのに比例代表制で議員になったヒトであった。なんか、胡散臭くて好きじゃないんだよな、この人。一応、地元で商売してるというか、店舗を持っている風にしてるのだけれど、いかにもアリバイ用って感じで。

 で、その支援者らしき人が私の進行方向でビラを配っていた。私が近くに来たら、「自民党です!」だって。あの、配ってるビラはどう見てもあの人個人のものだし、せめて候補者名を言ってくれないかね。今、自民党が有利と言われている風潮もあるからなのか、実に堂々としていてそれもまた嫌だったので、無視して通り過ぎてしまった。

 あーあ、しかし今年は、比例区の政党をどこにすればいいかなあ。民営化はいいんですよ、民営化は。でも、郵政ばっかり頑張って燃え尽きられても困るし、そういう意味では私が「そうなって欲しい」方向には進んでないように思えるから。例年以上に悩みそうだな、こりゃ。

 やっぱり、着眼点はそこではなく、サラリーマン増税の方にするべきかな。今回の解散劇に振り回されたくない。

_ [買った本]買った本

 ブックファースト渋谷店にて。

 『200X年〜』は、パラパラっと見たけど、うわ、面白そう。今まで色々読んでいたようなものもあるのだけれど、この二人ということで幅が広がってるよね。もう少し後で読もうと思ってたけど、この週末、読んでみようかなあ。あ、『カレーソーセージ〜』が終わってからね。


2005年08月27日 (土) [長年日記]

_ [オフ]風野邸お宅訪問

 風野夫妻のご厚意で、新居に招いていただいた。が、午前中スポーツクラブに行ってから、明日使う分を洗濯して……とかやってたら、あっという間に待ち合わせ時間の1時間前。……ダメダメです。結局、あの蒸し暑い中2度も駅までご足労をかけてしまった。申し訳ない。

 それにしても素敵なお宅だ。もう、見た瞬間「おおっ」と声を上げてしまう。洋風建築で、どこまでもピカピカでございました。

 リビングに入ったら、あれ、森山さんがいる(笑)。SFセミナーの書庫の話の感想をちょっと書いたら、かなり興味を持っていたようだったものなあ。暫くお茶をして、いよいよ書庫見学。「いっぺんにみんなは入りきらないから」ということで2班に分けた筈が、第1班が全然帰って来なくてどよめきの声ばかりが聞こえてくる。ちょっと帰ってきた人が「みんなは入れるくらいの余裕はあるよ」というので早速いそいそと書庫へ。うわー、こりゃ確かに、誰も帰ってこないはずだわ。書庫としても素晴らしいのだけれど、また底に入っている本たちが、ねえ。私もやたらめったら興味を持つ方だが、カザノさんはそれにいくつも輪を掛けたようなスケール。しかも、時間軸が長い(私は元々はさほど本を持ってなかった)ので、この書庫に負けてない、というか。傍らに作られた書斎スペースも、「らしい」感じで素敵だなあ、と色々と妄想が(笑)。やはり厖大な本を格納する書庫をお持ちの牧眞司さんは、自分のところと較べつつ、色々と寸評を述べてらっしゃった。あと、みんなスライド書棚を見て「ここに四六判の本を二重に入れると、隣の棚とぶつかっちゃうよ。メーカーも考えなきゃなあ」とか心配してたけど、いや、普通は前後二段に置くことは想定してないですから(笑)!

 その後、リビングで持ち寄ったものなどをみんなで食べ(モりやまさんのすいかは食べ応えあったねえ)、CATVの厖大なコンテンツを拝見。お、一日中グラビアアイドルのイメージビデオを流しっぱなしのところがあるよ。ひとりコスプレやってるし。で、ミステリチャンネルが見られたので、これを視聴予約。みんな、時間になったら妙に真剣にテレビに向かってますよ。

