この本を手に取ったのは、以前から「友達」という言葉について疑問を感じていたからで、最近は哲学者や哲学研究者が実社会に即した疑問に関して根本的なところからレクチャーしてくれる本が多いのがうれしい話だなー、と思う。
mixiではマイミクシィ追加要請があると赤いアラートメッセージで知らされるのだが、その当人が友達であるなしにかかわらず、「あなたの友人が〜」と承認を促す文章が出る。だいたい、これは変ではないか。友人だったら既に「承認」というプロセスは必要ないはずだし、逆にここで承認が必要なのであれば「友人」ではなくせめて「友人候補」ではないのか、と。こんな中途半端な形ではなく、「友人≒マイミクシィ」なのか、「友人=マイミクシィ」なのか、言葉の定義をはっきりして欲しいものである。いや、はっきりして欲しいのではなく、混同しないで欲しい、だな。自分では「友人≒マイミクシィ」だと思っているので。mixiの問いかけるメッセージは、せいぜい「この人はあなたの友人ですか?」だろう。だから「承認」「否認」ではなく、質問の回答という形で「はい」「いいえ」。
そんなことで引っかかっていると「それでは友達とはなんぞや?」という話になってしまって自分の中でぐるぐる回ることになってしまうからこれはこれで難しい話ではあるのだけれど、人に不用意に定義されてしまうよりはよっぽどいいかな。逆に、海外初のSNSっぽいのはこの辺が厳密なのか、(ほとんど使ってないけど)orcutもvidentityも人のつながりの設定を細かく設定するようにできていて、この辺は「友達」という概念の差なのかなあ、なんて感じたりもしている。
ブックファースト渋谷店にて。
『ニート』……こんなふてぶてしいタイトルを付けられるのは絲山さんだけだよ。でも、その開き直り具合とその裏に隠れる繊細さが見えるからこそのワザなのだよ。サイン付きだった。営業してるのかなー。それと、水道橋博士のタレント本書評本。前から悩んでたんだけど。それと、ちくまの復刊フェアの中の一冊と、なぜか棚に刺さっていた1995年刊のホラー・アンソロジー。佐藤哲也の「きりぎりす」は『ぬかるんでから』に入ってるけど、他にも山上龍彦やかんべむさしがいるしね。解説は板東齢人。対で網一冊あったけれど、執筆陣がさほど魅力的な訳ではないので、こちらだけ拾ってみた。
なんか、面白くないんだよね。新味がないし、かといっていきなりゴミ袋様の正装をされても困る(あれは凡人には解せぬ芸術だったのだろうか)。顔ぶれ見ても「ふーん」という感じで、だれかが何かをやってくれそうな予感がない。やってくれそうなのは麻生外務大臣が何か口を滑らせてアジアを怒らせることくらいか(マイナス方面の影響な)。
ポスト小泉には安倍氏が有力なんていう話もあるみたいだけれど、小泉政権の煽りを食って、次期内閣はズタボロの短命内閣に終わりそうな気がするのだけれど。いっそのこと、それを覚悟してやってみるのもいいかも知れないけど。行くも地獄、戻るも地獄とはこのことなんですかなあ。
あ、党三役はコメディアンか、というほどに満面の笑みで、なんと受け取っていいのやら。もうひとつの注目ポイントは、猪口男女共同参画相のフォーマルドレスか。いや、アレはフォーマルなのか?