トップ 最新 追記

Mint Julep

2003|01|11|
2004|01|02|03|04|05|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|11|12|
2011|01|03|04|

カテゴリ

4444 | Art | Bar | CD | DVD | Life | LifeStyle | MySite | PC | PHS | TV | TimeBookTown | Twitter | Web | communicaton | community | computer | event | health | internet | isp | lefty | memo | misc | mobile | mono | movie | music | netshop | news | reply | software | tDiary | web | weblog | webサービス | webツール | webネタ | webメモ | web感想 | wiki | いただき本 | お知らせ | アニメ | イベント | オフ | ケーキ | ドラマ | ネタ | ビジネス | マスコミ | ライヴ | ラーメン | リプライ | レンタルDVD | | 仕事 | 入手本 | 告知 | 大人の社会科見学 | 季節 | 展覧会 | 情報 | 文化 | 新聞記事 | | 映画 | 映画話 | 時事 | 書店 | 書店話 | 本memo | 本の話 | 植物 | 演劇 | 漫画 | 社会 | 考察 | 聖なる怠け者の冒険 | 自サイト | | 落語 | 蕎麦 | | 言葉 | 読み中 | 読み始め | 読了 | 読書 | 読書関連 | 買い物 | 買った本 | 連載小説 | | 雑誌 | 雑誌掲載小説 | | | 飲み会 | 飲料

2006年12月01日 (金) [長年日記]

_ [読書][読み中]『 神聖喜劇〈第1巻〉 (光文社文庫)(大西 巨人)

 やっと章タイトルの意味が分かった。大前田班長の過去にあったのか。野砲訓練中の東堂らに向かって、戦場なんてこんなものじゃない、と吐露する。そこで初めて、噂には聞いていた大前田の中国での所業を当人から聞くことになるのだった。

 それに挿入されるように、東堂自身と死(死体)との関わりも回想される。これはおそらく、それ以前に「この班には隠坊(おんぼう)もいる」という発言をしたからだった。それが誰かは口を濁したのだけれど、彼の話からいけば隠坊とは火葬場で死体処理をする人のことらしい。東堂の田舎では土葬だったが、思春期に入ってから父の実家(本籍地、と呼ぶのも珍しいよなあ)に墓参りに行った際に初めて火葬場というものを見たという話。その後、叔父が亡くなり実際に火葬場に入ったという話も出ている。その際に隠坊というものを見、また、彼らがいわゆる「新平民」だという噂を聞きつける。確かに、昔は死体処理などの人が嫌がる仕事はこういう人たちがやっていたらしいから、あながち間違いとも思えない(結果的にそうなってしまう、またはそれしか選択肢がない、ということかと思われる)。東よりも西の方がこの手の差別意識というのがあからさまなように思えるのだけれど、気のせいかな? まあ、昔は東北なんて蝦夷地ですからな。人間の住む所じゃ無かったんだろ。

 東堂は、そこで嗅いだ匂いが「人間が焼ける匂いなのだろうか」と想像する。

 それにしても、このくだりは面白いほどに東堂家がどれだけ立派な家柄であったかが語られ、非常に興味深い。あれほど吉原の俗人ぶりを嗤った彼だが、彼だって方言話したり訛ってるところは見たことがない。まあ、「吉原とは違う」といわれそうだし、実際そうだなあ、とは思うが。

 そういえばその前に、大前田が新兵の頭の足らないことをからかった際に、班附きの村崎一等兵が珍しく怒りを露わにした件。ここで「ガンズイ」村崎の別の面(面魂(つらだましい)と表現している)を見ることになる。そこから村崎の過去を推し量ったりもしているが、東堂はこういうの好きだねえ。

 大前田自身の気質の分析もされている最中であり、いやいや、この小説って人間動物園だよなあ、と感じる次第でございます。

_ [読書][TimeBookTown][連載小説]松浦理英子「犬身」第三十三回

 もう少し完成まではかかりそうですね。多分来年中には本になるんじゃないかと踏んでるんだけど。あと半年くらいでこの連載も終わるんじゃないかという予想で。ああ、でも、本にならない間、みんなは読まないで待ってるんだねえ。『裏ヴァージョン』も雑誌連載だったのだけれど単行本になってから読んで「リアルタイムで読みたかった!」と思っていたので、これは嬉しい。それに、LIBRIe for Windowsも本当に腹立たしいほどひどいソフトだけれど、全画面でしか読めないことで他のものに目移りしないのは、やっぱりいいかも知れない。ただし、メモを取るのがかなり大変なんだけどね(タスクを裏に回すとウインドウが最小化されてしまうため)。

 久しぶりに会った親友の未澄と気まずい様子で別れた梓だが、前回(第三十二回)では兄の経営するホテルでの音楽会の手伝いに出向く。しかし、その挨拶で兄は「私の好きな詩」と、唐突に宮沢賢治の「永訣の時」を朗読する。これは愛する妹が死にゆくところを歌ったもので、梓は恐ろしくなり、また梓の母は燃えるような嫉妬の目を実の娘に向ける。ぎゃー、気持ち悪い。って、そういえばこの回の感想を書いてなかったんだな。気持ち悪くて忘れちゃったっけ? で、そのときのことをまた「兄来たりなば」のブログで書かれるのだけれど、その中の梓(に似た人)は、兄に対する愛情と家族への愛着を持ち続けていて、兄の願望なのだろうけれど毒気に当てられたような感じ。気持ち悪い〜〜。その、感情の不均衡みたいなものがこの家族には顕著に見受けられるなあ。

 当の梓が家族や兄について本当のところどう思っているかまでは分からないのだけれど、時々の反応から推測するに、さすがに兄の望むような状況には無いように思われる。これって願望? しかし、思わぬ展開があって嬉しかった。ずっと自分の胸の内に秘めておきたかったのだろう秘密を、とうとう未澄に打ち明けるのだ。といっても梓は「心を許す」ことを知らない人なので、かなりもったいつけた方法になるのだけれど、この「兄来たりなば」の存在を知らせ、読んで欲しいと伝えた。ああ、梓、良かったよ! それにしても梓って、どうしてこんなに自分を殺すことができるのだろう。というか、そういう風にしかできないから本人は苦しんでいるようだけれど。図らずも兄(多分)がこんなものを書いてくれたお陰で、少なくともこんなおぞましいことを自らの口から告げる必要が無くなったことは怪我の功名だったかも知れない。

 そんなときに送られてくるのが梓の母からのメイル。先日の音楽会の際に撮って貰った写真(画像)だったのだが、親子三人で撮って貰ったのにもかかわらず、梓の部分にだけストラップか何かの黒い影が入っていて、姿が映っていない。それをわざわざ送ってきたということになる。その話にあらゆる仕掛け人(彼は悪魔的存在なのだけれど、悪魔ってやっぱり神と表裏一体?)であるところの「天狼」のマスター朱尾が言うことには。この1枚はわざと映したものであり、ちゃんと写っているものがもう1枚あるはずだと。わー、そうしたら母親はわざとこの写真だけ送ってきたということか。嫉妬の炎がめらめら〜。この母の、子どもたちに対する支配的で過剰な感情と依存性も何だかなあ、なのだが。そしてこのストラップ写真は、朱尾から梓へのプレゼントでもある模様。果たして朱尾は、わざとこんな写真を撮ったことで梓の母親を試したのだろうか?

梓が母親との関係を見直す材料にするようにと思ったんだ。

と語っている。

 ところで、「兄来たりなば」を読むフサの複雑な感情なのだけれど、フサは、この日記に時々妙な共感を覚えてしまうときもあって恥ずかしい、と告白する。それに対して朱尾は

「恥じなくてもいい。流行歌の歌詞にだって、安っぽい小説にだって、時に個人的な琴線に触れる一節が含まれているものだ」

と慰める。ああ、これってすごく分かる気がするな。

_ [言葉]「アップロード」

 この用法、少し前にどこかで見かけて反応したかった記憶があるんだけど、あっという間に時間が過ぎてしまい忘れてしまっていた。そんなときに松浦理英子の「犬身」で出現したので、小説家であり使う言葉にも細心の注意を払いつつ選択しているのだろう彼女が、「日記をアップロードした」という言葉を使っていたので気になった。

 いや、気になるといえば全部気になる。たとえば、この日記は「ブログ」とも呼ばれているのだけれど、果たして「日記」と「ブログ」はこの小説の中で完全に交換可能なものとして捉えられているか、だ。いや、新聞の用語の説明だと「日記風のホームページ」とか、そんな訳の分からない説明で余計混乱してしまう(のは私だけだろうが)ことになる。世間一般にはもしかしたら「ウェブ日記」=「ブログ」なんだろうか? だとすれば、この場合の「日記をアップロード」は、単にブログと呼んでいるが旧来どおりFTPなどでHTMLファイルやデータファイル(など)をアップロードして公開する形のものかも知れない。

 もうひとつ考えられるのは、「アップロード」というものに対して世間が持っているイメージだ。コンピュータに親しんでいる人間だったら「下(スレーブ的なもの? PCとか)から上(マスター的なもの。サーバとか)に上げる、転送する」といった意味になるだろうが、もしかしたら「アップデート」的に使われていたりする? ここら辺、直接松浦さんに聞けるものなら聞いてみたいし、もしも用語的に検討の余地があるとしたら、書籍化の際にでも是非検討して欲しいと思う。

 果たして日記が、ブログがいけないのか、アップロードがいけないのか。さすがにそういった意味と言葉の混乱を風刺している訳でも無いようだから、狙ってる訳では無いと思うんだけどなあ。

_ [mono]読書灯

探してたバージョン  寝る前に本を読んだりするのに使っていた卓上ランプが壊れてしまった。以前買ったセレクトショップに行っても既に物はなく、かといってそれと同じくらいに気に入るものもない。別に実用的なものなのだから目的にかなえばいいのだけれど、今まで馴染んで、しかも気に入ったものじゃないとなかなか手元に置く気分にもならない。だいたい、5000円くらいするものなんだから、それだけのお金を出すのだったら「これ」というものに出会わないとなあ。前だってあちこち探した末に見つけたもので、今回も似た感じのものはあっても、やっぱりこれが一番、と。よほど修理しようと思ったんだけど、今のものってあんまり引き受けてくれなかったりする。だったら同じものを買って形状を確認してできることなら自分で直そうと思い立った。しかし、ネットショップでも売ってないんだよね、これが。既に生産中止のモデルのようで、見つけても既にデータが削除されていて扱ってない。なぜか型番で検索することを思いつかず(信じらんない)、やっと先日そうしてみたら、1件だけ発見。在庫が最後の1個だったようで残念ながら色違いだったけれど、前のを買うときもどちらの色にしようと悩んだんだから、これでよかったんじゃない?

 という訳で、今晩からまた読書灯が復活です。嬉しい! 今までは廊下の電気を点けていたので結局一晩中点けっぱなしだったり夫に勝手に消されたり(もったいない、といわれたり←もっともです)、まぶしくても消すにはスイッチのところまで歩いていかねばならずせっかく襲った眠気が惜しかったり。そんな毎日ともおさらばです。えへへ。

_ [買った本]買った本

 とおりががかりの書店にて。

 「PLAYBOY」って初めて買ったよ。雑誌はどちらも、年末ベストなどを絡めつつ。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ 向井 [どこかで見た話だな、と思ったら、たださんが似たようなことを書かれてました。参考までに。 http://sho.tdi..]

_ にじむ [そうそう、たださんだったよなー、と思ったんだけどこのときはチェックする時間がないので後で追記しようと思ってました。手..]


2006年12月02日 (土) [長年日記]

_ [オフ]変な映画上映会

 某氏宅で変な映画上映会。突っ込みを入れつつ、予想以上のできの良さに唸ったり、あり得ない展開に驚愕したり。予想以上の長丁場で家主にはご迷惑をおかけしたけれど、とても楽しいひとときでした。やっぱり、良いナビゲーターがいるからこその楽しさだったとは思うのだけれど。我々だけで独占するのはもったいないなー、と思いました。


2006年12月03日 (日) [長年日記]

_ [読書][読了]『 インテリア・オブ・ミー―女の子とモダンにまつわるあれこれ(近代 ナリコ)

 サンリオギフトゲートは誕生日パーティにお友達にプレゼントして貰うくらいしか昔は縁がなかったので、あそこで本を買った記憶なんて無い。そういう文化的な子供じゃなかったことを悲しく思いつつも、一部重なるところは追体験しているみたいな気になって、妙に懐かしいような気分にもなりました。

 自分の感覚と多少に通うところがある、くらいで丁度いいみたいで、宇野亜喜良や(ムーミン以外の)トーベ・ヤンソンは、改めて作品に接してみたいと感じたり、大林宣彦監督の映画の女の子の部屋がお手本という話、そしてそこにそぐわないように思えた母手製の座布団カバーが今思い返せばそれこそが大林的だったのではないか、と感じたり。本当に細かいことごとを金平糖のごとく味わうことができました。

 また、ノスタルジー的なメタファーとしてのペナント君とスノードームちゃん。京都の古いお宅にある息子さんのペナントいっぱいの時が止まったような部屋、およびその対談はとても楽しいもので、「ペナント」の語源の考察(?)のあたりはああ、確かにそういう話の持っていき方になるの分かるなあ、と頷いたり。もちろん、最初の方の、水族館の話も興味深く、自分もその場所にいるかのような気分になったものでした。床の間や女性のお稽古ごとなど、近代女性史などもとても暖かみのある視線が感じられて楽しい。