 丁度「上半期のミステリを、アカデミー賞に見立てて選出」ってのをやっていて、それぞれノミネートされた作品からそれぞれが推薦したりそれに意見をしたりして賞を決めていってるのだが「まあ、××さんは今回は××賞を取ったことだし、この際、何もまだとってない△△さんへ」とか、そんな感じで決まってるところもあって「通常の文学賞選考会もこんな感じなのかねえ」とか、色々感想を述べ合う。そして、どうしてもキャラ立ちしているトヨザキ社長。もう、あからさまに『ベルカ、吠えないのか?』を推していたのだが、やっぱりあのくらい意志が強くないと(?)いけない場面もあるのだなあ、と思ったことでしたよ。「これもミステリですよ! 人死にますし」って(笑)。その甲斐あって、みごと大賞は『ベルカ』だったしな! かなり強引だったけど、リボンを本に貼った後の、トヨザキ社長の満面の笑みといったら! しかし、ミステリ的にはこの大賞はどうなんだろう、と、心配してしまうところもあったり。この番組はこーいうもの、とみんなも思っているのかなあ?

 その後、お宅を辞去し、駅前のファミリー割烹へ。これがまた、なかなかおいしいお店で、結構みんな食べたことがないなめろうを口にして「あ、おいしい」という反応があったのは、なぜだか嬉しかったですよ。ここでは、牧さんにアイドル哲学(?)を拝聴したり、ポーランドの不条理文学を薦められたり(翌日、書店で探したけど無かったのが残念)。そういえば、牧さんは畏れ多くてちゃんとお話ししたことが無いのだった。なんか、SFセミナーの「最強の文学」で、その注目している作品リストを見て勝手に親近感を感じてるのかも知れない(笑)。京フェスでも面白い企画があるらしく、うああ〜、その頃は仕事で休出の予定なんだよな、今のところ……と苦悩する。

 随分と風野夫妻にはご負担をかけてしまい、申し訳ありませんでした。でも、素敵なお宅と書庫と蔵書を拝見できて、本当に良かった。見せられるような家が欲しいなあ、と思ったことでしたよ(笑)。

 それにしてもみんなの感想が。「リビングに本がないなんて落ち着かない」って(笑)。


2005年08月28日 (日) [長年日記]

_ [Life]スポーツクラブ

 今日はちゃんと8時過ぎに起きて、オープン直後のスポーツクラブに行けたよ。昨日は、前日の「朝まで生テレビ」をホントに朝まで見てしまい寝不足だったので少し寝坊してしまった。しかし、昨晩も板尾のひとりしりとり竜王戦なんかをやってたお陰で(その後も録画しておいた「タモリ倶楽部」などなどを見ていた)結構遅くて、起きた時にくじけそうになったんだけど。意志が今日は勝ったね。偉いぞ、自分(この程度で……)。

 午後から予定があったので、自転車で身体をあっためてマシンで筋トレしただけなんだけど。まあ、継続は力なりですよね、多分。ホントは、クロールとかがちゃんと泳げるのならその時間ずっと泳いでる、でもいいんだけどなあ。やっぱり、ちゃんと勉強するか。

_ [イベント]柴田元幸×沼野充義トークショー@青山ブックセンター本店

200X年文学の旅(柴田 元幸/沼野 充義)  今日は待ちに待ったトークショーの日。この夏は柴田さんのトークショーにはこれで三度も出てることになるけど、沼野さんのは初めてなので、とても楽しみにしていたのだ。席もかぶりつきだったし、話もとても面白かった。今日は余裕がある時はお二人の本『200X年文学の旅』をずっと読んでいたのだけれど、すごく刺激的な内容が多くて、また読みたい本が沢山出来てしまった。まだ最初の方だけなのに。で、この本が途中から往復書簡のような様相を帯びてきて、さながら辻邦生・水村美苗の『手紙、栞を添えて』のようで、その間の友情とジャンルは違えども同じ志を持つ戦友みたいな様子になってきて、とても微笑ましいイメージ。

