スローターハウス5 (ハヤカワ文庫 SF 302)(カート・ヴォネガット・ジュニア)』 エンジンかかってきた。冒頭の部分は、この作品を書くことになるきっかけなどを綴ったもので、フィクションの中にフィクションがある入れ子構造となっているようだ。第二次世界大戦当時に戦友だった男に当時の記憶を補強するために会いに行く。そこでの、彼の妻とのやりとり。そして、ドレスデン大空襲に関しての本を書こうという試み。このドレスデンでの出来事は主人公に多大な疵を与えたのだろうと想像できる。実際、Wikipediaで当時起きたこととその影響(wikipediaj:ドレスデン爆撃)を読むと、広島の原爆とはまた違った甚大な被害があったことが分かる。ここには主立った軍事施設もなく、多くの一般市民が犠牲になり、街は壊滅的な被害を受けたようだ。Wikipediaの、1900年当時のドレスデンの風景を見ると、これが跡形もなく壊されてしまったことに衝撃を覚える(しかし、何でカラーなんだろう? 着色? 写真じゃなくて絵?)。因みに、ドレスデン爆撃を正面から扱った映画「ドレスデン、運命の日」という映画も昨年公開されており現在日本でも順次上映しているようで、東京には9月に戻ってきて下高井戸シネマで上映されるらしい。時間を取って見に行きたいと思う(できればスクリーンで観たいので)。
ヴォネガットは、当時捕虜となりこの町に連行されていたのだそうで、実際にこの惨事を経験したようだ。その当時の経験が下地となり、この作品が生まれたということのよう。わたしが読んでいる辺りでは戦時中の回想が始まり、その中ではドイツの森の中を、数人の兵隊と一緒に逃げている。戦時中だというのに主人公ビリー・ピルグリムのかっこうと来たらとても兵士には見えず、しかも冬だというのに軽装に過ぎる。その不条理さもまたビリーの戸惑いとして読者にわかりやすさを提供しているように思える。
ビリーはその後復員し、社会人としての成功を収めるが、この上なく幸福そうには思えない。それは
スケネクタディに住む復員軍人のなかで、もっとも人間味があり、新設で、ひょうきんで、しかも戦争をもっとも憎んでいたのは、実際に戦ったものたちであったと思う。(p.20)
というところに通じるのかも知れない。
その後、事故と妻の死とその回復を経て、ビリーは宇宙人に誘拐された経験があること、そして時間を自由に行き来できることを語り始める。周囲は冗談としか思えず怒り出すものもいるが、彼はいたって真剣な様子。果たして、これからどんな風に展開するか。
全体的に独特な静けさを持つ文体であり、主人公の発する「そういうものだ」という決めぜりふとともに、どこか諦念と静かな悲しみを感じさせる空気を醸し出している。ちょっと、この雰囲気は矢作俊彦の『あ・じゃ・ぱ!』を思い出すところがある。
それにしても、和田誠の表紙イラストと手描きタイトルは本当に素晴らしい。この絵がないとヴォネガットの作品ではない錯覚に襲われる読者も多いのではなかろうか。
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CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ (NT2X)(小寺 信良/津田 大介)』刊行記念小寺信良×津田大介トークショー@リブロ東池袋店内カフェ・リブロ カフェのある書店・リブロ東池袋店併設のカフェ・リブロでトークショー。池袋にするとひどい湿気と熱気を含んだ風で、サンシャインシティへと向かう道々、行き倒れそうになった。それと、池袋にはあまり縁がなくこの道を通るのも久しぶりなのだけれど、周囲のお店がわたしが知っているのと激しく違っていて浦島太郎のような気分にもなった。到着してから若干時間があったので、汗をどうにかしたり近所のコンビニに水を買いに行ったり。少し前にはあまり予約が埋まってないようなことを聞いていたのだが、蓋を開けてみれば大入り満員。しかし、そのせいもあるのか、空調が効かず、空気も若干薄くなったようであまりよろしくない状態。おかしな眠気も襲ってきて、もう低気圧とのダブルパンチでした。