 ほとんどは「modernjuice」というミニコミ誌(ブックファーストなどでも見かけますね)に発表された文章なのだけれど、時々書き下ろしや別の媒体へ寄稿されたものも見受けられます。こういう、細かいことごとに細やかな神経を寄せられるような人だったら良かったのになあ、という憧れとともに本を読み終えました。毎日の何でもないことをきちんとこなしつつ生活をしていきたい、という気分にさせられました。押しつけがましくない、でも一本筋の通った美意識が美しいです。


2006年12月05日 (火) [長年日記]

_ [読書][読み始め]『 コレラの時代の愛 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1985))(ガブリエル・ガルシア=マルケス/木村 榮一)

 既に今年も1ヶ月を切ってしまった今、できることなら薄い本を沢山読んで冊数を稼いでおきたい今日この頃、何故かそんなときに限って分厚い本に手を出したくなるのであります。もう、ひょこっと「あ、これ読も」と思いついて手に取ってしまう訳なのですよ。まあでも、ガルシア=マルケスは読むのに時間が掛かる作家ではないのは過去に何冊か読んで分かっていることだしとにかく読んでて楽しいので、結構楽観的なのですがね。

 この話は、今まで邦訳されてなかった作品。コレラが流行した時代のコロンビアを中心に据えたもので、何と50年以上もひとりの女性を片想いし続けてきた男性と想われ続けた女性の話なのです。しかし、最初の100ページくらいは全然そういう話にならないので、すっかりそういう話であることを忘れてしまいそうなほどでした。街どころか国の名士でもある医師の夫と晩年を過ごす夫人は、ある日不慮の事故で寡婦となってしまいます。この「不慮の事故」もまたマルケス的というか。それ以前の騒動の様子からここまで一連の小さな話が独立してできているようでもあります。その前の教え子夫妻の銀婚式のエピソードもおもしろおかしいし、冒頭を飾る夫の友人の突然の死もまた。とにかく、ひとつひとつのエピソードがそれぞれエッジが立っている感じ。そんな個性的なエピソードが一つの話として纏まっているというのがちょっと信じられないくらいなのです。読んでて飽きることは無いだろうと期待していたけれど、まさかこれほどとは。

 訳者の木村榮一さんによる後書きを先に読んでしまったのですが(彼の解説がまたすばらしいのです)、最木村さんはこの本を訳していてパソコンに入力していたそうですが、最後には腕が上がらなくなってしまったそうです。そんなお年だったかと確かめてみたら1943年生まれ。両親と同年代と考えると、まだまだご活躍の機会はたくさんあると感じられます(&期待してしまいます)。だから、肉体的な衰えというよりは、それだけ大変な作品(質も量も)だったのだ、と受け取ることにしてみました。その後、腕の方はどうされたのでしょうか。

 ところで、この本はお風呂の中で少し読むのにカバーを一度外したのですが、この内側の紙も素敵。ビロードのような手触りで、手に吸い付くようで、しっとりしているのです。

_ [買った本]買った本

 ブックファースト渋谷店にて。

 とりあえず、新創刊の幻冬舎新書からは2冊買ってみた。やけに本が軽いけど、そういう紙を使ってるのかな?

 文藝春秋から作家入門シリーズでの自選短編集『 はじめての文学 村上春樹(村上 春樹)』と『 はじめての文学 村上龍(村上 龍)』が出ていた。村上春樹の方は本人による短い解説まで付いているなかなか珍しいもの。村上龍の方は解説などの付属は無し。この二冊は、ちょっと買い控え。

 また、『 蝶か蛾か(大道 珠貴)』も出てた(フランス装?)が、これはあとで纏めて買うことにする。


2006年12月06日 (水) [長年日記]

_ [読書][読み中]『 神聖喜劇〈第1巻〉 (光文社文庫)(大西 巨人)

 とりあえず本文はあと40ページくらいなので、今日中に読み終えられるでしょう。相変わらず面白さのテンションは高いです。1巻目読んだら次が読みたくなる、という話はよく分かる(そういう風に勧められた)。

 「現身の虐殺者」というのは、班長の大前田のことだったのか。この男は冒頭近くで登場したときに既にそういう噂がある人物として紹介されている。それを初めて本人の口から聞いた訳だ。挙げ句

「めずらしいか。人を殺したちゅうとが、そげんめずらしいか。人殺しがめずらしゅうして、お前らみんなが、化け物ば見たごたぁる目つきで、班長を睨みつけとったか。うぅ、めずらしいなら、よう見とけ、よう睨んどけ。隠しゃせんぞ。この手じゃ。この手でおれが何人も何人も殺してやったとじゃ。ええか。」(p.468)

とぶちまけ始める。その上

「めずらしがって、ようと見ろ。貴様らも、人殺しのめずらしゅううちが花じゃろう。いまに貴様ら全員が人殺しなんかいっちょもめずらしゅうもおかしゅうもない場所に連れていかるるとじゃ。……こら、貴様ら。おれが殺したとは、人は人でも、日本人じゃないぞ、支那人ぞ、チャンコロぞ、敵ぞ。敵を殺したとの、どこがめずらしいか。どこが化け物か。おぉ? 貴様らたちゃ、戦争をなんと思うとるとか。なんのための戦争と思うとるとか。遊び事じゃないぞ。綺麗事でもありゃせんぞ。なんのための小銃か。なんのための火砲か。なんのための――。」

なんのための銃剣か。殺すためじゃろうが? 人殺しをするための道具じゃろうが? 味方だけが持っとりゃせん。敵も持っとる。殺さにゃ殺されるだけのことよ。うんと余計殺したほうの国が勝つとじゃ。それが戦争よ。それが戦地の軍隊よ。どこの国のどげな軍隊が、負くるために戦争するとか。そげなバカはなかろうもん? そんなら敵ちゅう敵は殺して殺し上げて、土地でんなんでん取り上ぐるとじゃ。見てみろ、四国やらどこやらじゃ百姓どもが、水もろくに引かれん山の上んほうまで田圃作りをしてふうふう言うとるちゅう話かと思や、対馬に来てみりゃ山ばっかりの、どこちゅうて満足にゃ田も畠もなかろうが? 対馬だけのことじゃないぞ。だいたい大日本帝国の暮らしちゅうとは、そげなもんよ。大将やら大臣やら博士やらが上っ面だけどげん体裁のええごたぁることを仰せられましても、殺して殺し上げて、取って取り上ぐるとが戦争じゃ。……ふむ、それが忠義ちゅうことにもなっとろうが。? 臣民の義務ちゅうことにもなっとろうが? 誰が決めたとか、おれはよう知らんが、そげなことになってしもうとる。――違うか。おぉ?」(p.469〜470)

とまくし立てる。これが大前田の経験してきた「戦争」であり、その経験から導き出された戦争の論理なのだろう。実際、核心をついていると思われる。それに対し東堂は

彼が知らぬにちがいなかろうその成句(「耕スコト山腹ヨリ山巓ニ至ル、貧ノ極ナリ。耕サザルコト山腹ヨリ山巓ニ至ル、亦貧ノ極ナリ。」)を私は知っていたけれども、そしてまた津坂東陽著(化政度〔ほぼ十九世紀第一四半分〕脱稿?)中の「対馬ハ(略)」という記述を読んで覚えていたけれども、対馬なり四国なりの実地に立脚して大前田のごとく端的な感じ方・見方をすることは従来私にできなかったのである。(p.471)

との感想を述べている。つまりは東堂は頭でっかちであり、大前田はその対極にいる存在に見えるのだろう。だからこそ、卑俗な点は散見されるも大前田に一目置かざるを得ないのだろう。

 やっと1巻目の最終章「第四「隼人の名に負う夜声」」に入ったが、どうもこの大前田の行動は、彼自身の首を絞めることにもなりかねない模様。この後、どうなることだろうか。

 この話と並行して、隊の中の誰が被差別部落出身者か、という推理をし始めている。これは、体裁だけの「平等」により班附きたちがほのめかすために東堂が余計な頭を働かせてるということなのだが、案外嬉々としてやってるようにも見える。

今朝来、私は、そんな疑いを五十パーセント以上肯定的に抱いていた。大前田が元隠坊の新兵を(わざと)名指さなかったとき、私は私のその疑いを八十パーセント以上肯定した。

なんてパーセンテージで計るところなど、一般的に考えれば「なんと無神経な」ということになるだろうが彼には気付かないのだろう。過去の回想で隠坊について悪し様に語る伯母の発言を思い出し「私はそんな風に思ったことはないが」的に逃げているところが「信用できない語り手」だよなあ、と感じてしまう。ただし、そういった欺瞞に基づく態度さえもがここで読者にあけすけにされる辺り、読者だけが彼にツッコミを与えることができる構造なのだろう。この東堂、朝食後の班附きたちの「臨時教育」に腹を立てている。何故かといえば、この日は配膳当番でその時間が「教育」のお陰で段々と短縮されるからであり、そうしたら自分が毎日この時間にスケジュールしている「排便の時間」が無くなるからだ。その他、野砲を女性の裸体になぞらえたりあれこれと、案外尾籠なこともしかめつらしい物言いだからこそ、また滑稽だったりもする。

_ [買った本]買った本

 ブックファースト渋谷店にて。

 予想に反して(?)ちくま文庫がもう店頭に出てたのでおろおろしつつ購入してきた。

 『 悲楽観屋サイードの失踪にまつわる奇妙な出来事(エミール ハビービー/Emile Habiby/山本 薫)』と『 運命論者ジャックとその主人(ドニ ディドロ/Denis Diderot/王寺 賢太/田口 卓臣)』が激しく気になったが今日は敢えてスルー。後者はこれに影響を受けてミラン・クンデラ『 ジャックとその主人(ミラン クンデラ/Milan Kundera/近藤 真理)』のだそうだ。あまり本屋の本を見ないようにしてたのに、今日に限って色々目に入ってくるよ!


2006年12月07日 (木) [長年日記]

_ []渋谷ででっかい影絵が

 先日文化村通りを歩いていたら、元新生銀行があったビル(今は右隣のビルに移転)で現在は駐車場になっているスペースで、奇妙なでかい影が駅側のビルの土手っ腹にできていた。警備員が「立ち止まるな」とか言ってるし、そこでは何人かが踊ってる(というか動いてる)し、これは何かのプロモーションビデオの撮影かなー、と帰りにもう一度見てみたら、何て事はない、XBOX360がらみのゲームのイベント(?)だったらしい。

ブルードラゴン(特典無し)

 影がいきなりぎゅぎゅんと伸びて悪魔っぽいのやドラゴンっぽいのに変わったりするよ。因みに、踊っていた(?)のは単にそこで影絵体験をしていた一般人のようで、道理で地味な服装だったよ。

悪魔?悪魔の横顔?会場の様子


2006年12月08日 (金) [長年日記]

_ [イベント]『 文藝ガーリッシュ 素敵な本に選ばれたくて。(千野 帽子)』刊行記念千野帽子×豊崎由美トークショー@三省堂書店自由時間

 今のところとは別のサイトをやってらした頃からのファンだった千野帽子さんが本を出された。ガーリッシュという切り口で文芸を語るものなのだが、現在は第二弾を東京新聞夕刊などで連載中なのだそうだ。第一弾は「次があるかどうか分からない」と考えていたことから日本文芸に絞ったセレクトだったので、今回はウイークデーには5本に1本を日本文芸とし、土曜日にも掲載される分は特定の作家・作品に話題を絞らないコラム的なものを書かれているそうだ。こちらも本になるのが楽しみだ。

 トークショーの内容についてはメモが今手元にないのでまた後で。「ガーリッシュ」というものの定義づけなどをその場で聴けたことが嬉しかった。

 豊崎さんは、「千野帽子は信頼の置けるセレクトショップ」そして「あらすじの書き方がとてもうまく、それ自体が批評になっている」という評を。あらすじではないけれど、来る途中にこの本を読んでいて、人物の紹介がとてもうまいと感じていたところに似たような目の付け方をされているなあ、と嬉しくなった。豊崎さんはダニエル・ペナック氏のトークショーではあらすじ紹介に関しての話題で色々考えたことがおありだったようなので、もしかしてこれがひとつの回答だったりするのだろうか、と思った。


2006年12月09日 (土) [長年日記]

_ [飲み会]忘年会第一弾

 寒い一日。雨も降っているし。この日は忘年会第一弾ということで朝まで飲み。沢山お酒を飲みました。幹事の方にはお世話になりました。そして主催の方には混ぜていただいてありがとうございます、と。とても楽しい時間を過ごすことができました。

_ [買った本]買った本

 リブロ池袋店にて。

 真っ赤な背景が目立つ、「Yonda?パンダ」が目印の季刊誌。yomoyomoではありません。


2006年12月10日 (日) [長年日記]

_ [イベント]『 ハイスクールU.S.A.―アメリカ学園映画のすべて(長谷川 町蔵/山崎 まどか)』長谷川町蔵×山崎まどかトークショー@タワーレコード渋谷店

 1時間ほどのトークだったのだが、日本未公開のハイスクール映画の映像を多数交えての映画トークは、とても楽しいものだった。到着したのが開始時間後だったし盛況だったので立ち見だったが、それが気にならないくらい。補講篇もその場で配られて、そこで紹介された作品にも言及があった。

 こんなに沢山面白い作品が眠っているだなんてひどい! 是非日本公開にこぎ着けて欲しいと思った。この手のハイスクールものは現地でもみんなでワイワイ見て会場全体で突っ込みを入れたりもするらしく、「高校生友情プライス」(高校生3人で見に行くとひとり1,000円で観られるというもの)は長くやって欲しい、という山崎さんの話が。