 さて、トークショーだが、ここでは印象だけ。Wikiの方にもうちょっと具体的なことは書きます。でも、沼野さんの喋りが少し早くて、なかなかついて行けなかったですよ。

 お互いは、東大で学生時代に同じ空間にいた、という話。なるほど、言われてみれば。沼野さんは「秀才の沼野」と名を轟かせてたそうで、少し後に出てきたのだが、これに絡めた村上春樹のエピソードが面白かった。当時、「群像」に載っていた小説を読んで、若き沼野氏は衝撃を受ける。「すごい人が出てきたぞ! まるでヴォネガット(だったかな?)みたいだ」と。それが、村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』。それを友人に伝えたい、と思った沼野さんは、当時韓国にいた四方田犬彦氏にわざわざ「群像」を送って読ませたそうだ。で、一方柴田氏が村上春樹に注目したきっかけが何だったかというと、これまた沼野さんが注目している、という噂だったらしい。「何しろ、"秀才の沼野君"の噂は、こっちまで全部届くんですよ。で、あの沼野君がそんなに衝撃を受けた作家って?と興味を持った」のだとか。「始まりはみんな沼野君」とも言っていたな(笑)。

 ところで面白かったのが、この二人の対照的な存在感。体型もそうなのだけれど、その声と朗読の違いも際だっていて面白かった。沼野さんがいくつか中欧・ロシアの詩人の詩を朗読したのだが、そのうちロシア語で読み上げたものを聞いて「あれ、こんなにロシア語って柔らかいの?」とびっくり。沼野さんは、普通の喋り方もとても流暢で優しげだ。それに対して柴田氏の朗読は、滑らかな印象のある英語が、とても力強い。普通の喋りも、どちらかと言えば身体の中から最適と思う言葉を絞り出すかのような印象があって、自分の持っていた言語イメージとこれだけ違う印象を受けたことに軽く衝撃を受けた。

 トークショー終了後は、まずは初対面の小澤さん(主に柴田さん側の脚注を担当した方)にご挨拶。この方、以前からウェブ上ではやりとりがあったのだが、一度もお会いしたことがなかった。今回、ちょっと縁があって彼女がこのトークショーに参加することを聞いていたので、そこでお会いしましょう、という話になっていたのだ。ただ、ばたばたしていて直前に連絡をとるタイミングを失してしまった。会えないんじゃないかと心配していたのだが、途中で「いざとなったら、柴田さんにどの人か聞けばいいか」と開き直っていたら、この本に関わってくれた人たちと言うことで彼女も紹介があったのだ。遠くからだったけれど坐っている場所と朧気ながら外見を覚えておいて、一か八か声を掛けてみたら正解。その後、柴田さんにまでご紹介いただき「ネット上で書評を書いててカリスマ的存在なんですよ」とか、100倍も1000倍もよく言われてもう、嬉しいやら恥ずかしいやら。多分、うちのサイトをご本人が見たら、がっくりきます。

 サイン会の列に浅暮さんがいらっしゃったので声を掛けて、その後少しお茶をした。「『実験小説 ぬ』とても良かったですよ!」ということは伝えられたですよ。浅暮さんはペンネームで為書きをして貰ったようで、名前を見たお店の人(多分)が「作家の方ですよね」と声を掛けてくれたのが、嬉しかったみたいだ。

 その後、地下鉄で帰る浅暮さんと別れて渋谷までてくてく歩いた。途中、デリだった場所がちょっと前に漢方カフェっぽいのに変わっていたのだが、そこが外まで行列ができるほど混雑していたのでびっくり。雑誌で紹介でもされたのかな?

 そのままビックカメラに行ってGoogle Talk用のヘッドセットを購入してブックファーストへ。

_ []この夏のお気に入り、ハモンセラーノサンドとトマトチリプロテクター

ハモンセラーノサンドとトマトチリプロテクター  甘いのは飲みたくないけど、市販のトマトジュースもちょっと……なんで迷っていたのだが、セット価格で展開していた時に一度頼んでみて病みつき。少し辛みはあるけれど、全然大丈夫っすよ。トマトジュースも絞ったフレッシュなもの。

_ [買った本]買った本

 「CUKR」は、チェコの情報誌だそうです。チェコアニメが特集されていたので買ってしまった。「すばる」は、スルーしてたら特集が「ネットと文学」だったので、慌てて購入。翻訳者の青山南さんと栩木玲子さんの対談がありますよ。あと、ミラン・クンデラの文学論(?)」事物の魂に向かうこと」が掲載されている。


