小説

内容

10年という間同居もしてなかったけど伴侶としてきた人と最近別れた中年女性の「わたし」は、女友達と遊蕩を毎夜繰り返す。そんな会話の中から「わたし」の輪郭が浮かび上がってくる。

掲載雑誌

  • en-Taxi_Vol.1?」p.28〜37

感想

  • 読んだ日:2003/3/28

 短編というより掌編小説と言った方がいいくらいの切れの良さ。久しぶりに新しい作品を読むのでもうちょっとたっぷり味わいたかったけれども、このくらいの方が毒がさらりとだけ効いて、ちょうどいいのかも知れない。

 長く付き合ってきた相手と別れた「わたし」は、女友達と放蕩生活を続ける。日が落ちた頃に落ち合ってレストランで食事をしたり飲んだりして、何らかの風俗営業店へと足を運ぶ。気の置けない、そして口さがない友人たちとの軽口の中から、次第に「私」の輪郭が浮かび上がってくる。結構さらりと読んでしまうのだけれど、その「さらり」が実は高等技術なんじゃないの。真ん中過ぎた辺りで唐突にそれに気づき、感心したのだった。

 ある日突然嫌になったらもう絶対その人とはセックスできなくなる。そんな性の悩みを抱えながら十年が経ってしまいずるずると関係を保ってきている。そんな悶々とした状態から解放された今だからこそ、こんな風に享楽的になれる。そんな姿は女友達には少し危なっかしく見えているらしいことも何となく分かる。それにしても、ホストクラブでの、売れないホストたちとの場末感漂った会話と空気感が面白かったなあ。中高年のひとりの女というのは、こういう風に孤独で滑稽な面もあるけれど、別の方面から見れば気楽でその日の気分任せでどうにでもできるその風来坊的なところが妙に味わい深い。それにしても、こうやって付き合っている同年代の女たちというのは一体、どんな人生を歩んできたのだろうか?是非、ひとりひとりを主人公にシリーズで書いて欲しいもんだ。

 そんな空気が一変して、男友達との会話へと移る。この間をつなぐのが、彼女が言った「私は皮膚のできものとかになりたい」という話。好きな人のどんな存在になりたいか、という話の中で、最初にきっかけを作ったSM嬢は「ペットになりたい」と言う。そこから「監禁されたい」と流れて、とうとう「好きな人の皮膚の上のできものになるのがいちばんいいって気がしてるの」と。一部といっても無用の長物。「だけど、できものでは愛してもらえない」し、「メスではねられたらそれまで」という悲しい存在。彼女は黙ってしまうけど、その事実に気付いたからなのだろうか?ペットの子が援護射撃をして、そのどん底から救ってくれるのだけれど。

 男友達はなかなかに残酷だ。会話の何気ないところに「…変えようのないことってあるんだよ。…繁森さんとおれの間には決して何も起こらないってこととかさ」と滑り込ませてくる。こんな風に言われちゃったら、次に行ける訳無いよねえ。こんなこと言われたら、私、五分くらい何も言えなくなっちゃうかも知れない。たとえそれが自分でも本当に「何もない」関係であったとしても。
 そう考えるとラストの「わたし、ちっとも粋な遊び方が身についていないみたい」というところからの彼女の心境が、読んでいる側も共有するようになる気がするんだけど。

 それらのBGMのように背景を流れるSMプレイがこれまた面白い。なんというか、嫌な印象を抱かない情景描写だ。
 残酷さと優しさと滑稽とが交互に顔を出す軽妙な味。ちょっと、松浦さん新境地なのかも。私は好感を持って読めた。

 途中出てくる、「性的に傾向が一致する人よりも精神的に一致する人と出会う方が大変だ」という男性の意見(これは実際にどこかであった話じゃないか?)に異を唱える「わたし」の意見には賛成!逆だよねえ、実際は。

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Last-modified: 2003-03-28 (金) 16:07:46 (2715d)