 お二人がとても楽しそうに話しているのを見て、やっぱり人が好きなものを話すのを聴くのって、こちらまで楽しくなるなあ、と思った。もちろん、その対象もしくはその人のことを自分も興味があったり好きだったりという最低条件はあるのだけれど。

 切れのいい数字で映像紹介を切らないで120本あまりを紹介したのは「できるだけ多くの紹介をしたかったから」だとか。確かに、無理矢理そういうものをカットしなくていいのかもね。この本が出るまでに随分時間が掛かったそうだけれど、ハリウッドのスターたちは人間関係(主に恋愛模様?)が短期間でコロコロ変わるのは参った、とおっしゃっていた。

 最近、なんか色々あってなかなか映画を観る余裕がないのだけれど、やっぱりこういう話を聞くと観たくなるなあ。

 そういえばこのときに話題に出ていた『 バス男 [DVD](ジェルッシャ・ヘス)』の主人公、ナポレオン・ダイナマイトのダンスなんだけど、これはみんな真似していて、YouTubeには多数公開されているらしい(何本か観てみた)。で、それなりにみんな受けているのだそうだ。しかしそれらを観てると「いかにジョン・ヘダーは踊りがうまかったか分かる」のだそうだ。確かに改めて本編の踊りを観ると、かっこわるさばかり目について嗤ってたけど、ちゃんと踊れてるなあ。"Napoleon Dynamite"でいくらでもオリジナルやそれを真似した踊りが見つかるよ。パラパラ写真本( Napoleon Dynamite: Flippin' Sweet!(n/a))も出てるらしい。

_ [買った本]買った本

 ブックファースト渋谷店にて。

 「文學界」は『ミステリアス・セッティング』刊行記念の阿部和重インタビューが、そして「群像」には阿部和重の神町サーガのひとつ「ピストルズ」が……。買わにゃいかんだろ、これは。


2006年12月11日 (月) [長年日記]

_ [本の話]森見登美彦応援ペーパー

 わたしは日曜日にブックファースト渋谷店でGetしたが、同じ店に行っても「どこにあるか分からなかった」という人がいた。まあ、書店員に訊けば確実なんだろうけれど、その人がもしかしたら把握してなかったり、老いてないお店だったりすると訊くのも無駄骨かも、なんて思っちゃったりするんだよね。通常こういうものはその人の本(この場合だったら『夜は短し歩けよ乙女』)の側に置いてあるとか、POPが立ってたりするのだが、私が見る限りではそれもなかった。「ここで置いてなかったらどこにあるんだよ」とレジで会計をしようとしたらカウンターの真ん中に青いA4用紙を4つに折った紙が。ビンゴでした。

 一応、森見氏のはてダで置いてある店は告知してあるようなので、お近くの書店へどうぞ。

 内容は、森見氏による『夜は短し〜』刊行の辞と各書店員の推薦メッセージ(男子と女子にちゃんと分かれている)、そして裏側は手書きの『夜は短し〜』京都マップなのだった。力作! マップの情報自体は森見氏によるものだそう。京都に行った際でも少し歩いてみるのもいいかも。

_ [書店話]来年早々、青山ブックセンター丸ビル店がオープン

 丸の内に出展するとのことでスタッフ募集していたのは知っていたけど、丸ビルだったんだー。ここって丸善が入っていたと思ったんだけど、もしかして撤退なのかな? 丸善は近くのOAZOにも大きな店舗を持っているし、丸の内で仕事しているときは帰りにここに寄るので、選択肢が増える&職場に近いところに使えそうな書店ができるのは大歓迎なんだけど。

 しかし、破竹の勢いですな。経営のほうはどうなんでっしゃろ。

_ [イベント]著作権保護期間延長を考える国民会議第1回シンポジウム@東京ウィメンズプラザ円形ホール

パネルディスカッションの様子  仕事が終わってから駆けつけたので第2部のパネルディスカッションからの参加。空いている席がなかなか見つからないほどの大盛況でした。

 並びは写真のとおりだけれど、左からモデレータ役の中村伊知哉氏(慶應大教授)、田中辰雄氏(慶應大経済学部助教授)、富田倫生氏(青空文庫の中の人)、平田オリザ氏、松本零士氏、三田誠広氏、山形浩生氏。それぞれが自分の立場と意見表明をひととおりやってから議論に入る。右側の山形さんから。というか、自分がメモを取った範囲でなので、かなり端折っていると思う。ちゃんとしたものが出てくると思うので、そちらを是非参考にして欲しい。

山形:自分自身、クリエイターとしての立場と、享受者の立場というものがあるし、ほとんどの人はそうなのだと思う。どちらの立場に重きを置いて語るか、になる問題。果たして、遺伝子の呪縛(子孫による著作権管理)を長くすることが果たして幸せなのか?

松本:漫画家だから賛成。信念のために歯を食いしばって書いている。家族を守るために。だから孫子の代まで(権利の確保を)伝えたい。古典と現代の作品は違う(から、比較的近い時間の作品は二次創作などに慎重であるべきだ、という話?)。改変、改悪は許されない(改善は無いの?)。先人から学んだことへの敬意。表現者は「永遠の浪人」。若くして亡くなった仲間もいて、その遺族のことを思えば70年でも短いくらい。(語られていることが自分の意見にことごとく反しているとなかなかちゃんと聞き取れないものだな、と思ったよ。いたたまれなかった)

平田:戯曲は二次利用が前提で作られていることが多い。著作権を保持している遺族が使用を拒否すれば上演できない憂き目に。遺族の拒否は本人の意志(遺志)なのだろうか? 文化の発展を阻害する片棒を担いでいいのだろうか? また、50年から70年へ、という根拠が薄い。

富田:青空文庫は当初「パソコンの画面でテキストを読む」ことを想定していた。しかし、いろんな人からメッセージがあった。ブラジルに移民した日系人、中国、韓国の若者、日本語教育を戦前戦中に受けた元植民地の人びと。日本語や日本語のコンテンツにアクセスするのが困難な人が利用している例も多い。しかし全く予想していなかったのが障害を持った人たちのための利用。テキストの形式になっているので読みとって音声で聴いたり、点字にしたりの元データとして使うことができる。我々にとっては1月1日というのは著作権が切れる区切りの日なのでとても大事な日だ。(来年、再来年に切れる人の例)これらの公開準備を進めているが、公開されないどころか、遡って延長が適用されるようであれば、現在のコンテンツの約半分は公開できないことになってしまう。

田中:経済学の立場から、実証的に調査をし、実態を確認する必要があると思う。

  1. 期間延長前後の変化を見る
    1. 35年→50年、50年→70年の変化の後で、作品数あるいは売り上げが増加したかどうかを調べる。増加していれば、保護期間延長が創作意欲を刺激するという主張が裏付けられる。
  2. 保護期間の延長で創作意欲(投資意欲)が上昇するのかどうかアンケート調査をする
  3. 作品のライフサイクルからの推定
    1. 死後50年〜70年の間の期待売り上げ-保護期間を70年に延ばすことで得られる利益
    2. 死後70年の間に絶版になるものの数-保護期間を延ばすことでの不利益(死蔵の不利益)
  4. パブリックドメイン化の利益
    1. 廉価版や企画ものなど多用な形で供給されるものの利益
    2. 再創造の利益
  5. 国際貿易の利益不利益
    1. 輸出と輸入のバランスで比較
    2. 仮に米国が相互主義をとって日本だけ保護期間50年年とした場合のシミュレーション
    3. 戦時加算撤廃を認めてくれた場合のシミュレーション

三田:ヨーロッパでは著作権保持期間は70年だと聞いているので、国際的に足並みを揃えたい。

 一体、何の対立なのだろう、という問いに山形さんは「クリエイター、利用して欲しい立場、利用したい立場の問題。アイデンティティをどこに置くかだろう」とコメントする。平田氏はチェーホフ(彼は40代で亡くなっている)の例を出せば、富田氏は「対立ではないのでは?」と疑問を呈す。三田さんは「少し褒めて欲しい」と言っているのだと思うが、そこには共感するとも。ただ、だったら別に保護延長という方向じゃなくとも構わないではないか、と畳み掛ける。そこで芥川龍之介「後世」を読み上げる。これは効果的だなあ、と感心した。「保護延長をして後世の人に利益をもたらすことが決して良いこととは思えない。電子化することによって「褒める」ことのお手伝いはできるとのこと。

 松本氏の主張は、ひどく感覚的で説得性に欠けると感じた。「永遠の浪人」だの「家族のために歯を食いしばって孤独に耐えてきた」だの「若くして亡くなった人の遺族を守りたい」だの、著作権保護延長と直接関係ないのでは?といった話。もしかしたらもっと違うところに狙いがあるのかも知れないのだけれど、抽象的すぎたりやけに具体的すぎたりして、うまく一般化できないという感じ。賛成派にもうちょっと議論ができる論客を持ってこないと今後ちょっときついのではないだろうか。この主張にも田中氏からは「長く残したい、広く知らしめたいのであればパブリックドメイン化した方が良いのでは」とツッコミを入れられてしまった。

 また、三田氏からは「その人の仕事を知らしめるのに全集を出版するという方法があるが、既に青空文庫などで無料で公開されているとその編纂に携わった人たちが報われない」との話が出た。これにはその前に出た富田氏の意見「著作の発表を出版業界だけに任せてていいのか?」という疑問の方がやはり印象に残る(大体、全集を売るのならそのテキストデータも一緒にいただきたいものだね)。ここで、著作権延長があってもアーカイヴ化したければそれぞれに問い合わせればいいのではないか、という提案があったが、本当にそんなことが出版社のような金も時間も(ある程度)使える組織じゃない青空文庫、または利用したい個人に門戸が開かれているとはとても思えない。三田氏自身青空文庫の活動を評価する、と言っているが、だったら自分の作品を青空文庫に提供することは考えないのだろうか(ということは会場の大部分が突っ込んだところだとは思う)。青空文庫に収録されてものはパブリックドメイン化されているという明確な基準に今はなっているが、そうじゃないことになると、そこから更に加工しようとした場合に問題が出ることもありそうで、そこについても難しいことは多いのではないかと思われる。

 保護期間延長になっても、著作者それぞれが期間を縮めたいなどの希望を遺書に入れればいいんじゃないかという意見もあったけど、デフォルトが50年か70年かって、案外重要なところなんじゃないだろうか。大体、こうやって私が書いている文章だって何も考えなくても著作権は生じるのだし、それをいちいち私は遺書を書かなくちゃいけないのだろうか。また、こうやって無意識に書いていたり、自分は金にならないことをやっていると思っていたりで保護期間が他人に影響を与えると想像もしていなかった人間が突然死んでしまったときには一体どうするのだよ。基本的に壇上で喋っている人たちは著作物で食っている人たちで、だからそういう人たち向けのことばかりに考えが及ぶのだと思う(山形さんや富田さんは血別の立場のことも述べているのだが)。後で会場からとった意見の中でも、お金にならないし発表の場もほとんど無い俳句や短歌、論文なんかもあるんだ、という話もあったな、そういえば。

 国にとっての得失についても議論があった。世界基準である70年にしたいという話は、ヨーロッパが中心のもので(アメリカもそれに追随しようとしている訳だが)あまり説得性がないのではないか、とか、先進国である日本が(著作物を大切にするという?)手本を示さなくてどうするんだ、という意見もあった。平田氏は、どうせだったら延期される20年の間に得られる著作権料は、半分を若手芸術家育成基金に、半分をユニセフに寄付すればいいのでは、という具体的提案が出た。松本氏からは「途上国とか先進国だとか、驕っているのではないか。日本だっていつ追い越されるか分からないんだ」という松本氏の意見も出たが、前半はいいとして後半はちょっと……。

 会場からの質問や意見もとったのだが、写真家協会(?)の人がひどく立腹していた……が、怒りしかこちらには伝わってこない。自分たちがないがしろにされている、ということなのだろうか? 壇上の賛成派は子供がいて、反対派はいないのではないか、という素っ頓狂だが色々考えられる指摘もあった(まあ、実際その通りで「だから孫子の代までなんて要らない、と言うのだろう、と)。

 また、私の座った近くにいた人が反対派の意見に盛んに拍手を送っていて、この人は一体どんな人なのだろう、と思っていたら、この場で発言があった。この人はクラシック音楽の指揮者(千秋様!と言いたくなってしまうな)で、著作権がまだ保持される音楽の演奏では莫大な費用がかかるという話を。それはあまりにも大変なので新しめの(著作権が切れていない)作品を演奏するのは止めようという話になっている。このままでは早晩、演奏できるクラシック音楽がどんどん減っていくことになるぞ、という話。それは困るなー。この人はイギリスの大手出版社と著作権に絡んだ裁判をしたそうで、訴えられ、弁護士に相談したけど誰も引き受けてくれなかったとか。結局彼は弁護士なしで最高裁まで持ち込み、全部勝ったらしい。そんなすごい人が近くに座っていたなんて知らなかったよー。この人は終わってから他の人たちと名刺交換していたようなので、次があれば出てくるかも。この方は名前だけ書き留めておいたのだが、mixiなどでこのことを書いたら調べてくれた人がいたので特定できた。この方らしい。ああ、確かにこの通りのエピソードだったし、公式サイトの写真の風貌そのままだった。