2005年08月29日 (月) [長年日記]

_ [internet]本日のGoogle Talk

 ふとウインドウを見てみたら、一人のボケにツッコミが入ってる(笑)。これはすべて各自のステータス上での出来事。いつか出てくるだろうなー、というか、私自身、何度かその衝動に駆られたことがある。

 片方しかリストに入ってない人は、何がなんだか分からないだろうね、きっと(笑)。


2005年08月30日 (火) [長年日記]

_ [読書][読み中]高橋哲哉『 靖国問題 (ちくま新書)(高橋 哲哉)

 三章目に入ったところ。

 二章では、A級戦犯合祀問題や、そこに祀られている人々の中で大きな割合を占める、帝国主義的な植民地支配による戦死(?)者の話、そして、合祀されている植民地の国民の問題などなどが提示され、論じられている。このうちA級戦犯問題に関しては、私も分祀である程度の決着がつくのだったら、そうすればいいのではないか、と思っていた。しかし、それはあたかも木を見て森を見ず、だったようだ。A級戦犯が合祀されているからこそ、ある面では鬼っ子のように見られている靖国神社が、その問題が解決したら晴れて清廉潔白になるのだろうか? 著者は、そうすることはあたかも東京裁判を再度違う形で再現することにもなりうるという。

A級戦犯を排除した靖国神社に昭和天皇が参拝し、「英霊」たちを慰撫する。それは、A級戦犯に主要な戦争責任を集中させ、彼らをスケープゴート(犠牲の山羊)にすることで昭和天皇が免責され、圧倒的多数の一般国民も自らの戦争責任を不問に付した東京裁判の構図に瓜二つなのである。(p.79より)

 「大元帥」という立場にあった昭和天皇の責任、強要されたとは言え戦争に加担した形になった加害者としての一般国民の責任、兵士動員の根拠として存在した靖国神社の責任。靖国神社が戦没者を祀ることについては色々な言説が出ているが、結局のところ、ここでも書かれているように「肉親、親しいものを失った哀しみを、建前上(ある程度は内的にも)喜び、栄誉に摩り替えてしまう装置としての」靖国神社の問題は、そんなことでは免責されないものであろうこと。そして、植民地の国民を「日本人」として戦争に動員させ、戦死したものは「日本人として心だから」合祀しているという「傲慢さ」。

 この、植民地支配の問題は、そこから発せられる言葉があまりにも無神経に過ぎ絶句する。当時の靖国神社の宮司池田良八によって以下のように語られているらしい。

日本の兵隊として、死んだら靖国にまつってもらうんだという気持ちで戦って死んだ(中略)。内地人と同じように戦争に協力させてくれと、日本人として戦いに参加してもらった以上、靖国にまつるのは当然だ。台湾でも大部分の遺族は合祀に感謝している。(朝日新聞1987年4月16日)(p.94より)

 どうしてこういう風に思えるのだろう。立場上こう発言せずにはいられないのでなければ、とてもじゃないがその人間性に疑問を抱かざるを得ない。信教の自由の権利を考えても、神道の信者でなければ合祀を取りやめて欲しいと思うのは当然だと思うのに、それさえも許されないそうだ。

 基本的な、人間としての権利の問題だと思うのだが、その辺りをどういう風に折り合いをつけているのか気になるところだ。

_ [Life]どうして私は白金台に?

 仕事を終えてから、Wikiばなの会場の仮予約をするのに品川へ向かおうとする。が、すごい雨。品川駅から歩こうと思ったのだけれどこれは難しそうなので、タクシーで行ってみることにした。

 私もざっくりとしか場所を知らなくて、運転手さんにもいまいち。でも、簡略化された地図を見せたところ「分かった、分かった」というのでお任せしたら、全く逆方向だったみたいよ! 結局、一丁目から三丁目まで延々歩いた。駅からそう遠くなかったから、やっぱり自分で歩くべきだった。途中で雨もあがったしね。

 それにしても、立派なお宅が多いねえ、あの辺りは。

_ [買った本]買った本

 品川駅構内のブックガーデンにて。

 このお店は、結構頑張ってるなあ、と思いますよ。狭い(と言っても駅構内の書店としてはピカいちだろう)けれど、抑えるべき新刊本はちゃんと揃えている。


2005年08月31日 (水) [長年日記]

