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Mint Julep

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2008年08月31日 (日) [長年日記]

_ [イベント]クラフトエヴィング商會×三浦しをんトークイベント@青山ブックセンター本店カルチャーサロン青山

 クラフトエヴィング商會のお二人は去年から引き続きの出演。三浦しをんさんのトークは初めて聴いたのだが、なんというか返しが絶妙で、ああ、勘のいい人なんだなあ(この場合は褒め言葉)と思った。答えるとき、第一声もいいけどその次にちょろっと付け加えるともっといい感じ。このお三人と去年トークをした岸本佐知子さんとで「ZZZ」という同人誌を作るつもりだそうだ。きっかけは、この四人のうち誰も『罪と罰』を読んでなかったことで、それでこれはどんな作品だと思うかのブレーンストーミングをするんだそう(笑)。材料は、みんなが聞きかじった情報と、岸本さんが英訳版の最初と最後のページを翻訳したもののみ。「いつできるか分からないけど」とおっしゃっていたけど、「ガワだけはできている」とちらりと見せていただいた。さすが装丁家のお二人! ABCで扱うことは超決定のようなので、近辺の方は楽しみに待つといいと思った。

 えーと、内容については後日改めて。

_ [イベント]柴田元幸×小野正嗣トークイベント@青山ブックセンター本店カルチャーサロン青山

 どうにも会場の「サンクンガーデン」が分からず、ビルの見取り図だのなんだのを見てもはっきりしない。たぶん、外のテラスカフェになっているところだと思うのだけれど、開始1時間を切ってもまだ営業している。一体どういうことなんだろうとお店の人に聞いてみたら「いかにもあそこがそうだが、……(あと、ちゃんと聞いてない)」で、もう受付時間5分前になったので店外に出てみると、カルチャーサロン青山の方へなんか列ができていた。ああ、あの人は「受付はこちらでやります」と言いたかったのか、と変な納得の仕方をしたが、かたわらのサインには、会場がこのカルチャーサロン青山となっている。どうも、屋内に変更したらしい。とりあえず整理券をもらって席を取ってすぐに、まだ順番が来ていなかった前のイベントのサインをいただきに洋書コーナーへとって返す。ちょうど、最後の順番になっていた。今日は吉田篤弘さんだけにサインをいただいた。『空ばかり見ていた』に。青の濃淡を生かしたきれいな装丁。勿論、吉田篤弘+吉田浩美名義の装丁。

 内容については後日改めて。イベントで柴田さんが読まれた、小野さんの小説「ブイになった男」は素晴らしい作品だと思った。「三田文学」の1997年夏季号(No.50)掲載らしい。後でサインをいただくとき、「本当に鹿って“かにぃろおおお”って啼くんですか?」と訊いたら「そうなんですよ、ホントに“かにぃろおおお”って啼くんですよ」ですって。まさかご本人がやってくださるとは(笑)。インタビューとか読んだことがたぶん無いので分からないのだが、湾とか浦とかこの風景に、何か思い入れがあるんだろうなあ。あと、小野さんの朗読が、なんというかとてもチャーミングだった。柴田さんの名朗読の前では大抵の人は色あせてしまうのだけれど、そういう意味では負けてない。特別技術があるって感じでもなく、言葉を切るところも違ってたりするけど、それもが味になってしまう感じ。

_ [読書][読了]『 時が滲む朝(楊 逸)

 中篇だというのに、五輪最終日から今までかかってやっと読了。何が駄目だったかって、どうも会話がいけなかったらしい、わたし的には。これは母語で無いときに出るぎこちなさかとも思いつつ頑張って読んだんだけど、まあ、確かにそういう人たちの会話に似ているのかも知れない。

 主人公の梁浩遠は、過酷な受験戦争をくぐり抜けて晴れて泰漢大学へ入学が許される。高校時代良きライバルで良き友だった謝志強も同じ大学で、期待に胸を膨らませる。浩遠の父は北京出身でその昔北京大学の学生だったが、1957年の反右派運動に巻き込まれて黄土高原ど真ん中の紅旗村に下放されて六年間過酷な農作業に従事する。その後縁あって近くの中学校の英語教員に引き立てられ、そこに家族を作ることになる。その父の期待を背負っての進学だ。大学では懸命に勉強して人の役に立つ仕事に就くぞと誓い、実際夜も昼もなく勉強に明け暮れる。早朝の、湖の畔での志強との会話が初々しい。教員の甘凌洲先生という尊敬できる人も見つけ、湖に葡萄の粒を落としたような瞳を持つ白英露にひそかな恋心を抱く。