 最後に、レッシグ博士からのメッセージを読み上げて閉会としようとしたのだが、松本零士から待ったがかかった。「ていうかそのレッシグって何者? 大体、こういう終わり方(レッシグ博士のメッセージを読むことで、あたかも反対派主導の論調で終わりそうだった)するんだったら私はこの席には座らなかった」というような話には思わず拍手。確かにこの終わり方は不公平だ。でも、その後結構いいこと言ったように思うのだけれど、その肝心な内容を覚えていないorz*1。その後を三田氏が引き取って、国会だかどこかの委員会だかに「障害者向けには著作権を行使しない」といった意見書か提案書を出した、という話をされた。まあ、そこは考えているようだけれど、まだまだ具体的な仕組み作りの段階には行ってないんだよな、この辺りって。多分。

 確か平田氏が言ったのだと思ったが「血縁に(著作権を)残すよりは、文化の川にかえしたい」という言葉が耳に残った。

 松永英明さんのところでも意見が出ているけど、著作権を死後も延々残すよりは生きている間の権利保護をしっかりやって欲しいな、と思う。細々として「報われない」と思うからこそ、の意見もあるのではないだろうか。また、著作権保護期間延長には、お金ではなく、「コントロール下に置いておきたい」気持ちも強いのだとは思う。ただ、これも一体遺族が著作者の遺志を受け継いでいるのかは不明だし、だったらそういうことをきっちり管理できる組織を作った方がまだいいんじゃない……って、あ、下手するとJASRACになっちゃうか。何にせよ、あまりにもシステム化されてない状態が長く続きすぎたのだと感じるのだけれど、この辺、どうなのだろう。

 今回は1回目となっているし、この短い時間でこんな膨大な問題を語ろうというのはちょっと難しかったと思う。これからもこういう機会が沢山あるとブラッシュアップされていく可能性はあるのではないだろうか。というか、せめてあと1時間余裕があれば何か飛び出たかも知れないね。そんな意味では余韻を残しつつの解散となった。

参照:

*1 まあ、お互い感情的にならないで冷静に議論しようよ、といった趣旨だった模様

_ [買い物] FUJITSU スキャンスナップ FI-S500

 ビックカメラ渋谷東口店にて購入。ここはお店の人がなかなかいない&捕まらないのでいつも嫌な思いをする。時間もかかるし。誰を捕まえればいいのか分からないんだよねー。人が多すぎて声かけられるのがウザいのとどっちがましだろう?

 商品自体は小さくて軽いのに、箱は結局倍くらいの大きさで拍子抜け。電車の中でも邪魔そうだったので各駅停車で帰ってきたら(あんまり急行使わないけど)途中で座れて寝ちゃって、隣の駅で飛び起きた。

 帰るのが遅かったしいろいろやることもあるので、今日のセットアップは無し。明日にでも何かスキャンしてみますかね。ああ、それにしても分厚い紙の束をスパッと切れる省スペースのカッターっぽいのが欲しいなあ!

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

_ an-shida [著作権シンポジウムでの指揮者の方のお話について質問させてください。 「このままでは早晩、演奏できるクラシック音楽がど..]

_ にじむ [an-shidaさん、ご質問ありがとうございます。 わたしも聞いたままを書いて「ああ、確かに大変そうだ」みたいなぼん..]

_ an-shida [ありがとうございます。にじむさんがおまとめになって「どんどん減っていく」ということかと思っていたのですが、杉山さんの..]


2006年12月12日 (火) [長年日記]

_ [読書][読了]『 いとしの熊博士 (ハーレクイン・イマージュ)(サラ キーン/霜月 桂)

 人から譲って貰ったのだが、そのときは確かに本のリストを見て、タイトルだけで決めた。すまんかった。

 知的な熊に惚れたブロンド美人が世間の白い目にもめげず愛を成就するロマンス……ではなく、セクシーだが熊に夢中の自然科学研究者に一目惚れした「温室の花」25歳が、ヤッピー男との婚約を解消しこの男の胸に飛び込む、というお話でした。読んだ時間を返せー。最後まで、何かどんでん返しが起きるんじゃないかと期待していたのに!

 まあ、ロマンス小説としては普通のできではないでしょうか。ハーレクインもこの手の小説も読まないのでよく分からないけど、日本の少女漫画のラブコメものによく似ています。

 歯の浮くような台詞やら、ご都合主義の展開やら、まあありきたりではありますが、会ったときはお互い反目し、目を合わせると喧嘩ばかりで素直になれない、とか、疲れて暖炉の前で寝てしまった女を悶々と見つめる男、とか、死に別れた奥さんと同じファーストネームとか、ヤッピーのライバルはワイルドだとか、お節介焼きのお姉さんとか、25歳にして仕事で成功した私、とか、けれどちょっとドジッ子、とか、男を想って脳が溶け出しそうなラブポエムを書いてみたり(彼女、文章の才能があるらしいけど、その評価を疑いたくなりました)、という一連の出来事がアメリカの雄大な自然をセットに繰り広げられます。「ちょっと最近私ったら乾いているわ」という人にはぴったりのものが揃っている願望充足小説でもありますね(ペットボトルのお茶で自分を浄化しようとしていたヒロスエにも是非お薦めの一冊)。ってそれがハーレクインロマンスの主眼なのでしょうが。

 それにしてもこの後振られたスコットは、一体どうしたんでしょうか。あれほど嫌っていた精神療法まで受けて主人公の言うとおりにすると下手に出るほど性格改変したのに(っていうか、変わりすぎだっつーの)。だって、それまでは自分の思い通りに動かなければ不満で、主人公との結婚だって、まるで彼女の稼いでくるお金目当てのような発言ばかり。ホントにそれでいいの、って姉じゃなくたって心配になるって。

 まあ、いい体験させて貰いましたよ。さて、次は誰が読む?

_ [買った本]買った本

 ブックファースト渋谷店にて。

 トーベ・ヤンソンは、近代ナリコさんの『インテリア・オブ・ミー―女の子とモダンにまつわるあれこれ―』に刺激されたもの。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ おおた [ちがう、ちがう、そうじゃなーい。 読んだ時間よりも大切なのは、こんなステキタイトルを読めた、その経験です。 いわば、..]

_ にじむ [わかってるよー、タイトルを愛でるというのは。でも、中身も何かやっぱり期待しちゃったんだよー。ハーレクインだからこそ、..]


2006年12月13日 (水) [長年日記]

_ [mono] FUJITSU スキャンスナップ FI-S500を使ってみる

 という訳で、今回は2つの雑誌を試してみた。ひとつは、丁度書店で貰ってきた東京大学出版会PR誌「UP」。もうひとつは、丁度今月号が出たばかりの「本の雑誌」2006年12月号。まあ、比較的薄くて、字が多い2誌だ。

 まずは解体。今日東急ハンズで買ってきたオルファローリーカッターL型。実はローラー型は初めて使うのだけれど、結構使いやすい。雑誌の表紙の綴じ代の方にステンレスの定規を当ててちょっと押し当てるようにして切ると、まあ5枚くらいはいっぺんに切れるのではないだろうか。薄い雑誌だからいいけど、これが月刊の文芸誌とかだと気が遠くなりそうな気がする。ウェブサイトを見ると、これより上のLL型というのがあるみたいだ。これを買ってみようかなあ*1

 「UP」の方は中身の紙質も良く、表紙もマットな感じで問題が無さそう。実際その通りで、かなりスムースにスキャンできた。読みとりも本体側のボタン一発なので分かり易い。が、その中身を見てみると、意外に粗い。まあ、フラットスキャナよりは見劣りするだろうとは思っていたが、再度紙で出力して読むに耐えるくらいのクオリティは保っているものだと思っていたので、ちょっとがっくりした。これは後に初期設定でスキャンの画質を上げてみると解決。この辺は読みとり速度とクオリティのバランスで、自分がどこで納得するか、が落としどころだと思うが、ちょっと気になるのでしばらくは最高画質でいくことにしたい。因みに、標準画質ではあっという間だったスキャンは、「UP」で5分ほど? まあ、最初からこんなものだと思えばさほど辛くはない。

 「本の雑誌」の方は若干やっかいだった。これは表紙はマットだが、裏側がツルツルで少し厚みがある。それがまずかったのか、シートフィーダをどうやっても通っていかない。まあこれは構造がうまくできていて、押さえている蓋をパカッと開けば紙詰まりも解消、ときている。それで何度かやり直してみたが改善されなかった。また、スキャナの方でホールドしておける厚みを越えていたようなので、2回に分けてスキャン作業をする。一応、小分けにしてスキャンするというのに対応するメニューもあるのだけれど、この際ということで少し減ったスタッカーに残りの分も積み上げた。こちらはいくらか写真があったのだが、少し粗くなってはいるものの許容範囲。これが許せないなら最初からデジタル化しないもんねえ。しかし、表紙はもったいない。もしかしたらA3キャリアシートに挟んで通せばいけるかも知れない。後でやってみよう。

 スキャン自体は速いのだが、やはりOCR作業には時間がかかる。今、メーカーのサイトを見て知ったけど、OCR処理って勝手にやってくれるの? どのくらいの認識率か知りたくてスキャンしてすぐに文字列検索をしたら「文字情報は無いよ」といわれたので明示的にやってみたんだけど。今朝、画質を上げてスキャンしたものは時間が無くてこの処理をしてこなかったので、後でどうなっているのか確かめてみよう。認識率はかなり高く、あの画質の割には健闘していると思う。級数の小さな活字はやはり無理だったけれど、これなら文庫のフォントでもいけるんじゃないかなー? この辺は、丁度だぶりで持っている『パーク・ライフ』で調べてみるつもり。

 スキャンしたPDFファイルのサイズも確認していないので、この辺は追々と。

*1 と思い、PC Depotを覗いてみたが、このサイズは置いてなかった

_ [読書][読み中]『 神聖喜劇〈第2巻〉 (光文社文庫)(大西 巨人)

 ちょっと中断してたのであまり進んでいない。一応最初のブロックは読み終えた。ここでは班長の大前田と対称的な存在として、村上少尉が出てくる。彼は大前田とともに戦争というものを語っているのだが、まるきり違う。いわば建前の部分を信念を持って語る、という感じ。そこで紹介した「ある人」の歌を紹介するが、その出所を知っている東堂は、その村上の胸の内を探ろうとする。旧制五高に通っていたという村上の胸の内には、一体何があるのだろうか。大前田も村上も、全く逆の方面から戦争を語っているという構図。

_ [webメモ]著作権保護に関してのアンケート

 先日のシンポジウムを機に、著作権保護期間延長に賛成か、反対かなどを問うアンケート。基本的には先日のシンポジウムに参加したりストリーミングを聴いていた人たち向けなのだろうけれど、Internet Watchなどの記事を読んでのものでもいいそうだ。結果は投票締め切り後、とのこと。これはhttp://d.hatena.ne.jp/copyright/の人が出したものだが、この方のシンポジウムの感想はかなり自分のものに近い、と思う。……わたしの勘違いじゃなければ。

_ [本の話]ISBNコードが変わる

 昨日Amazon ȡץ ֥: ISBNʹɸ޽ֹ˵ʲȼȡ󥯤бˤĤƤΤを読んで思い出したけど、ISBNコードが現在の10桁から13桁に変わるんだった。今は最初の1桁が国別番号の"4"だけれど、これの前に"978"が付くのだそうな。ただこれは「必ず」ではないようで、ものによっては"979"になることもある*1のだとか。

ɣӣ£εʲΤΤ餻

 ところでこのリンクしたページで初めてチェックデジット(最後の1桁)の計算方法を知ったよ。これでamazonはISBN=ASINでは無くなってしまうそうだ。うーん、明快だったのになあ。まあ、以前にbk1は何故商品固有IDにISBNを使わないか、という話になったときに確か森山さんから「書籍に必ずISBN番号が付いているという訳ではないし、重複している場合もあるから」と教わったんだった。

 んー、来年1月1日かららしいけど、どこかのタイミングでWikiの内容も一括変換しなきゃいかんかね、これは。

*1 ただし、この後でリンクしているページによれば979を使うには基本システムの改変が必要だそうで、可能な限り978で行くんだろうな


2006年12月14日 (木) [長年日記]

_ [mono] FUJITSU スキャンスナップ FI-S500で文庫を電子化する

つわものどもの夢のあと  そういう訳で念願の、文庫本取り込みをしてみた。最初は吉田修一『パーク・ライフ』から。これは中編2本収録で全体で180ページほどなので、2つに分けてスキャンした。背からページをバラバラに切り離す作業はいたってスムース。これほどローラーカッターにして良かったと思うことはなかった。ただ、ガイドみたいのが出っ張っているので、これ以上の厚みだと歯をまっすぐにしては着ることができないかも。

 きれいに切れたお陰でスキャンもスムース。最後にA3のキャリアシートにカバーを挟み込み、ひとつのPDFとして仕上げた。ああ、表紙を取り込んだところ、一部が斜めにずれてしまって切れてる……どうしよう、やり直しかなあ。

 その後、調子に乗って橋本治の『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』を解体する。……が、早速苦戦。歯がこれ以上入らなくなる厚みのところで歯を少し斜めにしてみたのだが、そうすると背の方が丸まってずれる……。しかも歯の通る道が安定しなくなって、細長い切りかすが沢山出てしまった。おまけに断面もスパッとはいかなくて、じゃりじゃり。この状態で読み込ませてみると案の定、途中で何枚かをいっぺんに取り込んでしまう。結局2回挑戦してあえなく敗退。この断面をまずはどうにかしてから再チャレンジすることに決めた。