_ []穴子家(八重洲)

店の外観おまぜセット  午前中に打ち合わせがあって近くを通ったので、穴子家で久しぶりにランチ。ここは、お昼は「おまぜ」というセットが出ていて、要はお店の人にお任せで握ってもらう握り寿司セット。写真だけを見ると少ないように感じるかも知れないけれど、実はシャリが少したっぷり目なのでかなり満足する。このシャリの量、もしかしたらお昼の食事用のものかも知れないな。夜は来たことが無いのだが、おつまみ用に作るときはもっと少ないのかも。セットは、この写真のような品に海苔巻きの半分の長さのものが付き、それにお味噌汁で1,050円。

 とびっきりいいネタを使ってどうのこうの、というものではない。どちらかというと大衆的な匂いがして、敷居が低い。ご主人は当たりが柔らかいし、あまり余計なおしゃべりはせず黙々と作業するが別に緊張感が漂っているわけではない。無駄の無い手さばきでささっと握りを作ってしまう。接客をするお店の人も年頃(?)のおばさまばかりで、妙に居心地がいいんだよな、ここ。実はひとりで行ったのは初めてで、カウンターに座ったのも初めてだったのだけれど、ゆったりと食事ができた。おやじさんが、ガリを足してくれたよ。

 穴子(今回は蛸も)に塗ってあるたれは、かなり甘さが控えめのもので口の中をさらりと通る。濃い目に入れられたお茶がその余韻をさっと拭い、次のネタに向かわせてくれる。シャリがちょっと柔らかめのせいか、素手で持つと手にお米がくっついてしまうのがちょっとスマートじゃないけど、やっぱりお箸で食べるよりも数倍おいしくなるから(気持ちの問題ね)なあ。

_ [買った本]買った本

 八重洲古書店にて。

  • 『セックス・スフィア』ルーディ・ラッカー(ハヤカワ文庫SF) 300円
  • 『ピーターとペーターの狭間で』青山南(ちくま文庫) 400円
  • 『幻想小説名作選』半村良・選(集英社文庫) 500円
  • 『ウィーン世紀末文学選』池内紀・編訳(岩波文庫) 550円
  • 「リテレール」1992年冬号 特集:わが読書 生涯の愛読書ベスト100 500円

 「リテレール」はかなり悩んだのだけれど、雑誌は逃すといつ出てくるか分からないので、一応買っておいた。青山南のエッセイはやはり古書店でハードカバーは入手済みなのだけれど、やっぱり文庫の方が気軽に読めるので。

 旭屋書店渋谷店にて

_ [書店]さようなら、旭屋書店渋谷店 

旭屋書店のある風景  そういう訳で、今日が旭屋書店渋谷店の最後の営業日。丁度買い忘れていた『未亡人の一年』を買うのにやってきたのでした。だって、単行本のあの絵じゃなくて、映画化する映像だったりするのだもの。ひどいや、これじゃ見つからないよ。

 有力なチェーン店だけあるのだろう、品揃えも最後までたっぷりで、もう今日でここが終わりだなんて、ちょっと思えない。それとなく感じさせる者といったら、今まで受け付けていた各種検定の申し込み締切日の貼り紙が全部無くなっていたことくらいかな。

 旭屋書店は特に縮小傾向にあるという訳ではなく、他の拠点には出店してたりするので、渋谷店は単に店単体での利益があまり望めない状況になっていたのかな、と思う。それでも、この渋谷でぽっかり開けた穴の大きさは、おそらく予想以上であり。

 とても寂しくなるけれど、多分悪いことばかりじゃないよね。今までお疲れ様でした。

_ [webネタ]何でもタギング

 そういえば、今社内のWebアプリケーションのバグ出しと動作確認の作業をやってるのだけれど、その内容報告のドキュメントを作成していて。

 スクリーンショットを貼って見出しを付けるのに、いつの間にか"[]"でキーワードを囲んでタギングしている自分を見てしまいました……。習慣って恐ろしい。