しかし、話の内容は面白かった! 進行役としてこの本の編集を担当したモーリさんが開始の挨拶。その後は実質津田さんが聞き役で小寺さんに話して貰う感じで。内容は、いい感じに無軌道で多岐に渡り、何度も原点に立ち返るのだけれどまたぎゅんと明後日の方向に行ってしまう感じ。コピーワンス問題で「上限が9回になった謎」とか、コピープロテクション不要論とか、「編集が大事」とか、ローカルルールとか80年代のコンテンツ事情とか、80年代B級ホラーブームがなかったらサム・ライミの今はなかったとか、昔よくやってたCDやレコードの貸し借りや友達へのコピー。そこから、コンテンツ立国にするためにはクリエイターを沢山育てなきゃならないはずでその素地は必要なんじゃないの、とか。お二人は、この本でもお話を伺った松岡正剛さんは「確たる自分を持ってる人だ」とおっしゃっていたけど、小寺さんの話を聞いてると、この人もぶれない人だな、と感じることが時々ある。何かの問題に対して自分がどう考えるか、振る舞うか、ということを、自分の判断でできる人なんだろうな、と感じた。話している内容も論理的で、非常に分かり易い言葉で伝えてくれる。それに対して、わたしの印象では津田さんは柔軟さが感じられ、考えを変えることを恐れない人じゃないかと思った。いや、はてブ宗旨替え話だけを根拠にしてるんじゃないよ! わたしの印象は大して当たってないだろうけど、これからこの本を読んでいく際に、その辺りも分かってくるといいなー、と思った。
取材しているときの話では、もう一度話を聞きたい人として真っ先に名前が挙がったのが松岡正剛さん。とにかく分からない単語が多く、二人とも話を聴きながらノートPCでぐぐってその意味を調べて……ということをやっていたそうだ(取材2.0だって(笑))。とにかく膨大な知識量。そして、江渡浩一郎さん。最初の30分は哲学論で面食らった話からあれやこれや。江渡さんは技術者であるのと同じくらいに芸術家でもあるので、その辺りかな。今度はポイントを整理して、もう一度話を聞いてみたいのだそうだ。
会場からは休憩時間にメモ用紙を渡し、そこに質問を書き込んで貰っていた。その後は質問に沿って話をするはずがやっぱりそこから軌道を外したりを繰り返し、そんなに消化はできなかったかな(苦笑)。このイベントの模様は編集の上公開される(Life?)予定もあるのだそうで、読み上げられなかった質問に関しても、いつかどんな形か分からないけどフィードバックしたい、という話でした。参加できなかった方は待っているといい。
GoogleやYahooといったところにお金と人が流れることについてどう思うか、といった質問があったが、それに対して「この本はGoogleのお陰でできたと言っても過言ではない。Google Calenderで進行を管理し、Google MLで打ち合わせをし、Google Notebookで原稿を書いた」と言っていたのが印象的だった。集まったお金はフリーのコンテンツやウェブサービス、Picasaのような無料ソフトウエアで一般ユーザに還元しているのだ、と。
ネットを使って存分に楽しんでいる人たちの放談を聴くのは本当に楽しく、自分の考えてることに気付いたり補強したりするいい機会になる。今回はそういう意味ではほんの一部のみだったので残念だったが、このような機会をまた持ちたいということ。既に9月の末で話が決まりつつあるので、そちらも何とか参加したいと思う。
打ち上げ参加者を募っていたが、ちょっとこの気候で疲れていたのでパスして、会場にいた塚本さんとご飯を食べて帰ってきた。面白い機会を作っていただき、ありがとうございました。
リブロ東池袋店にて。
初めて行ったこのお店は、うーん、正直言って近くに来なきゃ使わないだろうなあ、とは感じた。申し訳ない。近くにいる人がちょっと気になる本を買いにくるには十分だと思うが、わたしが欲しくなるような本はなかなか見つからなかった。