 その戦果が、掲載した画像の通り、なのであった。

 昨晩は飲み会もあったのであまり手を付けられなかったけれど、これは年末に纏めてやるしかないなー。それにしても、やっぱりある程度の厚みのあるものが切れる裁断機が欲しくなってきた。ううー、買っちゃおうかなあ。因みにScanSnapオーナーの間では、どうやってもPLUSのPK-513が一番人気のようだ。PPC用紙40枚が切れるのなら、文庫本だったらもう少しいけるだろう。雑誌はどうかな? 安いところを探して通販で購入しようかなー。なんでも12Kgを越えるので、持ち帰りは死ぬ目にあうらしい。

 因みにだが、先日スキャンした雑誌2冊の取り込み後のサイズを記しておく。

  • UP」2006年12月号(表紙はカラー)
    • 標準:3.81MB
    • エクセレント:20.9MB
  • 本の雑誌」2006年12月号
    • 標準:8.36MB
    • エクセレント:48.8MB

 標準の方は既にテキスト張り付けが済んでいるが、エクセレントの方はチェックしていないので不明。

_ [買った本]買った本

 ブックファースト渋谷店にて。買いそびれて落ち穂拾いしたものとかをぼちぼちと。


2006年12月15日 (金) [長年日記]

_ [買った本]買った本

 たまには大人飲みということで次に行く人たちの群れから離れて、ブックファースト渋谷店にて。

 これを買うためにわざわざ立ち寄らなくても……と思わなくはないけど、まあ、酔狂というヤツですよ。結局その後バーに立ち寄り、終電で帰るはずがやっぱり無理で深夜バスで帰還。まあ、ここで切り上げられただけでも立派だ。


2006年12月16日 (土) [長年日記]

_ [イベント]ガルシア=マルケス全小説刊行記念木村榮一×高橋源一郎トークショー「物語は永遠に」@青山ブックセンター本店・カルチャーサロン青山

 到着したのは結構ぎりぎりの時間だったのに、会場内は比較的いい席が余裕で取れてびっくり。みんな、このイベントを見落としすぎですよ! って、まあ、そんなに喜ぶ人は多くなかろう、というイベントではあるが、ラテンアメリカ文学好き、変わった小説好きにはとてもよく知られた木村榮一氏(神戸外国語大学学長)と、高橋源一郎氏のトークショーなのだ。実は、ラテンアメリカ文学、というのと、あまりにも多くの貴重な仕事をされているためにもっとお年を召していると思いこんでいたのだけれど、先日、『コレラの時代の愛』のあとがきを読んで「この本を訳すのに肩を痛めた」という記述があり心配してプロフィールを確認したら、自分の親と同年代だった。高橋氏に続いて会場に入ってこられた木村氏は、驚くほどスマートな知識人、といったお方で、高橋氏と並んで腰掛けると、髪の毛の分け目が左右相似形だったために、まるで双子では、というくらいの印象だった。

 まずは、簡単な前置きの後に、『わが悲しき娼婦たちの思い出』の冒頭の朗読から。木村氏がスペイン語で、高橋氏が木村氏の訳した日本語で、という形。木村氏は「朗読が下手なんだよなあ」とおっしゃっていたけど、これがなかなかどうして。スペイン語って何を言ってるのか分からない状態なのだけれど、その音と柔らかさと抑揚に身を委ねられる、というのかな、そんな感じでした。それに続いた高橋氏の朗読は、風邪を引いていて少々調子が悪そうだったのは残念だけれど、さすがに慣れているのかうまい。その後かいつまんだあらすじ紹介や、訳しているときのこととなどなどが語られ、最初はメモをしていたのだけれど、一言一言逃せない状態で、途中から放棄してしまった。この本を訳しているときは非常に楽しかったようで、そのことを繰り返していた。そしてまた、この元ネタと言われている川端康成の『眠れる美女』との対比。老いや死への恐怖があるところは共通しているが、マルケスの方が「あっけらかん」としているという指摘。

 その後、『コレラの時代の愛』のクライマックスシーンの朗読へと入り(朗読の順番は逆転)、ここでのトランシト・アリーサの「あなたのために童貞を守ってきました」という台詞のスペイン語について再度確認する高橋氏(笑)。こういう臆面の無さがラテンアメリカっぽいよなあ、という話等々。

 その他、コレラの話に交えて、木村氏自身がメキシコに長期滞在したときの数々の「事件」のさわりを語ったり、ラテンアメリカとラテンアメリカ文学の特徴や歴史との関連なども言及された。ガルシア家は元々ケルト民族だったようで、口承文学的な下地も、おそらくこの辺りにあったのではないかという話などには非常に興味深く聞き入った。スペインの小説に「にぎやかな森」というのがあり、これが『百年の孤独』の原型なのではないか、という話もあった。この『にぎやかな森』も訳したかったそうだが、その余裕がないらしく……でも、検索したら映画化はされてるっぽい。

ˤ䤫ʿ - Dz allcinema

 ウェンセスラオ・フェルナンデス・フロレースという人が著者のようだ。この話の中で「ガルシア県人会」という呼称が出て来たが、あのカストロも元々はこの土地の出身なのだそうだ。だからマルケスとは仲がいいのだ、ということらしい。

 ラテンアメリカ文学全般に関しての話にもなったのだけれど、木村氏によれば「書かれたことは既に消えゆく運命にあるものであり、小説家はその「時代の切れ目」というものを知っている存在なのだ」という話は特に印象的だった。特にラテンアメリカ文学は、本当にあったことを荒唐無稽な話に変身して披露されることが多いが、これは伝達や伝承による「大袈裟な表現化」にも関わってくる部分が多そうだ。そしてまた「本当にあったこと」が小説として語られるときには、既にその話は過去のものだ、という流れになったのだったと思う。

 高橋氏は2002年にコロンビア大学で講演した際に「日本の(近代)小説=マコンド」説を打ち出したそうだが、そこから「日本の(近代)小説は一旦消滅する運命であり、その語り部がわたしなのだ」と冗談めかして話していた。これはこれで面白い話だと思う。消え去った村の後には何も生まれないのか、それとも、美しい森や都市が改めてできあがるのか。

 木村氏は関西の出身の人であり(「河内音頭で育った人間なので、音楽のことはよく分からない」と最初の方でおっしゃっていた)、本当に話すのがお好きなようで、格調高い作品解説から想像される人物像とは180度違った人だった。しかし、こういう色々な面を持つ人だからこそ、ラテンアメリカ文学というものに長年親しんできて、今も第一人者でいられるのではないか、とも感じた。

 そうそう、音楽の話で思い出したけど、『わが悲しき〜』では、この老人は実際「やったのか、やってないのか」という話にもなった。高橋氏は「読みのがしてるんじゃないか」と確認するため二度も読んでしまったらしいが、木村氏によれば「やってないのでは?」と。ただ、高橋氏が「たまに1行読み飛ばしてしまって全然話が通じないときがあるんですよ」と言ったらこっちはそれ以上の強者だった。「一行一行訳しているつもりなんですが、たまに話が飛んでるなあ、と思うと、1パラグラフ飛ばしてたりするんですよ。だから、できてきた本も原書そのままでは無いかも知れませんよ」とにやり。うはー、チャーミングすぎますよ、木村タン! ますますファンになった。その他、南米小説における娼館の女主人の役割についての二分する印象がおかしかった。高橋氏は「絶対こいつ(ローサ)は主人公を騙そうとしている。信用ならないヤツだ」と言うのだが、木村氏は「実はわたしはこの人をとてもいい人だと思ってるんですよ。翻訳してると、登場人物に同化してしまうため、性善説に立ってしまうんです」と言っていて、この「翻訳してると性善説」には高橋氏も同意していた。そうそう、『わが愛しき〜』は、途中で原稿流出*1し、後半部分をまるっきり書き直したらしいですよ。だから、違うラストを想像するのもまた面白いかもしれない。

 因みにガルシア=マルケス自体は数年前に肺ガンで手術したそうだが、ぴんぴん元気だそうだからまだまだすごい新作を書けちゃったりするかもしれない。

 このカードでこんなに集客できないとは思いませんでしたよ。それだけ南米文学はマイナーだということになるのかもしれないけれど……。でも、何となく面倒になって来なかった、という人は、臍を噛むといいよ! 危なくて本にはできない話がこれまた盛り沢山だったのですよ。あー、面白かった。

*1 マルケスは、書き上げた原稿を、その時点で周囲の人に見て貰うようにしているそうだ。その過程で流出したらしい

_ [飲み会]読書部忘年会

 えーと、多分。今年もO邸に集い、本の話やら何やらをあれこれと。辛い鍋とベーシックな、出汁がきいたお鍋と二手に分かれて10人ほどでわいわいと。外はそれなりに寒いけれど中は鍋と人の熱気でぽっかぽかなのでございました。

 場所を貸してくださり、朝から(というかその前から)準備をしてくれていたOさん、朝早くに(自転車で)江ノ島の方まで行って魚や牡蠣を買ってきてくれたMさん、ありがとうございました。そして、盛り上げてくれた参加者のみんなも。来年もまた、面白い作品に沢山出会えるといいですね。


2006年12月18日 (月) [長年日記]

_ [webメモ]aozora blog: ݸ֤αḺ́ͤġ󥷥ݥ˴ؤ뻨1: aozora blog ȯ

 先日行ってきた著作権保護期間延長に関するシンポジウムのとても深くて広範な考察が青空文庫のweblogで出ているようだ(自分の記事がリンクされていたので気がついた)。大久保ゆうさんの手によるもので、とても膨大なテキスト(続き物になっているので全部目を通して欲しい)なのでまだ斜め読みでしか読めてないのが申し訳ないが、反対派だけではなく賛成派の立場とその理屈や心情まで慮る視線には頭が下がる。これを書くための時間よりも沢山の「考える時間」を、今まで過ごして来られたに違いない。

 また、国民会議のウェブサイトにも「参考記事」として様々な論考や当日の感想のリンク集のようなものが作られている。労作。トラックバックセンターを設ければいいのに、と思っていたんだけど、情報整理とノイズ遮断(spamなどの)には断然手製のリンク集の方がクオリティが高いからだ。手間がかかるので誰もやりたがらないのが普通だと思っていた。

 これらをちまちまと読んでいると、自分の考えもまた「感覚的」であったことが思い知らされる。もうちょっと系統立て、理論立てて考えないと恥ずかしいな、と感じた。

 また、当日のストリーミング映像がレジュメのページで視聴できる。リアルタイムで音声を聴けなかった人は是非。

 因みに、当日のchatのログを見ると、田中辰雄氏によるプレゼン資料は後日どこかで公開されるだろう、といったことを津田大介さんが書かれていたと思うので、そちらが公開されたらリンクするようにします。

_ [買った本]買った本

 ブックファースト渋谷店にて。

 


2006年12月19日 (火) [長年日記]

_ [読書][読み中]『 コレラの時代の愛 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1985))(ガブリエル・ガルシア=マルケス/木村 榮一)

 ひと区切り、というところまで読み終えたのだけれど、ホントに大時代的なロマンス小説だなあ。ただし、それをガルシア=マルケスが書くことに意味がある。そこここにユーモアが散りばめられているのが非常にうまいし、なんというか、かっこ悪さのようなものが笑いになり、味になってるんだよな。そういう意味ではフベナル・ウルビーノ博士だけはお人形的というか神様級の、非の打ち所がない人、なんだよねえ。フロレンティーノ・アリーサと比較される存在としての彼だったのだろうか? もう、周囲にからかいを受けているフェルミーナ・ダーサを馬車で助け出すところなんて、どこの王子様ですか?という感じですよ。ハーレクインロマンス真っ青ですよ。

 その二人が盛大な結婚式を挙げ、ヨーロッパに新婚旅行に行くのだけれど、これが二年間なのですよ。その間も仕事は待っていてくれるってこと? 羨ましいなあ。あと、フェルミーナ・ダーサが求婚を承諾する直前にお父さんが「破産した!」って言ってたけど、あれってどういうことだったの? もしかしてウルビーノ博士に嫁いだことで支援されたりするってこと?