 勉学を誓い合った二人だったが、その後時代の波が押し寄せ、国家の民主化のために学生運動に身を投じる。近くの印刷屋にTシャツを持ち寄り、中国大陸の上に“I love You”と書き、その上から中国の国旗を立てる絵柄で印刷してもらうが、それが苦い思い出となる。結局、一時退却時に立ち寄った飲食店で暴行を働いた科で刑を受け、大学はたった三ヶ月で退学処分となる。抱いていた夢を打ち砕かれた二人は、失意のまま最下層の労働者として金を稼ぎ、泰漢に残る志強と別れ、日本に渡り妹の友人で在日中国人の梅と結婚することになる。

 それからほぼ10年後。日本で、北京五輪招致反対の署名活動をしている浩遠。彼は日本に渡ってからも中国の民主化活動をするグループに属し中心的存在として頑張ってきたが、自分ばかりが空回りしているように見えて仕方がない。仲間はビザ支給の情報が目当てで本当に革命を目指す物など無きに等しかったのだ。

 この浩遠という人物。かなり優秀なのだろう、日本でも努力して中国籍のまま正社員の座を掴む。しかし、彼の心を捉えているのはいつまで経ってもあの遠い日に夢中になった革命運動なのだ。母国中国を良くするためにただひたすら頑張ってきたつもりなのだが、大学近くの食堂やタクシー運転手は理解を示さないし、仲間だった筈の志強もそこから遠く離れて日々の暮らしや自分の商売でいっぱいいっぱいだ。日本で一緒に活動してきた仲間もそうだし、アメリカで同じ志で頑張っているはずのリーダーでさえもが日常のことで愚痴を書いてくる始末。つまりは彼だけが初志貫徹の心持ちであるのに、みんな生活のため、世辞に流されてどんどん遠ざかってしまうのだ。遠く離れた日本で、砂に流されたかのように孤立感を深める浩遠。その心は、あの憧れの甘先生、そして恋心を持った英露と再会することで、より一層深まっていく。その、寄る辺なさみたなものを描いたのがこの作品なのではないかと思った。

 若いころに理想に近づかんと頑張ってきた過去は、多かれ少なかれ持っているものだとは思う。でもそのうちに世の中というのは正論だけでは通ってはいけないと思い知って妥協の道を知ることになるのだが、ある意味浩遠は恵まれた人生を知らずに歩んできたせいか(勿論並ならぬ努力はあるのだが)、その変節を知らないまま而立の年を迎えるのだ。それが幸せであるとともに不幸であることは、この作品を最後まで読めばきっと分かることに違いない。故国中国のために尽力してきたはずなのに、気がつけば誰にも歓迎されることなく根無し草となってしまったことへの哀切。それとともに、次世代のたくましさをも描いたものなのかも知れない。

 途中効果的に出てくるのが、いわゆる流行歌である。ここで出てくるのは、テレサ・テン。考えてみれば、浩遠たちとわたしとは年齢がさほど違わない設定なのだが、彼らはたかだかテレサ・テンでドキドキしているのだ。寮の部屋で寝る前三十分だけみんなでひそかに聴くことになるのだが、こんな刺激、受けたことが無いのだ。何に関してもその調子で、ここで描かれている大学生は、まるで中学生、いや、それにも劣る世間ずれ具合。本当に余計なことは何も知らされずにここまで来たんだなあ、と、たかだか海を隔てただけの隣国に思いを馳せる。その後浩遠は、梅から渡された尾崎豊の“I love You”に胸を高ぶらせるのだが、ここまで何かが刺激になったことって、残念ながらわたしにはない。子どものころからある程度慣らされてきてるし、ある程度どんな情報でも(時差は多少あっても)流れてくるし、享受できる。もう、スタートからして彼らとは違っていたんだなあ、と。そういった純粋さは、何もかも与えられている日本人には確かに真似できないよなあ。

 国を背負って立つ気迫があればこそ、彼らは活動をしてきたはずだ。しかし彼らのためを思ってやってきた活動が実は誰も期待してなかったものだとしたら……。浩遠が、故郷について息子に説明する台詞は重い。そして、返ってくる言葉も。

「ふるさとはね、自分の生まれたところ、そして死ぬところです。お父さんやお母さんや姉弟たちのいる、暖かい家ですよ」 「じゃ、たっくん*1のふるさとは日本だね」

 ちなみに日本で生まれ育った娘も息子も日本語が達者だが、自分はちぐはぐな言葉しか口にすることはできない。妻も中国残留孤児であり、中国で教育は受けているが日本国籍。自分ほど立場も心も宙ぶらりんな人間は、周囲にいないことに急に気づくのだ。

*1 浩遠の息子、民生