 船の上での処女(童貞)喪失ということでかつての恋人たちは描かれているのだけれど、これがまた対称的な描写なんだけど、わざとやったのかな? フロレンティーノ・アリーサは、それまでフェルミーナ・ダーサの心変わりに意気消沈していたのに、誰だか分からないその相手を恋いこがれる場面があって「まあ、若いときの恋なんてそんなもんだろうよ」と苦笑してしまった。フェルミーナ・ダーサが「わたしってこんな人に恋してたの?」と思いとどまる場面などは自分も経験があるだけにかなり痛かったり。

_ [読書][読み中]『 神聖喜劇〈第2巻〉 (光文社文庫)(大西 巨人)

 二巻は、出生前の思い出がずーっと綴られていて、愛人との逢瀬の場面が延々と続く。衒学的な会話が続き、それを読んでいるこちらとしては「けっ、勝手にやってれば」と言いたくなるんだけど、まあ、そういう主人公なんだから仕方ないわねえ。ここでは相手の女性もまたこの男に付いていけるほどの教養の持ち主として描かれていて、彼らは逢瀬の場でもそんなことばっかり話しているのであったよ。

 女の方は未亡人で、夫を日華事変で失っている。そこで夫を送る妻についてあれこれ言ったり、見送った男が行く「戦争」についてあれこれ言ったりする訳で。今は毛を剃る剃らないの話をしているのだけれど、これがまた非常にもったいぶっていて、笑ってしまいますよ。

_ [読書][TimeBookTown]Timebookフェア特別版「やっぱりミステリーが好き」特別座談会

 ……などというものがあった。知らなかったよ。メンバーは大森望さん、杉江松恋さん、末國善己さんのお三方。ミステリと電子書籍について語り合っている。確かに電子書籍は在庫を置かないから古いものを持っていても邪魔にはならない。ロングテールを狙ったストックには最適なんだよね。TimeBookTownの場合には期間限定なので買ってしまうと期限前に読んでしまわなきゃという緊迫感もあるけれど、最近は会員になっていればずっと閲覧できるスパンのものもできたので(価格が違ってくるけど)、まあ、ずっと飽きなければ、そしてこのシステムが続く限りは読めるのかな。著作権管理のため、と色々制限の付いたソフトであることはちょっとなー、と思うけれど、なんだかんだ言って毎月1回は松浦理英子の連載小説「犬身」で慣らされたので、そこそこの長さのものも読むのが辛くなくなってきている。それでも画面全部使うのは止めて欲しいけどねえ。せめて、ウインドウサイズ(640x480とか、800x600とか)固定でいいから選べないもの化ねえ。

 ミステリはあまり詳しくないので「ほうほう」という感じで読んでいるけど、小林信彦の『紳士同盟』や山田風太郎なんかはちょいちょい読んでみたいかも。皆川博子や松本清張とか? 立ちあげ時はホントにタイトルが少なくて「これから大丈夫だろうか」と心配だったのだけれど、リニューアルしてからは怒濤の更新で、漫画も充実してきたのが嬉しい。「イブニング」の連載漫画などは、人気のものの第1回を読めたりするのも案外いいな。ほら、今は単行本の立ち読みも難しいことが多いし。先日も「少女ファイト」とか「げんしけん」とか「べし」とか読んでみたし、「へうげもの」もダウンロードした。これで気に入れば単行本を買うこともできるし、電子書籍でも出てくるかも。それと、今は「モーニング」の特集もやっていて、元談志門下の立川志加吾の『風とマンダラ』も全部読める。これ、連載の時は楽しんで読んでたんだけど、単行本は知らないうちに入手困難になっちゃってたんだよなあ。

 ところで、いつの間にかTimeBookTownもアフィリエイトプログラムを始めたらしいのだけれど、見るとバリューコマースジャパンのヤツなんだよな。オリジナルじゃないのか……。どうも、そこまで行っちゃう気分にはならなくてなあ。商品へのリンクがし易くなればいい、というだけだし。

_ [買った本]買った本

 ブックファースト渋谷店にて。

 うううう、『 百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967))(ガブリエル ガルシア=マルケス/Gabriel Garc´ia M´arquez/鼓 直)』が出てましたよ。翻訳者によるあとがきがなかったので、果たして改修があったのかどうか不明。特別便利になった印象もなかったので、保留しておく。『世界文学を読みほどく』のページ数もずれちゃいそうな気がするし、どうするのかなあ。『最後のウィネベーゴ』は、ぎょっとする犬の画像でびっくり。裏の方の子犬もこれまた……。


2006年12月20日 (水) [長年日記]

_ [本の話]榮一タンお勧めの本など

 榮一タン呼ばわりしてしまうが、ラテンアメリカ文学の偉い人、木村榮一氏は、神戸市外国語大学の学長なのであった。ここで月ごとにエッセイ「風の便りII」を掲載しており、ちょうど12月はカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』について触れていた。ところで後半は日本の作品である。恒川光太郎? 誰、知らないなあ、と本のタイトルを見てみれば『 夜市(恒川 光太郎)』。お、これは何となく見た覚えがあるぞ。木村氏曰く、滅多に褒めない同居人(って、奥さまだろうね)がべた褒めんだそうで、かなり気になります。

 一応、昨日書店で現物を確かめてはみたのだけれど、本当に読みたい本が山積みでそっちの方が気にかかるので、とりあえず今回は保留。こうやってかいて備忘録代わりにしてみる(笑)。

 話も面白いけど、こういうエッセイ形式の文章もさすがの切れ味。月イチと言わず、いくらでも書いて欲しいところだ。

 ところで、木村氏の著作の紹介を見るとことごとく「抱腹絶倒」という文字が。……やっぱりそーいう人なんだね(笑)。

_ [イベント]『 僕たちは歩かない(古川 日出男)』刊行記念 古川日出男ナイトVol.2@青山ブックセンター六本木店

 前回からそんなに時間が経ってないような気がして、ここのところの旺盛な露出と創作活動にびっくりなのでございますが。朗読と合間のトークとサイン会とがぎゅーっと1時間に濃縮された、至福の時間を過ごしてきましたよ。

 とりあえず、書いておくべき事を書いておく。

イベント情報

  • 1/28(日) 18:00〜20:00 古川日出男×柴田元幸トークショー
    • CAFE246テラスにて。
    • 問い合わせ・申し込み:book246
      • TEL:03-5771-6899 / mail:info@book246.com
  • 2/22(木) 20:30〜 古川日出男in 文学カフェVol.2
    • 宜野湾市 CAFE UNIZON
    • コンセプト:2月22日22時22分22秒(『僕たちは歩かない』に出てくる時刻)に何かやるってことで
  • 1月26日(金)に新宿のMotionにて朗読ギグ

公式サイト開設予定

 来年2月、どこかの出版社のサイトに公式サイトを開設する予定。そこで創作、作品のねらいや、イベント情報を発信するとのこと。

出版予定

  • 来年中頃に河出書房新社から中短篇集を出版予定。「4309977049」に掲載された「スローモーション」も収録予定。
  • 「別冊文藝春秋」連載の「サマーバケーションEP」の刊行(連載は2007年1月号で完結)。こちらは『僕たちは歩かない』の夏ヴァージョンのような気持ちで、とのこと。わたしも、一部は読んだ。

 サイン会では、何故かマシュマロをいただきました(笑)。

 内容については後日追記します。


2006年12月21日 (木) [長年日記]

_ [本の話]ドキュメントスキャナで取り込み始める

 先日注文した強力裁断機PLUSのPK-513が先週末に届いていたのだが、ウェブで散見される「でかい」「重い」の声に、宅配ボックスから回収するのを躊躇していた。しかし、雑誌を早くどうにかしたいのと、この時期色々お届け物があるだろうにいつまでも占有しておくのもなあ、と一念発起して回収。梱包を開けるときに注意しないとレバーにアッパーカット喰らうとあちこちで書いてあるのでびびりながら(その割りには包装はかなり身軽)開けたら普通のバネの強さで拍子抜け。まあでも、不意打ちは辛いよな。

 ライトでカット位置を知ることができる、とあったのだけれどいまいち勘が掴めず、それでも何度か使っているうちにコツが掴めて生きた。でも、びびって端っこの方を切りがちなので、たまに糊がくっついたままで2ページが未分離だったりもする。これがジャムる原因。それにしても本当にちょっとの力でいっぺんにさくっと切れるので、今までの苦労は一体何だったんだ、と問いたくなる。「本の雑誌」や各社のPR誌くらいだったら一発でカット、普通の文芸誌だと2つか3つくらいに背を割って薄くしておく必要がある。これにはアイロンを当てると糊が柔らかくなっていいとか、色々情報があるので後で試してみたい。裁断機は一回ごとにブレーキが作動するので、誤って怪我をする、という羽目に陥らないで多分済むと思う。ついでに、先日カッターで切るのに苦労した橋元治の『「三島由紀夫」とは何者だったのか]]』のギザギザの部分をなめらかにする。これがあるがためにスキャンの時に紙詰まりを起こしていたので。

 ドキュメントスキャナの方は、スーパーファインで読み込むように変えてみた。エクセレント(スーパーファイン)だと途端に遅くなったスキャン速度も、かなり速く思える。エクセレントのモードと較べると、モノトーンページのグレースケールがかなり粗くなる、というところがネックになるので、これは文字を主体とするかどうか、となるのではないか。写真がいくつかある「文藝」などはもしかしたらエクセレントで取れるといいかも知れない。できれば、小刻みにモードの切り替えができると嬉しいのだけれど。今、雑誌などは数度に分けてスキャンしているが、それをひとつのファイルとして継続読み込みの機能がある。これの切れ目のところでモードを変えられるとすごく楽じゃないかな。

 あと、「本の雑誌」は表紙の裏側がツルツルのコーティングがされており、そのせいかフィーダーがうまく巻き取ってくれない。あれこれ試して Fujitsu FI-511ES ScanSnap A3キャリアシート5枚セットを使うとうまくいったのだが、これだと裏表を並べて同一ページで表示してしまい、こちらの目論見どおり、文書の1ページ目に表紙を置くことができない。そこで、オフィスデポで見つけたスライドバー・ファイルのシートを使ってみた。表紙をシートの間に挟んで読み込むというものだ。しかし、いくら透明でもA4の単位で空白まで読み込んでしまうようだ。それでは、と表紙のサイズに合わせてシートを切り、それで希望どおり読み込ませることに成功した。

 後は、時々縦の筈が横向きと認識されて取り込まれることがあるのだけれど、これはもしかしたら自動調整をオフにしてみるといいのかな?

 また、この週末にでもチャレンジしてみよう。まずは空いてる時間に文芸誌を取り込む、取り込む。

_ [飲み会]肉を喰らう忘年会

 前回で味をしめた生肉の会。本当は肉を食う集まりじゃなかったんだけど、一番盛り上がってるかも(笑)。今回は新たに生肉のにぎり寿司やテールの煮込みなどもいただく。でも、前回食べたものもやっぱりおいしいから食べるので、すごい量の肉を食べる羽目になったと思う。今回もヴィロンのバゲット持参でガーリックトーストにしていただいた。

 ……傘を忘れたみたいなので(だって、夜に雨になると言ってたし!)、また近いうちに伺わねばならぬかもしれない。あそこまで行ったら空手では帰れない。やっぱり何かをいただかなくてはねえ。

 その後河岸を変えて二次会。二手に分かれて座ったところ、隣のテーブルは記憶スケッチアカデミーライヴで大盛り上がり。それにしても人間の記憶って、何て曖昧なんだろう。そして、脳の中で浮かんでいる形状をそのまま絵にするのって、どうしてこんなに難しいのだろう。その後の本人たちの弁明込みでのコンテンツですよね。いや、笑わせていただきました。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ オオタカ [なにやら凄いことになってますね。。 写真の入っているページは、印刷方式やコンディションにもよるのですが一度ゼロック..]

_ にじむ [ご教示ありがとうございます。しかし、コピー機が家にない(FAXで簡易コピーはできるけど)のと、紙をなくす目的のために..]


2006年12月22日 (金) [長年日記]

_ []東京国際フォーラム広場に、のだめマングース出現

のだめマングースその1の駄目マングースその2日比野克彦氏のオブジェ

 「のだめフェスティバル」イベント「光のシンフォニー ライティング・オブジェ」の辺りの一環なのか、広場入り口(TOKIA側)にのだめマングースオブジェが登場していた。最近ここを通ってなかったので気付かなかった。

 網状の素材で作られているらしく、正面から撮ったらちょっと薄っぺらく見えてしまったので(まあ、わたしの腕の問題だろう)、ちょっと斜めからも撮ってみた。

 ガラス棟の内側には、見てすぐに日比野克彦氏の手によるものだと分かるオブジェもあったので撮ってみたよ。夜にはライトアップされるのだね。来年1月12日までやっているそうなので、興味がある方は、何かの折にどうぞ。

_ [買った本]買った本

 ブックファースト渋谷店にて。

 『優男たち』は、ラノベ(ラテンアメリカ文学)のボーイズラブもの、だそうですよ! といっても、これは手記風私小説、なのかなあ。小説と手記の境目がどこにあるのか分からないけど、これは他の出版社ならいざしらず、青土社から出たのでとても気になり、買ってしまった。サブタイトルにあるように、マヌエル・プイグやレイナルド・アレナス(どちらも同性愛者だったということは知られてますね)も出てくるようなので、どういう風に扱われているかは気になるところ。

 それと、年末恒例の中野翠のエッセイが出ていた。これが無くては年を越せぬ。


2006年12月25日 (月) [長年日記]

_ [季節]クリスマス

 今年のクリスマスイブは日曜日だったが、夕方渋谷まで出たら電車がかなり混んでいた。これから街に繰り出してパーティだったりデートだったりですか、皆さん。わたしはデパ地下で予約しておいたケーキを受け取って帰ってくるだけだったので、街中の喧噪は全く見ていない。さぞやすごかったんだろうなあ。

 この日は何故か夫の実家からふぐ刺しが届いて、前菜を作る手間が省けてしまった。でも、どう考えても主菜がふぐ刺しとは合わないので、という口実で作る気を失ってしまい、ホテルオークラのディッシュプレートを買ってきてしまった。ボリュームはかなり控えめなので、食欲があまり無くても大丈夫かと思って。その他に地元のパン屋でイチジクを練り込んだパンと小ぶりのフランスパンを買ってきて、スーパーで赤ワインを調達。イチジクパンと赤ワインでちびちびやってみた。うまーい。

 しかし、この日は赤ワイン→芋焼酎(ふぐ刺しなので……たまたま家に残ってたし)→シャンパンと来たせいか結構酔っていたようで、シャンパンを1杯半しか飲めないうちに寝てしまったらしい。ひどすぎる! 高かったのを奮発したのに!

 そういう訳でケーキを食べるなんて余裕はなく、結局今朝の朝ご飯となってしまったのであった。トホホ。

_ [本の話]新文芸叢書ハヤカワepi《ブック・プラネット》モニター募集……していた

 先週末ちょっと情報があって、このプルーフ版(簡易製本した見本版)を申し込んでみたところ、無事週末のうちにブツが届いたのだった。タイとアフガンが舞台のようで、普段あまり馴染みがないところの小説なのが面白そう。訳者も古屋美登里さんと香川由利子さんなのが期待度アップ。

 それより、epiのレーベルで新しいシリーズが展開されるというのが楽しみなところですね。既に定評のあるレーベルであることを足場にして、今回のラインナップを見ても、かなり冒険してるんじゃないかな、と思いました。

 日本ではあまり知られていない作家の作品を紹介する、ということは新潮社がクレストブックスで既にやっているのだけれど、同じようなことにはならないはず。早川ならではの魅力あるラインナップを期待します。

 ここでもこのモニター募集のことを書こうと思っていたのだが、暇がないうちに締めきりとなってしまったのが残念。お詫びの印に年末年始に読んで早めに紹介できればと思います。

_ [買った本]買った本

 暮れも押し詰まってまいりました。買い逃しの無いよう、お気をつけあそばせ。まあ、とは言っても元旦から大型書店は開いていたりするので(書店員さん、お疲れ様です!)、年末年始に読むものがない、と嘆くこともないでしょうが。いや、私などはそんな羽目に陥ることはまず考えられないですけどね。

 ブックファースト渋谷店にて。

 あのジュリアン・バーンズさまの新作が出ましたわよ! でも、あまり大々的に新刊棚に置かれてなくて、店頭に出ているのに気づかず何日も経ってしまったのでした。今回も、イングランドのテーマパークを作ろうとするだなんて酔狂な話。前回*1のブッカー賞候補になったものですね。

*1 うああ、前回は"Arthur & George"であった。その前のヤツか


2006年12月26日 (火) [長年日記]

_ [読書][読み中]『 神聖喜劇〈第2巻〉 (光文社文庫)(大西 巨人)

 す、進まない。単に読んでる時間が短いということもあるのだけれど、二人の逢瀬の話を延々繰り返し回想されても、さほど面白いものではない、ということは分かった。まあ、女性に対してもやけにしゃちほこばってる面が見えたりしたので、それなりに収穫はあったのだけれど。

 女性は、日華事変で派兵された夫を亡くした年若い寡婦。広島市に本店のある料亭「安芸」の仲居だが、女子専門学校出の教養のある女で、潔癖性だがいざ事に及ぶと「大胆で奔放」というところが気に入っているらしい。二人でいても、すぐに何かの作品の引用なんかをやってきて、それに相手も応えるという、一種「お手並み拝見ですか?」と聞きたくなるような感じ。いや、こういう会話も面白いし、憧れたこともあったんだけど、二人でいるときも脳内フル回転が常態のようで、なんか疲れないかなあ、と。

 ここで話されるのは、主に「主人公は何故戦地へ赴くのか」であって、戦争を「名のある戦争」「名の無い戦争」に分けている。これが最初のうちはどういう風なものを指すのかはっきりしなくて困ったが、多分「名」というのは、名誉とか、大義とか、そういうものなんだよね。単に領地が欲しいとか自分の国が強いと知らしめたい、というだけではなくて。その他にも戦地に赴く兵士と戦争との関係についても述べていて、それは「十全な合一感をもって参戦または戦死する」ことなのだが、このことについての見解は双方少々異なるようだ。これはおそらく、主人公の厭世観と、女性自身戦争で夫を亡くしているからかとも思われる。まあ、主人公はちょっと粋がっているだけかも知れないね。これは手を変え品を変え、本当に何度も何度も繰り返される話なのだけれど、主人公自身も言い切っているほどには割り切れていないように見える。

 また、ここでの主人公は今までで一番死に近い状態が続く。戦争や派兵に関する会話もそうだし、女の方が戯れに(と見せかけてかなり真剣なのだが)提案する心中もそう。そしてまた、船でわざわざ島へやって来ての逢い引き自体が死の匂いがするよな。

たぶんアラン・シーガーにとって、'his loyalty to his personal ideal'〔「彼の個人的理想への彼の忠実」〕は、'a simple sentiment of loyalty to the country and city of his heart,'the high chivalry of his devotion to France'〔「彼の愛するフランスおよびパリへの実直な忠誠感情」、「フランスへの彼の献身の高潔な騎士的精神」〕と親密に結合していたであろう。彼にとって、前者と後者とは、異質無縁の別物では断じてなかったであろう。それに反して私にとって、「私の個人的理想(?)への私の忠実」すなわち「『人間としての偸楽と怯懦と卑屈と』にたいする拒絶ならびに排斥」は、「真正の祖国」または「私と同じ民族同じ人民」への「忠誠感情」、「献身の精神」あるいは連帯性から冷然と孤立しているのではないか。私にとって、前者と後者とは、ついに異質無縁の別物であるのではないか。(p.208)

_ [情報]松岡芽ぶき個展

 先日書店のカウンターで「カフカ」の文字が気になり持ち帰った絵はがきは、この個展のお知らせだった。白水uブックス入りした「カフカ・コレクション」の表紙の装画を担当された人らしい。このカフカ・コレクションの装画とカフカの言葉「鳥かごが鳥を探しにいった」から着想した作品の展示、とのこと。

 場所は、高輪の書肆啓祐堂ギャラリーで、期間が来年1月8日〜15日。

 あの青い透明感のある絵は印象的だった。とても小さくレイアウトされていたので、その元の絵が見てみたいな。お正月明けのどさくさで忘れそうなので、ちゃんとチェックしておこう。

_ [雑誌][本の話]ハリウッドスターは『 水源―The Fountainhead(アイン・ランド/藤森 かよこ)』がお好き

 今週の「AERA」の記事に載っていたのだが、そうか、この本はそういう位置づけだったんだ、と驚いた。数年前に邦訳された大著だが、あまりの分厚さと知らない出版社からの発行ということもあり、二の足を踏んでいた。ただ、原書は随分古いもののようで「どうして今更?」という引っかかりがあるにはあった。まあ、欲しくなったら手に入れるだろう、と買わないで数年経ってしまっているのだが、邦訳版出版のエピソードにはつい注目してしまった。

 この本はホント何でもありのてんこ盛りの内容なので、なかなかそんな壮大なスケールのものを訳せる人を探し出せなかったらしい。版権はあっても寝かせている状態になってしまっていたところ、アメリカ文学研究者である藤森かよこ氏が「これを訳さなきゃ死ねない」と、個人で版権を買ってでも訳そうとしていたのだとか。ご本人は「47歳だった私の全身の細胞が活性化した。10代で出会っていたら、人生、違っていた」のだとおっしゃる。へええええ、ちょっと興味が湧くねえ。

 この本が好きな人にはアン・ハサウェイやサンドラ・ブロック(「無人島に持っていく12の物」にリストアップしたらしい)、エバ・メンデス(すんません、私は知らない)は「この著者のファンでない男性とは付き合いたくない」とまで言い、アンジェリーナ・ジョリーまでが言及しているという。

 うーん、再映画化*1の話もちらほらあるみたいで、もしそのできがいいとしたらまずは映画で見て原作をどうするか考えたいところだけれど、まあ、あと5年は手に取れないだろうから、気長に考えてみるかなあ。

*1 1949年にゲイリー・クーパー、パトリシア・ニールで製作されたらしい

_ [買った本]買った本

 ブックファースト渋谷店にて。ホントは寄り道せずさっさと帰るわけだったんだけど、どうしても手に入れたいものができて、雨の中ずぶぬれになって入手したのだった。酔狂な。そういうわけでついでに寄った。

 橋本治の本は、なんと真っ黒のカバー。心もこうだ、ということなんでしょうか。どよーん。『アイの物語』は読む気無いから買わなかったんだけど、いろいろ思うことあって読んでみようかな、と。中身をパラパラ呼んで見て、あまり文章に拒絶反応も出なかったので。『神聖喜劇』は、お正月持ち越し用。早く読まないと。

 1Fの特集棚に、今年のこの店での売り上げベストテンが分野ごとに公表されていた。『デトロイト・メタル・シティ 2巻』がコミック部門で第2位(笑)。そのほか、ちらほらとこの店らしいランキングも見えた。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ yuco [http://cruel.org/cut/cut200005.html アイン・ランドに関する山形さんのコメントはこ..]

_ にじむ [あはは、やまがたさんらしいなあ。 何となく、この人の小説(?)が愛される理由も少し分かったような気がします。その部分..]


2006年12月27日 (水) [長年日記]

_ [買い物][mono]効果のあった生パック

 あんまりあれこれ化粧品などの情報収集はしない方で、最初に気に入った物をずーっと使い続ける方。そんな訳で数年前に買った保湿用パック(クリーム状で洗い流すタイプ)を細々と使っていたのだけれど(もちろん、それは良くないことだとは知ってるんだけど、あんなの1年で使い切れないって)、今年に限ってそれが行方不明。おーい、どこに行ったんだー。

 そういう訳でしばらくパックジプシーをしていたのだけれど思い切って新しいのを買い直そうとしたら既にその商品は扱っていない模様。思いあまってアットコスメで調べてみたところ、ちょっと気になる商品に出会った。

華麗なる饗宴

 このお店、何度も前を通ってるんだけど、匂いがきついのは苦手なのでいつも息を止めて走り抜けていたのだったよ。意を決して雨の中(そう、昨日買いに行ったのはこれだったのだ)店に入った。でも、そのまま商品を手にとってすぐに買える、という訳でもなく、お店の人に声を掛けられ手の甲で効果を試してみて……といった感じで。まあ、何らかの効果はありそうだったので購入に至ったのだった。一握りの小さなパッケージに入っているのが拍子抜けだが、ガワばかり立派な化粧品を考えると簡易包装は歓迎すべき事かもしれない。

 買ったときは「ああ、朝シャワーを浴びるときにちょっと時間を長めにとってパックすればいいかな」と思ってたんだけど、店を出てから手の甲が独特の匂いを発していることに気付いた。香水の匂いなんて消え去ってますよ……。まあ、スパイシーな香りのフレグランスだと思えばいいかなー、とか思ったけど、これは朝は無理! という訳で帰宅してからまっすぐお風呂場で洗顔→パックと相成ったのだった。

 小さな容器の中に入っている黄色のブツは、大体3回分を目安に、ということだったので、バターナイフでそれっぽい量だけ切り取ってみる。それを適当なシート(このときは前日使ったシート状のパックの保護膜を使用)に乗っけて洗顔後、少しずつ顔に塗っていったのだった。最初こそぽろっと落ちてしまったりしたけど、途中から泥遊び状態になり、顔に塗り塗り。案外ぴったりくっついてます。まだ余っていたので残りを首の辺りに塗って、そのまま10分。最初こそちょっと刺激があったのだけれど(これは個人差がある模様)、その後乾いてくるとそういう感じもなくなる。しかし、この時期に10分間この状態というのは寒いな。今度からは湯船にお湯を溜めてからにしよう。

 10分経ったらお湯でパックを溶きつつマッサージをしながら落とす。見た目そう変わったようには見えなかったけど、お風呂上がりに顔を拭いて肌触りを確かめてみると、あれ、ちょっともちもちっとしている? その後も何度か確かめるように触ってみては変化を感じたり、でも錯覚かもと思い直したりで翌朝(今朝)へと至る。

 で、ファンデーションをのせてみると……ええーっ、めちゃくちゃ吸い付きが良くないですか? 肌の調子が悪いとどうしても分離していてちゃんと乗ってない感じが拭えないのだけれど、今日はそういう印象が全くない。これはもしかして、わたしにはとても合っていた、ということだろうか。消費期限は来月14日辺りということだったので、年末に一度、年明け、会社の始まる前にもう一度使ってみよう。それである程度効果が持続するなら、次も買ってみようかな。

 あ、でも、香りはちょっと独特だし、朝まで続きます。こういうのが苦手な人は慎重にした方がいいかも。何事にも個人差はあるし、特にこういう特徴があったり一部では効果が上がっているものは、特にその辺りは新潮になった方がいいかも知れません。通販でも買えるけど、できれば一度はお店に行ってみて。

_ [読書][読み中]『 神聖喜劇〈第2巻〉 (光文社文庫)(大西 巨人)

 おおー、やっとトンネルを抜けた。いや、男女の話が面白くない、という訳ではなく、この章はやたらと観念的だったのだと思う。戦争未亡人の女との逢瀬ということもあるけれど、行く男と残される女の差が強調され、東堂がどういうつもりで戦争に行くのか、とか、死生観、国家の戦争とそれに派兵される市井の兵隊の「目的」と「合一感」などについてが延々と先行する文学作品などを引いて話し合われる。もう、引用ばっか。それもまた楽しいのだけれど、ややもするとこの作品はどんなものだっけ、ということさえ見失いそうになる。次の章になってやっと「ああ、今はまだ野砲の訓練中で、村上少尉と大前田軍曹が対立してたんだっけ、と思い出した。そこから東堂は回想に入った訳ね。

 村上少尉は上官ということもあるだろうし、職業軍人なれどもまだ戦地に赴いてはいない。だからどうしても言っていることが理想論であり机上の空論に見えてしまう。彼はエリートコースを歩んでいたのに突如自ら志願して軍人になったらしいのだが、その辺りにもこの「建前論」の話は絡んでくるかもしれない。どちらにせよ彼は、建前を言い続けなければ多分いられないのだと感じる。もしかしたら入隊したときには国へ理想を持っていたのだけれど、内部を知れば知るほどそんなこと嘘っぱちだと思ってしまったのだろうか。彼は、「合一感を持った、名のある戦争」の幻想を抱き続ける人間だと思う。それに対し大前田は、そういった建前よりもまずは自分が体験し感じ得たことが先に立つ人間なのだろう。そしてまた、「実地に体験している」ことに強みを持つことを自分自身も認識している。だからこそ村上少尉に安易に同意せず、持論を曲げぬ強さを持っているのだろう。この辺りは、観念の具現化、と見えなくもないし、今までの抽象的な議論が一気に分かり易くなる。

 今ちょっと分からないのが、村上少尉に自分の影を見ていること。

しかもある意味においては鏡の中の私自身を注視するような心持ちで、先刻から私は、そういう村上少尉を注視し続けてきたのである。……仮りにもしもここで私が(あのドイツ映画『プラーグの大学生』の主人公のように)「観念的な行為者よ!」とでも呼びかけて目前の村上少尉を狙撃するとすれば、そのとき胸元を貫かれて絶命するべきは当の私自身にほかならぬのではなかろうか。……ただし、たぶんあやまりなくその村上において、この(彼の主観と分裂する場合の)戦争現実は、いわゆる「歴代上御一人(かみごいちにん)の御意志」、「『豈朕ガ志ナラムヤ。』と仰せ賜う大御心」に背反する出来事なのであり、それに反して私において件の「上御一人」こそは、この(私の主観と調和も分裂もしない)戦争現実の主要な、もしくは究極の元兇なのである。(p.236)

 戦争において死を強く意識しているのは村上も東堂も変わらないが、その死に対しての意識は全くと言っていいほど違う。そして村上は、幻の理念に寄り添うために、敢えて現実の齟齬を認めない姿勢を取っているように思える。これは、旧制五高(東堂はここを出たとは書いてないのだが、旧帝大に進める立場であれば、当然ここになるだろう)で袂を分かった二人の差異と共通項なのだろうか。

_ [買った本]買った本

 ブックファースト渋谷店にて。今年の分の本の買い納め(多分)。

_ []ホットワイン

 先日スーパーでホットワイン用のドイツワインを買った。比較的価格は低いし、最近冷えるので紅茶にアルコール分を入れて飲んでいることが多く、だったらこっちでもいいかな、と買ってみた。実は初めて。

 早速、スライスしたオレンジやレモンを入れて飲んでみたけど、熱々の時より少し落ち着いた温度になってからの方がわたしは好きかな。ただ、どこでもいつでも売っているものでもないらしく、東急FoodShow!では常時の取り扱いはない模様。冬にホットワインのフェアみたいのはやるんだけどね。

 それと、以前に何度か飲んだ経験によると、クローブなどのスパイスを入れるところもあるようだ。そういうのもやってみたいと思ったが、案外粒のままのスパイスって普通のスーパーには置いてないなあ。

 そういうこともあって、この日ちょっとバーに寄ったときに(地元のスーパーに寄るには時間が遅すぎたのを悟ったので諦めたのだった)最後にホットワインを頼んでみた。ここはフレッシュフルーツではなく、ラム酒などに漬けておいたドライフルーツを入れるのだって。ここも熱いうちは蒸発するアルコール分の刺激が鼻に来てちょっと辛かったのだが、熱さが和らぐにつれいい感じになってきた。漬けるときに蜂蜜も入れているらしいのだが、瓶のラベルを見ると、これがガルシア地方のものだった。おお! ガルシア=マルケスのルーツ。ラベルには"mel de galicia"とか"erica mel"とあったので最初は"mel"って蜂蜜の意味かと思ってたけど、もしかして英語で言うところで"made"? ふむー。今度辞書で調べてみよう。蜂蜜自体の味見もさせて貰ったのだけれど、すごーく濃厚で、チーズ(カッテージチーズとか?)に合いそうな印象もあった。

 その他、アーモンドのスライスも入っていて、これがまたんまいんですよ。びっくりだ。ワイン自体はここではフルボディに近い物を使っているそうだ。それを銅鍋であたためてワイングラスで出してくれる。組み合わせによって全然違ってくるから奥が深いかもしれない。ちょっとあちこち調べてみよう。バーテンダーによると、シナモンスティックなどを入れてもいいみたい。なんでも、それ用の、ブーケガルニみたいなミックススパイスをティーバッグみたいなものにいれたものもあるらしい。

 この日は007風マティーニとオリジナルカクテル(海の底を思わせる緑青で、砕いた氷を透かしてみる光が、海の底から見る光になぞらえられてる)もいただいた。慌ただしい年末のひととき。

追記

 なんとなくそうなのかも……とは思ってたけど、ドイツワインで作れるらしいですね、ホットワイン、というかグリューヴァイン。ウェブ検索したらあちこち引っかかった。まあ人の数だけレシピもあるのだろうし、余りそれにとらわれずに色々試してみよう。とりあえずドライフルーツをラムと蜂蜜で漬けるのは早速試してみるよ。


2006年12月28日 (木) [長年日記]

_ [読書][読み中]『 神聖喜劇〈第2巻〉 (光文社文庫)(大西 巨人)

 おしおし、戻ってきたぞ。まだお昼前からの問答が続いています。大前田と村上の対決(?)そして馬鹿正直に答える橋本の告白。橋本は、どこまで狙ってるのかそれとも初手から何も狙ってないのか分からない。彼のトラウマは、小学校を卒業してるのに身上調査の時に「卒業してないだろう!」とごり押しされて頷いてしまったことにあり、そのせいで「百一(嘘つき)」とあらぬ嫌疑を掛けられてしまったことにある、ようだ。それがために「お前は農民だろう」と言われても「はぁい、ばってん、それがその……」といちいち細かいところまで説明しようと躍起になる。それを面倒くさがって止める村上少尉、「馬鹿正直に言わなくても」という気持ちでか遮る山中准尉、それを制し橋本を促す大前田軍曹。この辺りの役割配分が見事。もちろん、我らが主人公、東堂太郎はそういう光景を固唾をのんで見つめている訳ですよ。確かに橋本は頭の足りないところがあるのかもしれないけれど、生きていくためのしぶとさみたいなものは身につけているように思える。

 その橋本の言から東堂はまたもや回想へと潜り込む。伯母の発した「穢多じゃなからにゃ、隠坊にはならんと」という言葉から、穢多・非人の発生や呼称の意味や成り立ちなどなどの文献を繰り出すのだ。ああー、わたしの中では『神聖喜劇』の絵柄は江川達也で決まりなのだが、漫画化しないかな? いや、現在別枠で漫画化されている訳なのだけれど。

 東堂はこの三人の様子を見ながら、こんなことを考え始める。

村上も大前田も、そして鉢田、室町、曾根田たちも、日本が負けるだろう、とは思っていない、まして彼らは、日本が負けるほうがいい、とは思っていない。彼らは、日本が勝つだろう、と思っている。さらに彼らは、日本が勝つ方がいい、と思っている。……おれは、日本が負けるだろう、と思っている、むしろそう信じている。おれは、日本が(この帝国日本が)勝つほうがいい、とは思っていない。だが、おれは、日本が(この祖国日本が)負けるほうがいい、と(積極的に)思い信じているだろうか。……そこに、おれの曖昧がある。……そこにおれのいんちきがあるようだ。(p.243〜244)

と、煩悶している。しかしこの男のすごい(?)ところは、こういう考えとともに食欲や排泄欲の話が同居していても不思議とも何とも思わないところだ。こんなことを考えた(心の)舌の根も渇かぬうちに

本日食事当番の私は、第一班、第二班の各食事当番隊が新砲厰へ帰っていくのを横目でちょっと見やり、『もう食器洗いも済んだのだ。おれたちの昼めしは、どうもやっかいなことになってしまったな。第三班の分は第一班なり第二班なりの連中が代わりに受け取って運んでくれたのではあろうが(略)』と考えて、ますます陰気になった。(p.246)

なんてやってるところだ。まあ、彼が言うように「おれは、おれたちは、"先代萩"の千松じゃないぞ」(先頃引用した箇所の略した部分より)なのではあるのだが。

_ [映画話]ドイツのSFパロディ映画が日本でDVD発売、との報

CDJournal.com - ˥塼 - ѥǥܤΡȥSFɱDzإɥ꡼ॷåס٤DVDͭ̾ͥˤܸǤˤ

 mixiニュースをちらほらと眺めていたら、日本のメジャーな声優陣、オリジナル作品の声優が出演していることで話題になっている模様。これってどこかで聞いたことが……と自分の掲示板を見てみたら、ドイツ在住のmauさんの書き込みであった。「スタートレック」シリーズや、「スターウォーズ」シリーズなどのSF映画のパロディとなっているらしい。

(T)Raumschiff Surprise - Home

おお、そうそう、この人たちだよ。ドイツ語だしPAL方式じゃ辛いなあ、と思っていたので、気長に日本語版を待ってて良かったかも。mauさんありがとう、発売されたら早速観てみることにしますよ。

ドリームシップ エピソード1/2 [DVD]


2006年12月30日 (土) [長年日記]

_ [読書][読了]『 コレラの時代の愛 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1985))(ガブリエル・ガルシア=マルケス/木村 榮一)

 非常にロマンティックな物語でした。ただし、50年以上も一人の人を待っていたり、でもその間の女性経験は数え切れぬほど、そしてその待ってた男の貧相ぶりときたら! さすがガルシア=マルケス先生!でございます。貧相なんだけど自意識過剰だから、もったいぶってるんだよね、何もかも。その辺りの滑稽さとか、でも、誰も清廉潔白な人間ではない泥臭さ、人間くささとか、ホント、人生って素敵だなあ、と思える一冊でした。19世紀末に舞台を持ってきたことも、この大仰な話にはとても向いている。そして、半世紀の間での国の変化が運河や河川の様子から語られていることが、非常にこれまた痛々しかったのでありました。

 とりあえず、男の人は「キミのためにずっと童貞を守り通してきたんだ」と言ってもホントかどうか分からないところがずるいと思いました!

_ [読書][読了]『 エスケイプ/アブセント(絲山 秋子)

 自分と年齢が近い主人公であるところがこれまたいろいろイタい。これは、とてもあっさり読めるお話なのだけれど、再読が必要だと思う。ということで、感想はそのときにもう一度。


2006年12月31日 (日) [長年日記]

_ [MySite]今年も一年お世話になりました

 なんとなく、今年は停滞の年で「この年でか!」と内心忸怩たるものはありますが、まあ、こういうときは仕方ない。仕事も私生活も、来年はもうちょっと動きをつける年にしようと思います、今年の分も。

 読書面は、海外、国内半々くらいかなあ、感覚としては。特に後半は、PCを新調して裏番組録画までできるようになったのがあだとなって昼間の再放送ドラマを録りまくって見まくったお陰で、なかなか読書が進まなくなってしまいました。これは24時間しか一日がない以上どうしようもないんだけど、まあ、今後はうまい着地点を見つけられれば、という感じです。その分、もっと影響が出たのは映画。劇場もDVDも、寝不足と時間不足とで、全然行けませんでしたよ。それでも、今年のはじめに『百年の孤独』読書会に参加できたのはとてもいい経験でした。こういう機会でもないとあの大部でありノーベル賞作家の代表作と名高い世界的ベストセラーを読むのは、もっと先になっていたことでしょう。でも、こんなに楽しく読めるものだと知って、拍子抜けしたと同時に一気にラテンアメリカ文学(ラノベ)に親近感がわきました。お陰で、今年は遅ればせながらいろんな作品を読むことに。

 今年は、停滞もありましたが、出会いの面では本当に新たな出会いが多い年でありました。それだけ、すばらしい人たちとその前にめぐり合えたわけであり、それが次の出会いをもたらしてくれるという素敵な連環。今後もまた新たな出会いがあるといいな、と思いますが、それにも増してせっかくの出会いを育てていけたらな、とも思います。

 いろんなことがあって、いろんな本や人にめぐり会った一年。本当にあっという間でしたが、こうやって飽きずにこのサイトに訪れてくれる方々がいてこそのものだったと思います。何事に関しても、このウェブサイトがベースであって、そこでの反応(アクセスも含め)がエンジンとなるのです。これからもよろしくお願いいたします。

 今年は、『僕たちは歩かない』と早川書房からモニターとしていただいたプルーフ「『観光』『カブールの燕たち』」で年を越しそうです。古川日出男で年を越すのはこれで二年目。まさか、高校時代の出会い(って一方的にでしたが)がこんな先に結びつくとは思いもよらず。あの頃からファンでよかったなあ、と思います。私の目の付け所もなかなかでしょ? って、当時周辺で活動していた人たちはみんな注目してましたけどね。

_ [買い物]買い収め&買出し

 年末の買出しのために近場のデパートへ。なぜに天麩羅屋はこんなに長蛇の列ができているのであろうか。天一もハゲ天も、そのところは一歩もゆずらず。私は生餃子が欲しかっただけなので特に支障は無かったが。

 年始のお酒は、獺祭しぼりたて生原酒(精米度48%)と、丹山蔵出し一番にした。このほか、澤乃井も出てたのだけれど、どちらかというと高価なものを出していて、私の好みとは違っている。ちなみに獺祭は結構素直な味で、丹山は濃厚。こういう性格付けもいいかな、と思ったのだった。そのほか、豆腐を味噌で漬けた豆腐ようのようなものと黒豆、栗きんとんを購入。餅は実家から届いたし、何とかこれで正月を迎えられそうではある。

_ [読書][連載小説][TimeBookTown]松浦理英子「犬身」第34回

 ギリギリで読みましたよ。感想は後日に。

_ [読書][読了]『 僕たちは歩かない(古川 日出男)

 2006年読み収めにふさわしい一冊。一緒に山手線を載って回っているかのような。